ダロウェイ夫人
35件の記録
momo@momo52026年6月19日読み終わった「意識の流れ」とされているとは聞いていたけれど、その文体に慣れていないせいか、たまに置いていかれていたと思う。それでも嫌な感じがしないのは、書き手の人を惹きつける何かがあるのだろう。 ダロウェイ夫人は周りからの評価を気にして取り繕っているのかと思いきや、自分の意のままに行動的であったり、感情的であったり、人間らしさがこれでもかと詰まっている。 視界に入るものすべてに気を取られ、次から次へと思考が変わっていく様子が、次から次へと話題を変えてしまう自分に少し重なるなと思いつつ、私の場合はせめて思考で留めておくべきであろうと思っている。 おそらく、私の読解力ではこの本のすべてを理解できていない気がする。






椎名崎@shiinazaki2026年6月15日読み終わったようやく「読み終わった」タグがつきました ゆっくり読みすぎた これでようやく映画『めぐりあう時間たち」を観ることができます 終盤のパーティのシーンで、クラリッサが人伝にセプティマスのことを聞き、そのとき読者は、この物語が悲劇的な終わり方をするのではという恐怖を覚えます 正直大丈夫かと心配になりページをめくるのが怖かったのですが、その時間があるからこそ味わえる圧倒的に神々しいラストでした
椎名崎@shiinazaki2026年6月13日まだ読んでるようやく夕方になりパーティ開始。クラリッサの独白で「わたしはあの女が憎い。でも愛している。だって人に必要なのは友ではなく敵だもの。」という一節が出てきてあ〜いいな〜と思いました。 『灯台へ』もそうですが、登場人物のいい人悪い人好きな人嫌いな人がハッキリしていなくて、すべて混沌としている だから人間〜って感じがするし、だからこそ小説としては読みづらい パーティが開始してから文体もキレッキレになって面白くなってきました あり得ないくらい時間がかかりましたがそろそろ読み終わりそうです
椎名崎@shiinazaki2026年5月30日まだ読んでるまだ読んでいます。前回の感想の補足ですが、この後に出てきたセプティマスの回想は多分この物語の中で一番読みやすく(語弊がありそうですが)面白いパートでもありました。その後は満を持して出てきたクラリッサの夫のリチャード・ダロウェイや娘のエリザベスの話が続きますが、娘の家庭教師ミス・キルマンの話はまたなかなかに面白いパートです。主人公クラリッサは女性の登場人物にことごとく嫌われていて、なんというか、この主人公は女性にあまりいい印象を与えないんだろうな…と思いました。一方で主人公自身、自分がたいしたことない人間であることをわかっている訳で、読んでいる方もなかなかに気持ちが振り回される感じです。
椎名崎@shiinazaki2026年5月16日まだ読んでるまだ読んでいます。私は基本的に土曜日の午後にカフェに行って読書をするので、その時間が取れないとスピードがだいぶ遅くなる。それはさておき、これは『灯台へ』に比べるとやはり読みづらい気はする。過去の回想が入ると面白いし、主要登場人物は50代なのに年齢なりの落ち着きがなくて人間くさいので、クラリッサとかピーターの話は面白いのですが、精神を病んだ青年セプティマスの頭の中の描写は混沌としているので、このパートが来るとやや躓いてしまう。でも概ね面白く読んでいます。


椎名崎@shiinazaki2026年4月19日読み始めた読み始めました。『灯台へ』が大変良かったので次に読むならこれ、と思ったのですが、文体のクセが『灯台へ』よりも更に強く、先にあちらを読んでおいて良かったと思いました。 今は主人公クラリッサ・ダロウェイがお花を買いに外出して、様々な人々の思考を飛び回りながら、帰ってきて、自らの同性愛的指向について考え終えたところ。このあたりからだいぶ面白くなってきています。
okabe@m_okabe2026年4月16日読み終わったフェミニズムやクィアの視点を組み込む凄さは言わずもがな、本作を読んで感動したのは、意識の流れの中でPTSD患者の視点を描いたこと。 周りからは支離滅裂に見られてしまうが、本人の中では理屈が通っている。医師と患者という主従関係が時に患者を苦しめる。恐らくウルフは、それらのことを身を持って知っていた。

nami 𓐃✈︎@____73r2025年8月29日読み始めた読み終わったあまりにも美しい物語。過去と現在を行ったり来たりしながら、パーティの1日の様子が綴られる。この物語の登場人物は、過去の後悔や眩しさを持って今日を生きている。 わたしはというと、食べ物の組み合わせが悪かったのか暑さにやられているのか胃がおかしい。





doji@doji_asgp2025年8月21日読み終わったセプチマスの自死の細かい描写が印象的で、飛び降りる瞬間ですら、人はできれば生きたいと願うのだなと、映像的な記憶として刻まれてしまった。ダロウェイ夫人が自他の境界を飛び越えてセプチマスと同一視してしまうことは、溶け合うように意識が流れていく文体でも示されている。あまりにその流れが自然すぎて、気づけば違う登場人物のあたまのなかにいるような、そんな不思議な気持ちになった。それゆえの難解さはやっぱりあったので、一度ではなかなか味わいきれない手強さもある。



柿内正午@kakisiesta2025年6月13日じゅうぶん読んだ嫌い必要があって『ダロウェイ夫人』を何度も読み返しているのだけれど、集英社の丹治愛訳と原文とを読み較べ、この光文社文庫版の翻訳ははっきりと大嫌いだと確信が深まる。均衡を信奉し、人々を抑圧するサー・ウィリアム・ブラドショーのような訳業だと思う。

































