文學界 2025年 10月号
28件の記録
- 田圃@tanbo57752026年1月17日読み終わった三木三奈 わずらい うまいうまいうまい。内容とかじゃなくてうまいから読ませる。寺田の話とかなんだったんだとか思うけどいいんだよね最近余白必要と思う 坂崎かおる へび 初読の作家。 めーちゃいい!他も読みたい。 芥川賞候補だからといって、作品はそれぞれだよね。 ところどころわからないところがあった。 章のボリュームも、言葉と言葉が数珠繋ぎにエピソードが広がる感じも、好き。
ゆい奈@tu1_book2026年1月13日川上未映子さんと頭木弘樹さんの対談が素晴らしかった。極限における文学の必要性について、経験したことのないものに直面してしまったり言語化できないものにたいして純文学が必要であるという話がほんとうによかった。6人部屋の病室で6人揃ってドストエフスキーを読んでいたという語りが印象に残っている。










あとらく@atoraku_2026年1月8日読み終わった坂崎かおる「へび」読了 読みながらうっすら気分が落ちこんでいく感覚があり、途中でやめると生活に響きそうだと思い痛がりつつ読み進めたが、めっちゃ良かった

はぐらうり@hagurauri-books2026年1月3日読み終わった芥川賞候補の『へび』掲載。前の候補作『海岸通り』がとても良かった坂崎かおるさん。これは獲るかもな。 語り手はへびのぬいぐるみ。ちぎれても、魔法の水をつければ寸分違わず元の形になる、という。 本作のテーマはおそらく人間関係にあるのだと思う。子と向き合う父の姿は、あまり違和感なく受け入れられた。共感ではなく、在り方として。 へびとか、「人形」になった妻とか、ギミックが多くて想像力を試される。内容的には重たい話もありつつ、人との関係性に悩んでいる小説という意味では普遍性のある作品。ホラーっぽさもあったけれど、人間関係ってホラーみたいなもんかもしれない。
すべての本読み読み委員会@nadare2025年12月31日読み終わった✔︎坂崎かおる『へび』読了。子どもは子どもの、大人は大人のやり方で、周りの人間となめらかに生きていかねばならないね。/ 私を小さい頃から見てくれている実家のぬいぐるみは、昨年母が綺麗にしてくれた。よかったね〜🥰


マヤ@mayaya_20252025年12月31日読み終わった坂崎かおる「へび」のみ読了。 最初サラッと読んでしまい、「ふーん」って感じだったんだけど、読書ノートを書くために読み返していたら「これはもしかして、こういうこと?」「これとこれはこう繋がる?」みたいなことがいくつか見つかり俄然おもしろくなった。 読み解き甲斐のある作品だと思う。 子どもの成長を見守るヘビ(のぬいぐるみ)という存在がまずヘンテコで(爬虫類って子育てしないよね?)、そこからして違和感なんだけどたぶんその違和感を意図して書いているのだろうと思われる。 修復可能なヘビのぬいぐるみを持ち歩く「あなた」は明らかにおかしく、へびは息子の夏秋ではなく父親の「あなた」のイマジナリーフレンドなのだろう。 個人的にこれはつらいな、と思ったのは父親と息子による「死んじゃいたい」サンドイッチ。 大人も子どもも、それぞれ苦しみ、悩み、逃げたくなるのだと感じた。 反面教師のはずの父親と実は根本は変わらないっていうのも皮肉〜〜〜と思ったし、息子の夏秋にはそのループから抜け出して欲しい気持ちと、彼の未来をうまく想像できない読み手の自分がいて再読してもラストは「うーん…」という感じだった。 でもおもしろいのでみんな読んでほしい。 そして感想を書いてください!






中原メロス@56565656t2025年12月27日読み終わった川上未映子×頭木弘樹 病室でドストエフスキーが流行った話、どこかで見たことあるなと思ったら江川訳カラマーゾフの解説書かれていた方か。 「病気って隠すか売りにするかしかないんだなあと思いました。このどちらかしか選択肢がなくて、真ん中がないんですよね。」 これは病気だけでなくコンプレックスにも言えるよなあと個人的に思った。 川上未映子氏が引用していたエンデのユーモアに対する考え方が興味深かった。エンデのラスト・トーク、読んでみたい。 坂崎かおる へび 最近、子どもが欲しいという感情が芽生える時が多々あって、でも子どもを持つことに対する漠然とした不安も同時に存在している。その漠然とした不安がこの小説では具体性を持って表現されていて、正直読み進めるのがしんどくもあった。(でも面白くていっき読みした) 例え親子だとしても、誰が悪いとか明確になくとも、最後まで通じ合えず終わってしまうこともある。この小説では最終的に親子の関係がどのように落ち着いたのか、はっきり描かれてはいないが、そこには無関心というものはなく、お互い何かしら思う/思っている、のだと私は考える。

ぴぐ@pgmn2025年12月21日読み終わった坂崎かおる「へび」 幼稚園•小学生くらいの年齢の子どもと会話するとき(といっても現状そんな機会はあまりないが)、心なしかいつも身構え緊張する。おそらく相手は絶賛自分の世界を積み上げて構築している途中で、迂闊なことは言えないなと考えてしまうからだ。 作中では父と子の親子関係が描かれているが、ここでの父も、自分の中にある軸と子の世界との間で戸惑い、試行していたように思う。そうして親から子へ、子からその先へと続く思いやりと戒めを感じるような作品だと思った。 江﨑文武 音のとびらを開けて 第27回 文學界を手に取るときは必ず読む江﨑さんのエッセイ。江﨑さんの周りで繋がっているご縁やその歴史を垣間見ることができ、いつも楽しい。


こんじょー@konjo_note2025年12月20日読み終わった『へび』読了。 二人称で書かれた小説は初めて読んだ。事実を淡々と述べながらも、主人公を優しく理解しているような書きっぷりに癒された。 子どもとの向き合い方、妻との向き合い方、友人知人との向き合い方、それらを踏まえた上での自分との向き合い方。。。人間関係が一筋縄ではいかないことを改めて感じた。

いあに@IANI832025年10月5日読み終わった面白かった坂崎かおる『へび』、川上未映子x頭木弘樹『痛みの一回性を取り戻す』、國分功一郎x若林正恭『ネオリベの帳を越えて』、山本浩貴『ささやかな「本当らしさ」からの世界そのものの「フィクション」へ』は色々考えた。他の王谷晶さん、東畑開人さんの連載も面白いし、他にも面白いのがいっぱいあったのでおすすめしたい号だった。


it_shine@it_shine2025年9月24日読んでる『文學界2025年10月号』pp34-35 「痛みの一回性を取り戻す」川上未映子×頭木弘樹 ミヒャエル・エンデが『エンデのラスト・トーク』で、次のように言っていました。「ユーモアとはおふざけではないし、おふざけや陽気さの差の一種でもない、ユーモアとは一つの世界観なのだ」。人はかならず失敗するし挫折する。致命的な困難に必ず直面する。病はもちろん、死に別れもそのような困難ですね。そしてエンデは、ユーモアとはその状況に向き合う姿勢のことなんだと言うんです。ユーモアというのが、どちらに転ぶかわからない状態にいるときに、どうあれるかという姿勢のことであるとすれば、何らかのユーモアにふれたり学んだりするために、もしかしたら文学が必要なのかもと思うのですが。






読書猫@bookcat2025年9月21日読み終わった(本文抜粋) “頭木弘樹 綺麗な物語を必要としているのは、当事者ではなく、まだ悲惨なことになる前の人たちでしょうね。いつか自分にも何か起きるかもしれないという不安はあるので、起きても大丈夫という物語があると安心できる。だから、当事者に対して、そういう物語を紡ぐように求める。蚕に綺麗な糸を吐けと言うように。” (頭木弘樹、川上未映子「痛みの一回性を取り戻す」より) “若林正恭 最近郊外に引っ越して、2拠点生活をしてるんです。家に帰るとき、左が田んぼ、右がとうもろこし畑の道があったので、これはすごいなと思って、車を止めた。夕日が映って、風で夏の稲が黄金色に波立って、それをずっと見てたんですけど、途中で、これ何やってんのって思ったんです。これをやるって勇気がいる。そう思わせるのは、何の圧だったのかとも思うし、この対談が始まった頃よりはちょっと弱まってる気もします。“ (若林正恭、國分功一郎「ネオリベの帳を越えて」より) ”日記という表現形式は、研究上の資料的価値はもちろんだが、それ以上に、人々を惹きつけ、自分とは違う誰かの経験を「追体験」させ、触発する力を持つ。それがいくぶんかの虚構や、読まれることを前提にした演技を含んでいたとしても、「日記」という形式を備えている限り、その力は機能してしまう。“ (山本浩貴「ささやかな「本当らしさ」からこの世界そのものの「フィクション」へ」より)





