越境の時 一九六〇年代と在日

9件の記録
とめ@m_ake2026年8月4日読み終わった借りてきた白玉庵さんの投稿で気になり、図書館で借りて読む。 目次を見ると、小松川事件に金嬉老事件まで!そこに至る経緯を描くプロローグと第1章が興味深かった。「アルジェの戦い」にあるフランスの「民族責任」、それはそのまま日本の「民族責任」にも跳ね返る…。 私が金嬉老事件を知ったのなんだったっけ…と記録を辿ったら村松武司の「遥かなる故郷」だった。村松武司と鈴木道彦は出会っていたのかな…同年代だな。


白玉庵@shfttg2026年7月23日読み終わった小松川事件と金嬉老事件での自身の動きの回想。大村収容所がここでも出てきた。 執筆を勧めたのは上野千鶴子で、それは彼女がファノンの講義を通じて著者を認識したことがきっかけ。 圧巻はエピローグで、これが書かれたのは2007年。予想された通りだし、さらに悪い状況になっている。これを打破するのは、「実際、私の《我れ》は、意識にとって、他の人々の《我れ》よりもいっそう確実だということはない。ただ、いっそう親密なだけである」(p16,p242,サルトル)という自我の相対化で自らを開いていくことになる。 公然と戦前の日本を肯定する言説もあらわれたし、「愛国心」の合唱も始まった。「国益」だの「愛国」だのという言葉を恥ずかしげもなく口にするのは、「民族責任」の自覚のはるか手前にある無神経な態度で、国民国家の形成される十九世紀ならともかく、とてもニ一世紀を生きようとする人間のやることではない。私たちは、そういうものが乗り越えられ、解体されていく過程にすでに入りこんでいるのに、今の日本は、一〇〇年前にプルーストがシャルリュス男爵という同性愛者の肖像を通してあれほど痛烈にこきおろした愚か者たちで充満しているように見える。 p240 おそらく私のような考え方を「自虐史観」と罵る人もいるだろうが、そのような人々の目指す「美しい国」は、なんと無責任でなんと醜いことだろう。日本はこれからますます薄っぺらな社会になり、「愛国心」はますます大手を振ってはびこるだろう。それを見ていると私には、日本社会全体がちっぽけな殻に閉じこもって、自分の姿しか目に入らず、他者への配慮も、また他者の目に映る自分の姿への反省もまったく欠いたエゴイストになったような気がする。 p241







白玉庵@shfttg2026年7月19日読み始めたすなわち仮に日本人としての「民族責任」を問われる事態に直面きたら、言いかえればもし日本人の名で抑圧する状況が存在したら、あるいは日本人でないということが抑圧される理由になるような状況があったならば、否応なしに抑圧者に組み込まれる自分はどうしたらよいか? p46 ここからスタートしているので、信頼できる。







なかちきか@susie_may41412025年4月30日読み終わったファノン『地に呪われたる者』に出会ったものの歯が立たず、でも訳者である鈴木道彦さんの解説に感銘を受けました。『失われた時を求めて』の訳者としか認識していなかったのですが、こんな凄い経歴をお持ちだとは。心に沁み入る。苛烈なマスコミ批判も。 今読めて良かった。













