天皇への敗北―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

13件の記録
tsukasakitajima@tk-19652026年5月7日読んでるタイトル中の「敗北」という言葉が適切かどうかは別にして興味深い内容。今このタイミングでこの本を出版した國分さんの意思が伝わってくる。この本がいろんなところで取り上げられて議論を呼ぶとよいな。
ジクロロ@jirowcrew2026年4月26日読んでる行政の中にどうしても潜在的に存在する「法律による規制を斥けたい」「できることならば、自分たちで立法したい」という願望を、僕は「行政の夢」と呼んでいます。これはまさしく幼稚な夢です。何でも自分たちの思うとおりに振る舞いたいという夢ですから。 (p.62) 言い分が必要となる行為は「敗北」である。 特権の甘受と退廃。 子どもという特権のうちで叶える願望は許される。 「大人」という特権の行使は「幼稚」であるということ。 "大事なことというものは、簡単に損得の形になって現れてこないもので、そう思う必要があるんだよ。矛盾しているように見えるけれども、そこのところをきっちりと掴んでいくのが、大きな人間になるひとつのコツだよ。速効性のあるようなこととは、まったく別なんだ。" (『うらおもて人生録』色川武大 p.38) 「大人」と「大きな人間」の違い。 大人には時間軸がない。 今ここの、目に見える因果のみがすべて。 「特権」とは時間軸の破壊装置だとも言える。 大きな人間には時間軸がある。 すぐに現れてこなくても、現れることがなくても、自分が死んででも待つ。その辺、ハチ公みたく。 「天皇への敗北」とは 「『天皇』と勘違いした自分への敗北」ともとれるのではないかと思った。

- ゆるふ@yuruF2026年4月20日読み終わった「本書を上梓するにあたり、私はいつも以上に緊張している」とある著者の緊張感が活字を通して伝わってきて、新書とは思えない重みがある。著者の言う通り、基本的人権の飛び地として天皇個人を捉え、昭和天皇の戦争責任を問うことは、日本の戦後が抱えてきた加害の忘却と曖昧な被害者意識を解消するきっかけになるかもしれない。「天皇への敗北」は、憲法を守るために天皇に頼らざるを得ない日本国民の窮状を指しているが、もしこれを本気で乗り越えようとするなら、憲法第1条を改正論議の俎上に上げなくてはならないのではないか?と考え始めた。










