惑う星
13件の記録
tsubaki_fuyunohana@tsubaki_20252026年1月2日読み終わった2026年初読書。 悲しさと美しさに満ちた物語だった。 ある孤独な惑星と、その惑星を巡る衛星のお話。 多様な生に満ちた地球と、多様な可能性に満ちた少年が、宇宙の中でつながれて語られていくシークエンスの見事さ。 読み終えたあと、静かな悲しさでからだがひたひたになって、しばらく椅子から動けなかった。

夏海@myhookbooks2025年11月13日読み終わったいろいろ考えさせられる話だった。 ロビンが真剣に向き合うたびに、大人たちは罪悪感と無価値観が刺激され、ロビンが打ちのめされるたびに妙な安堵感を得る。 流れは小石一つでは止められず、しかし、小石一つで変わる。 何が最良の選択だったのかは、終わってみても分からないことがある。選択の繰り返しで、私たちは今いる場所にいるのだけど、そもそも選択肢が奪われることもあることのやるせなさが染み入る話だった。


DN/HP@DN_HP2025年9月11日かつて読んだ冒頭からはじまる父親が息子と自然のなかで過ごすシーンを読んでいて、幼い頃に父と川や山で過ごした日々のことを思い出した。あの日々で彼も、この小説に書かれているように息子のことを考えたり想ったりしていたのだろうか。 当時はそんなことは考えてもいなかった気がするし、今もそうすることしか出来ないけれど、あの日々での彼の考えや想いを想像してみたいと思った。少し泣きたいとも思った。 もう会うことの出来ない人とのコミニケーションについて最近考えることがある。コミニケーションの基本、あるいは本質が相手のことを想像することだとしたら、それも可能なのではないか。 冒頭で考えたそんなことは、その後の読書中も少し頭の隅にあったのだけれど、最後の数十頁でまた考え始めることになる。誰かを喪うこと、独りになることでそうせざる得ない、あるいは本質が顕になった、ような気がしたコミニケーションのかたち。 小説のなかでそれをある意味で可能にするのはサイエンス、テクノロジーなのだけれど、やはりそれは想い、想像することでも可能になることなのでは、とも思う。 とても悲しくて切ない物語の終わりには、それでも幸福の兆しがあった。誰かを想うこと、真摯に想像することがコミニケーションになった先に訪れる、感じるかもしれない幸福。 人と人に限らず、それを含めた世界に対峙するとき、その間に障害があるとき、折り合いがつかないとき、そこで必要なのもののひとつは、想像することなのだと思う。そこにある想像を「読んだり考えたり出来る」ようにするのが、小説、というような気もするし、それは確かに想像を促し助けてくれることがある。 この小説もそうだった。また、もう会えない人たちのことを想う。彼女、彼らとの間にあった、今もあるはずのものを想像する。まだ続いていると思う。














