フラニーとゾーイー (新潮文庫)

22件の記録
FFF@fujimrock2026年4月4日読み終わった2026年読了本『グラース・サーガ』とても面白い。 「いろんなことを覚えて、鞭のように鋭い切れ者になったって、それで仕合わせになれなかったら、いったい何の甲斐があるんだろ」
💛@okiotashikani2026年3月9日読み始めた同じ著者のライ麦は自分は好まなかったが、こちらは大学生の話らしく気になり読み始めた。 あらすじより >アメリカ東部の小さな大学町、むきだしのエゴとスノッブのはびこる周囲の状況に耐えきれず、病的なまでに鋭敏になっている女学生フラニー




ジクロロ@jirowcrew2025年12月7日かつて読んだ「ある晩、放送の前にぼくは文句を言いだしたことがあるんだ。これからウェーカーといっしょに舞台に出るってときに、シーモアが靴を磨いてゆけと言ったんだよ。ぼくは怒っちゃってね。スタジオの観客なんかみんな低能だ、アナウンサーも低能だし、スポンサーも低能だ、だからそんなののために靴を磨くことなんかないって、ぼくはシーモアに言ったんだ。(中略)シーモアは、とにかく磨いてゆけって言うんだな。『太っちょのオバサマ』のために磨いてゆけって言うんだよ。 …… シーモアの『太っちょのオバサマ』でない人間は一人もどこにもおらんのだ。それがきみには分からんかね?この移密がまだきみには分からんのか?それからーーよく聴いてくれよーーこの『太っちょのオバサマ』というのは本当は誰なのか、そいつがきみに分からんだろうか?・・・・・ああ、きみ、フラニーよ、それはキリストなんだ。キリストその人にほかならないんだよ、きみ」 「太っちょのオバサマ」とは、日本語でいうところの「お天道(てんと)さま」、人間としての倫理観を成り立たせるまなざし。 「靴を磨く」とは、日常生活における行為としての「祈り」。 自分が孤独を感じるとき、すべてに投げやりになりそうなときに、フラニーとゾーイーが兄のシーモアの記憶を電話越しに照らし合わせるこの場面が、いつも励ましてくれる。 ただの文字なのに、光みたい。
















