もう泣かない電気毛布は裏切らない
18件の記録
いぬすけ@inusuke442308152026年5月25日読み終わったp161 2.共感と尊重は違う 「共感するふりをして他者の思いを代弁してしまうことは、他者を自分に置き換えて理解しているだけで、結局、他者を無視しているのと変わらない。…写生とは、他者を尊重する態度である。」 句作する中で難しいなと感じるのは「主観と客観の中で上手くバランスを取ること」だと思う。短歌ならまだしも十七音しかない俳句において、自分の気持ちや感情を強く込めようとすると、景が入り込む余地が失われる。主観や観念に嵌りこんだまま作った句は何となく独りよがりで、面白みに欠ける。その反面、見たものをそのまま、ふと口を付くように詠めた句は作った実感の伴う嬉しいものになる。どうしても切り離せない自我と、コントロールできない世界の間で綱渡りをしているような感覚。そんな難しさや面白さが俳句にはあって、人生のテーマじゃんっていつも思う。他者理解という点についても同じで、客観写生とは、ちっぽけな自分の主観はさておいて、相手の感覚や心を肯定しながら、それを尊重しながら接する態度に他ならない。 一本の氷菓分け合ふ母子かな 犬介

sae@sae2026年2月19日読み終わった(p45) 何も起こらないなら、自分の感受性のレンズを変えればいいのだ。朝顔が咲いたら嬉しい。揚羽を見かけたら嬉しい。そうすれば、いつもと同じ退屈な日々も、見え方が変わって驚きが増える。 (p172) 短夜や乳ぜり啼く児を須可捨焉乎(すてつちまをか) ルビで「すてっちまをか」という投げやりな口吻を旬に呼び込んだが、漢字で記された漢文そのもの(すべからく捨つるべけんや)は反語となっており「決して捨てはしない」という着地が示されている。吾子への愛が大前提なのだ。





















