雪の練習生(新潮文庫)

23件の記録
- ナナミ@nanami3732026年6月28日読み終わった外国の児童文学みたい、と思ったけど、それは私が人生で一番読書家だった10歳までの頃に好んで読んでいたのがそのジャンルだったからかもしれない。これは私たちが子どもの頃のあの、言葉にならなかった言葉たちで書かれた小説だ!と思って、甘酸っぱい郷愁にかられて大事にクリッピングしたくなるような秀逸なフレーズが多い。 だけど大人にそう思わせる時点で、やはり子ども向けの小説ではないのかもしれない。子どもの私が読んでも楽しめるとは思うけど、文章を本から切り抜きたくなるような熱っぽさではない気がする。子どもを救うための子どもの感受性の言語化じゃなくて、子ども時代の懐かしく輝かしいとりとめなさ、言語と言語以外のものを同時並行させて世界を知っていくあの感じを、大人に思い出させて泣きたいような気持ちにさせるお話。 クヌートが世界を獲得していく描写が瑞々しくて、小熊ってよりエイリアンみたいで、素敵。 赤ん坊を産み育てる側としての参画によって赤ん坊を追体験していない大人の私は、乳の甘い匂いなんて覚えてもないけど、なんとなくつんと酸っぱいような不思議な記憶がよみがえる気がしている。 母親の記憶がない。母親はどこへ行ってしまったのだろう。食べ物をくれるのはいつもイワンだった。 人生に1ミリも重ならないのに(そもそも私はシロクマではなく指延長類だから)懐かしいの不思議だ。 ところで私はこの本が愛の物語として紹介されているのを見てそれ前提で読んだけど、そういう補助線なしにこの小説を読んだら、これを愛の物語だとする結論に辿り着いただろうか。10歳の私はどうだろう。辿り着かなっかた気がするな。でも今の私はいい大人なので、異種間愛がヘキ!とかいうオタクっぽいワードを使わなくても、あの死の接吻が与える妙に官能的な友情や、マティアスは絶対にわたしを見捨てないという気持ちを与えてくれた、から始まる名パラグラフに、それを感じられていた気がする。

mayu@yatsu_books2026年5月9日読み終わった@ 自宅ホッキョクグマが人の言葉を理解したり、会議に出席したり、自伝を綴ったりする姿に最初は少し戸惑ったのだけれど、すぐにこの「わたし」の語る物語に引き込まれて、次第に人とクマの境界が曖昧に感じられてくるから不思議。 そして、クマの目を通して語られるうちに、わたしたち人間の振る舞いがどんどん奇妙なものに思えてくる。 社会主義国のサーカスに対する動物保護団体の非難、育児放棄した母グマをめぐる、母性本能論。 ただ生まれて生きたというだけなのに、地球温暖化問題の象徴に祭り上げられ、成長してその愛らしさが失われ、見向きもしなくなる人の身勝手さ。 そんな耳に痛い人間達の行動だけれど、それを決して糾弾することなく、時にユーモラスに、時に悲しく、そしてあくまでも美しい情景描写と共に綴られているせいか、嫌みなく文章ひとつひとつがしっくり馴染むように、真っ白な雪と氷の情景がまるで残像のように残ります。 『本の練習生』と合わせて読みました。










うたたねこ@ne9o2026年4月12日読んでる碇雪恵さんの「本の練習生」を読み始めて、そうか、読書会の記録なんだ!と気づいて先に課題本になっていた「雪の練習生」を読むことにした。 まだ読み途中。サーカスの調教の描写がなまなましい。幼少期、身体を痛めつけられながら芸を仕込まれて、生きのびるために拒否はできなくて、周囲の評価=自分の生存になっていき、自分の身体を守ることよりも、他人の思惑や評価に振り回される主人公の姿、これはトラウマを抱えながら生きる人なんじゃないかなって、思いながら読んでいる


ふまそん@fumason2026年3月28日読み終わった⭐︎⭐︎⭐︎ “そうかクヌート、君は狼が苦手か。その気持ちは分かるよ。狼は結束が強いからね。いつも群れをなして行動する。ヨソモノが入ってくると殺してしまうことがあるくらい厳しく内と外を区別する。だから、ああいう態度を取るんだよ。悪意はないんだ。君たちホッキョクグマは一匹狼だから、彼らの気持ちは分からない だろうけれど。”


むらた@Murata2025年11月10日心に残る一節「僕だけが自分の冬を引きずっていたせいで、急に来た春に気付けなかった」 人間らしさを表すとても美しい表現だと思う。心が動くというのはスイッチのON/OFFとはまるで勝手が違うのだから。





















