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どび
どび
@Whodobe
  • 2026年8月7日
    改訂新版 共同幻想論
  • 2026年8月7日
    三四郎
    三四郎
  • 2026年7月21日
    猫町
    猫町
    見ている景色や、考えていることが全く美しく、渾然一体に予定調和的になっていて、その中に入ひたくてウズウズするような時がある。でもいざその景色に飛び込んで、喋っているうちに、崩壊して、またいつものぐちゃぐちゃで煩雑な世界と思考に戻る。猫町はその間の飛び込む瞬間にある。散歩をつづける。
  • 2026年7月18日
    イン・ザ・ミソスープ
    グロテスク、狂気、異常性の説明可能性をメタテキスト的に感じた。 規律訓練が洗練化されればされるほど、人は不安になるみたいなの、かなり説得力があるよね。社会化されて規律訓練のなかに参入していく過程と、無秩序で妄想的な動物性とのギャップで、虫を殺したり、いじめをしたり、そのギャップを埋めるための方法を模索する。その方法がどんどん包括的に禁止されていくのは怖い。根源的な不安から逃れたい。リスクや動物性を禁止ではなく、許容していかないといけないのかもしれない。 あと、絶対絶命状態の時に、かえって日常的な連想が始まってしまうみたいなの、すごい嫌だな。世界内存在って感じなんだけど、すごい嫌だな。
  • 2026年7月14日
    ダブル・バインドを超えて
    まず最初に、メビウス的な運動を繰り返す生成の世界を考える。我々はそれを単層的な構造をもつ存在の世界の中に押しこもうとするのだけれど、必ずどこかで無理を生じ、逆説的な襞を寄せるところが出てくる。それがダブル・バインド状況にほかならない。それは日常的には適当にやり過ごされるが、逆に、生成の世界に向かってワープするためのきっかけとして用いられることもある。ただし、悪くすると、そこから分裂症という袋小路に入りこむこともある。ざっとこんな具合です。 こういう観点からいえば、相対矛盾的にやり過ごすことで病気を治すというのは哲学的なアポリアに立ち向かっている人をあえて凡庸化するということにほかならず、逆に、絶対矛盾的なワープにおいて目指されているのは超病気としての悟りだということになるでしょう。もちろん、何度もいうように、ワープが成功することは極めてまれで、たいていは悲惨な結果におわるというのが現実だと思います。ただ、ここでいっているのは、ダブル・バインドが哲学上ひとつのチャンスと考えられる、ということなのです。110-111p ⤴︎(´ºωº`)
  • 2026年7月14日
    ダブル・バインドを超えて
    面白かった。 ダブルバインドを相対矛盾的にやり過ごすことが日常へ帰る為のダブルバインド的治療であって、突き詰めていくと、日常を脱出するための宗教的ダブルバインド的治療とぶつかっていく、この治療同士の、あるいは筋トレ的な衝突の瞬間があるなと思った。 キルケゴールやニーチェやサルトルを読んで、吸収しても、うまくやるしかないし、それはフッサールやショーペンハウアーでもそうで、うまくやる領域と、信仰の領域の線引きが人によって違うんだ。 うまくやる領域はやっぱり負い目からかくれていて、かくれんぼ出来ない時があるんだな。
  • 2026年7月10日
    五分後の世界
    戦争美化というか、実存美化、実にゾンビ化でもあった。反近代的で、反現代的。電車に乗りながら聞いてて、私も、乗っている全員も、何かを失っていることを思い出せと言われているような気がしてふにゃり。みんなが失ってはいけないものを失っていない時代なんてあったのだろうか。 令和は平成を、平成は昭和を、昭和は大正を、大正は江戸を懐古し続ける、そういう社会の運動がある。その現象、運動そのものの美化、啓発という感じもする。 令和の次は令和を想うのだろうか。 少なくとも、確かに、溢れ出る内臓も、垂れ落ちている眼球も見ることがない現代で、死を先駆的に考えることは無いし、無理なのだろう。
  • 2026年7月4日
    資本論(マルクス) 1
    資本論(マルクス) 1
  • 2026年7月4日
    実存主義とは何か
    実存主義とは何か
  • 2026年7月4日
    地下室の手記(新潮文庫)
    地下室の手記(新潮文庫)
  • 2026年5月7日
    社会契約論
    社会契約論
  • 2026年4月12日
    精神現象学 上
    精神現象学 上
  • 2026年4月12日
    所有とは何か
    所有とは何か
  • 2026年4月1日
    「ヒューマニズム」について
    「ヒューマニズム」について
    ブーバーの我-汝を先に読んでいたから、それと近い存在論だなと理解したんだけど、どうでしょう。
  • 1900年1月1日
    死に至る病
    死に至る病
  • 1900年1月1日
    探究(1)
    探究(1)
    あらゆる意味体系に自分を委ねることができない。だが、断片性や不秩序をそのまま肯定することにも納得していない。そのあいだで、他者との一瞬の対話的空間に賭けたい。しかしその賭けもまた、自分の内的欲望やロマン的信仰の投影であるかもしれない。この自己懐疑を消せないまま、それでもなお対話を求めている。
  • 1899年12月31日
    道徳の系譜
    道徳の系譜
    読み終わったが、ニーチェは自分自身、奴隷道徳的に弱者を批判することをしていて、重要なところはポエティックなツァラトゥストラに任せるみたいな、カッコつけた書き方が気になり、うーん。フーコーとか、ハイデガーとかのニーチェの系譜は別に嫌いではないのだが、ニーチェのこの本の書き方は好かん。
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