原子力時代における哲学
10件の記録
くらな@3bus_08302026年9月25日読み終わった借りてきた脱原発を可能にし、人びとを脱原発の方向に向けて説得するドクトリンを造るこおは、政治的には大切です。(中略)しかしそれさ広い意味での政治の仕事です。原子力時代における哲学に哲学としてやらねばならないことがあるとすれば、それはこの政治の仕事に留まるものであってはならないはずです。哲学として考え抜かねばならないことがあるはずです。(p.268) なぜ我々は原子力をこれほどまでに使いたいと願って来たのかという問題です。言い換えれば、なぜ我々はこれほどまでに原子力に惹かれるのか。この気持ちの理由にまで到達しなければ、真の脱原発にはならない。(p.268)
yt@yt2026年4月12日読み終わった「ハイデッガーを検証するとは我々自身を検証することなのです」(p166) 「放下」を読みながら原子力について著者と一緒に考える講義録。 「原子力の持つ悪魔的魅力というものは、人間が母親のお腹のなかにいたころに抱く万能感と結びついているのではないかと思うのです」(p203-204) 精神分析をヒントに、全能感への欲望を分析する。 「あるプロセスを経て、ゆっくり時間をかけなければ我々は真理に到達できない。だから待つことが重要なのだが、「待つことが重要です」と書いたところで、人は待つことがどういうことか分かりはしない。待つとは何かを知るためには実際に待たなければならない」(p228) 実践を伴ったものだけが哲学だ。














