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@penguiiiiin_04
  • 2025年8月7日
    存在の彼方ヘ
    存在の彼方ヘ
    演習で3章だけ。何言ってんのかわからんけど、先生の解説を聞けばほんの少しだけわかった気になる。いつか自力で読んで「子宮」とか「呻き」とか使いこなせるようになったらなあ。(そんなことより画像荒すぎるやろ)
  • 2025年8月7日
    MiND
    MiND
    前期の演習で。やっぱり分析系の議論は、それで何か言えたことになってんのか?と思ってしまう感じがある。あと、サールはまあまあ変なことを言ってると思う。もういいかなあ〜。
  • 2025年7月12日
    一汁一菜でよいという提案
    2週間だけのひとり暮らし生活のために読んだ。生活が地に足がついたものになった。食を中心として自然-文化がリアリティを持って立ち上がる。
  • 2025年6月28日
    子供の哲学: 産まれるものとしての身体
    しばらくずっと批判してやるぞ〜と意気込んで読んでたけど、最後の章で急に自分の言いたいことにぐっと近づいてくるというか。これはもう少し読み込まなあかんのかもなあ。
  • 2025年6月26日
    侍女の物語
    侍女の物語
    100分de名著で扱われるとのことで、フェミニズムやってるくせに読んでないのは流石にないかと。
  • 2025年6月12日
    バトラー入門
    バトラー入門
    なんともクィアな入門書や。ジェントラを改めてフェミニズムの文脈から語り直すというのは、意外に大きな仕事やったんかも。再入門。
  • 2025年5月30日
    アンティゴネーの主張
    アンティゴネーの主張
    面白いな〜、これをそのまま自分の理論の道具立てとして引用するより、議論の出発点にしたほうが使いやすそうかなあ
  • 2025年5月8日
    世界は「関係」でできている
    世界は「関係」でできている
    バラッドの前準備として。4章、6章にある情報、意味についての記述は役立つかも。
  • 2025年4月18日
    宇宙の途上で出会う
    宇宙の途上で出会う
    第一章 文章は比較的読みやすいものの、やはりむずい。存在論-認識論と実在論のレベルの違いをもう少しはっきり捉えないといけない。バトラー批判の問題=物質の能動性が無視されているという主張は、そうだとも思うが、その一方でバトラーのコーラ論は問題=物質の能動性を説明しているのではと読むこともできるかもしれない。
  • 2025年4月15日
    宇宙の途上で出会う
    宇宙の途上で出会う
    序章 舞台設定 読みやす〜、なんと単純明快な語り口。バトラーもこんなふうに喋れよ。序文及び謝辞は、今まで読んできた序文の類の中で一番良かった。
  • 2025年4月13日
    問題=物質となる身体
    問題=物質となる身体
    序章 カレンバラッドを読むための復習として序章だけ。改めて読むと、やっぱり文体の難しいこと。訳の問題も少なからずあるやろけど、にしても純理の方が簡単や。これをゼミ始まってすぐに読まされたら、そらなんにも分からんわと過去を思うと同時に、そう考えると半年でだいぶ読めるようになったなと思う。
  • 2025年4月13日
    純粋理性批判 (上) (単行本)
    純粋理性批判 (上) (単行本)
    p74〜80 確かに空間は存在するんやと分かる。ただ、p75の「広がりと形」ってなんなんやろ。広がりだけではあかんかったんか。形はかなり経験的では?液体やったら?
  • 2025年4月10日
    猿と女とサイボーグ: 自然の再発明
    第九章 第十章 状況に置かれた知はかなり面白い。めちゃくちゃ便利な章。十章は半分くらいはわかってる気がする。なんかぬるっと終わってしまった。
  • 2025年4月5日
    春のこわいもの
    春のこわいもの
    『青かける青』  この本に出版日として印字されている2022年の2月25日は、それは自分の国公立大学入試の日であり、ロシアがウクライナに侵攻した日の翌日。それからすぐにこの本を買って、みんなが体育館で高校の卒業式をしているときに、退学する自分は一人で教室で読んでいた。  当時は思うように動かず、寝ても寝ても疲れが取れない身体にもどかしさを覚えていた。それなのに当時の自分は『青かける青』に特段の共感を覚えたわけではなかったような気がする。今読み返すとこの話の中に出てくる彼女は、病態もまさしく自分に近く、また当時の自分も彼女のように、周囲が急激に変わってしまう中ぽつねんと一人置き去りにされる感覚を強く感じていたはずだ。  もしかしたら、当時の自分の時間に対する感覚では、少し難しかった部分があるのかもしれない。ただあの日溜りの中にあった教室には、もう戻ることはできないし、できないにもかかわらず、痛いまでにヒリヒリするような可能性と不安が、あの教室のそこかしこにまだへばりついている。  あれから、三年間が過ぎ、自分のいる場所も、自分の周りにいる人も、自分の考え方も随分と変わってしまった。それでも春になるたびに、あの教室の中にいた自分を思い出す。ロシアとウクライナはまだ戦争を続けている。今年も桜は淡く咲いて、儚げに散る。期待と不安の緊張が、春をこうも美しくするのだろう。 「ねえ、戻れない場所がいっせいに咲くときが、世界にはあるね。ずっと、ずっと元気でいてください。お元気で。」
  • 2025年4月4日
    猿と女とサイボーグ: 自然の再発明
    第八章 サイボーグ宣言 読んだは読んだが、再読が必要。C3Iの話はマルクスの上部構造-下部構造に結び付けて読んでいいのか。所々で言っていることはわかる、というかむしろかなり当然とすら思ってしまうことしか書いていないのに論理構造がつかめていない。
  • 2025年3月26日
    猿と女とサイボーグ: 自然の再発明
    第七章 フェミニズムの視点で読むなら、この第三部から本編か。ハラウェイのフェミニズムに対するアティチュードを記した章のような。ゲイルルービンの論文に関してはいつか読みたい。
  • 2025年3月21日
    猿と女とサイボーグ: 自然の再発明
    第六章 あんまり期待してなかったけど「状況化された知」、「アフィニティ」みたいな有用で希望を感じさせる言葉も多かった。第二部全体を通じて自然科学や霊長類学、あるいはテクストに政治性を見出すそのダイナミックさが面白かった。
  • 2025年3月19日
    猿と女とサイボーグ: 自然の再発明
    第五章 p181〜208 ラスト一文に痺れる。科学の物語における「意味」をめぐる考察やと理解するが、この「科学」という言葉の射程はどの程度やろか。理論的な部分も意味との交わりによって存在しているとすれば(それはそうやろうけど)、どのような物語が紡がれうるのか。
  • 2025年3月19日
    啓蒙の弁証法
    啓蒙の弁証法
    第四章 八 ひとまず終了。この章に関しては期待はずれというか古臭いという印象が第一。ただ自分の嫌いな音楽や映画の悪口を言ってるんやと考えると、的を射ているような気もする。この正しいんやけども…というアンビバレントな感想を持ってしまうのがこの本だとつくづく思う。
  • 2025年3月17日
    猿と女とサイボーグ: 自然の再発明
    第五章 p158〜180 これが読みたかった〜!フェミニズム、科学、家父長制、イデオロギー、このあたりを一纏めに論じてしまうダイナミックさが痛快。まだ途中やけど続きが楽しみ。
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