

ブタコヤブックス
@books_butakoya
愛知県名古屋市の新刊書店。エッセイ・絵本・教育が中心に並んでいます。店主船張真太郎の個人的読書記録。読むのが遅い。読みながら眠ってしまい、顔面に本をよく落とす。
〈ブタコヤブックス〉
【営業日】水・木・金
(営業時間はInstagramカレンダーを)
【住所】愛知県名古屋市南区笠寺町西之門33-1
(名鉄名古屋本線本笠寺駅から徒歩2分・JR笠寺駅、地下鉄桜通線桜本町駅からは徒歩15分)
【駐車場】笠寺観音商店街契約駐車場(キング観光笠寺店5.6階)が無料で使用できます
- 2026年6月15日
イン・ザ・メガチャーチ朝井リョウ読み終わった@ ブタコヤブックス遅ればせながら本屋大賞作品をようやく読み終えることができた。当店にて開催した読書会の課題図書に選ばれたおかげである。 「神がいないこの国で人を操るには、”物語”を使うのが一番いいんですよ」という、この本の帯にも書かれている作中のセリフを読んだ時、かつて私が教員をしていた頃に出会ったとある校長のことを思い出した。 この校長も、やたらと「ストーリー」という言葉を使う人だった。「ストーリーのある学級経営をしなくちゃいかん」「ストーリーのある修学旅行をだな」「ストーリーのある卒業式というものは……」 言いたいことはわからんでもないのだが、それは一体、誰のために行う、何のための何なんだと、当時の私は拒絶した。 あれから数年が経ち、私は名古屋に小さな本屋を構えることになった。公務員の世界から商売の世界へと、全く違う世界への転身のために、いくつか指南書を読んだ。そこには、おおむねこんなことが書いてあり、思わず閉口してしまった。 【これからの時代の小売店は、ただ商品を並べて売るだけの場所では生き残れない。店には思想があり、世界観があり、そこを訪れるお客さんが「この店で買う理由」を感じられるような、”ストーリー”が必要なのだ】 オープンからまもなく一年が経つ。ニューオープンの本屋が一年を迎えるといういかにもなストーリーの中に、私もどっぷりと浸かっている。浸かっているなぁぁぁぁと思いながら最後まで一気に読んだ。 あと、小学校高学年の頃に、クラスの声が大きい人達が、好きなアイドルの話を平気でしているのが羨ましくって、鈴木あみを無理やり好きになったなあだなんてことも読みながら思い出した。モー娘。も当時の流行りに乗って、とりあえずなんとなく好きになったなあとか、ハロプロの人たちが紅組と黄色組と青組とに分かれたやつとかのCDとかも持ってたなあとか、ミステリアスで売り出していた倉木麻衣のライブに行きたいがために爽健美茶のシールを集めたなあとか、まあとにかくパンドラの箱を開けたかのようにどばどばと出てくる出てくる。 これからの人生に還ってくるのは、これまでやってきたことよりもやってこなかったことのほうだとか、推しに夢中になることで現実をスワイプしてしまうことだとか、ストーリーを仕組むことの是非だとか、そういう色んな今を生きている人間の周りにこびりついているものをでっかい教会の模型の中に入れてぐわぐわぐわぁぁぁぁとかき混ぜたミックスジュースを飲まされたような読後感で大変面白かった。 - 2026年6月15日
読み終わった@ ブタコヤブックス週に一回の連載という形で書かれていたからだろうか、一緒に過ごす家族の話が多く登場するエッセイ集だった。「どこの家族も似たようなところがあるんだな」と笑ったり、「さすが堀さん凄えや」と唸ったりしながら読んだ。 と、読み終えたばかりの今朝、ここまで感想を書いていたところで、我が家の洗面所の方向から「ポケットにティッシュが入っとる!この忙しいときに!!クソ!!」とブチギレる我が妻の声が聞こえてきたので、大急ぎで中断した。 まったく状況を察しない小2の息子が妻のもとに駆け寄った。何を妻に向かって言うのかと思ったら「あのね、キン肉マンってね、自分で考えた超人の絵を描いて送ると載せてもらえるかもしれないんだよ」と、関係ない話を持ちかけ火に油を注いだ。なお、ティッシュの出どころはこの息子のズボンのポケットからである。朝からひどい話である。 ひとかたまりのティッシュがもたらした家庭の危機は山を越えた。妻は出勤し、子どもたちは登校した。誰もいなくなった自宅でひとり、私も家族のことを考えながらこの文章の続きを書いている。 と、こんなふうにして我が家にも毎日何かしらの出来事がある。それはぜひ書き残しておきたいと強く思うようなものから、起きたその瞬間に忘れてしまうようなどうでもいいものまで様々である。大なり小なりそれぞれの家族にはそれぞれの出来事があり、それらに向けられる目線があり、それぞれに物語がある。 はじめにの章に、「あったこと、思ったこと、出くわしたことから開かれてゆくのがエッセイで、どんなことを書いても、そこには自分の目線がある。わたしが感じたことを書く。」と書いてある。この本には、ひたすらに堀さんの目線で、堀さんの周りの出来事のことが、堀さんが思ったまま綴られている。 こんな形で、家族との時間が形として残るだなんてステキだと思った。おそらく表紙の蟹は「かにかま列車」であろう。この子の名前の「列車」の部分に一切の説明が無いところがめちゃくちゃ良い。 - 2026年6月3日
コレクターズパレード 100人の収集生活落合加依子、佐藤友理読み終わった@ ブタコヤブックス100人が自身のコレクションと部屋を語る写真付きエッセイ集。 私も、小学校高学年のころからこつこつと、当時100円だった食玩「ポケモンキッズ」に入っていたポケモンの指人形を集めていた。赤緑の頃はまだ151匹しかいなかったので、これを全部集めてやろうと少ないお小遣いをやりくりして買い続け、ついには全てを集めきり、現実世界でポケモン図鑑をコンプリートするポケモンマスターになったのであった。 「ポケモンキッズ」は、発売された当初のシリーズでは、中にどのポケモンが入っているか分からない売り方をしていた。そのため、お目当てのポケモンに出合うまで何度も買い続ける羽目になった。同じ指人形を複数持っているのは、そういう歴史を知っている証拠である。ちなみに、死に別れの母親の遺骨を頭に被っているという悲しい過去をもつポケモン「カラカラ」が、最後の最後まで手に入らなかったのをよく覚えている。営業しているのかしていないのかよく分からない、学区の端にあった薄暗いヤマザキショップの中で買った黄色いポケモンキッズの箱からカラカラが飛び出してきたときの感動は、30年が経った今でも忘れない。かつてその店があった場所の前を通り過ぎる度に、そのときの興奮を思い出してしまう。 大人になり、妻と二人で暮らすことになった頃には、指人形への情熱など残っていなかった。ある日、実家の押し入れの中にしまわれていた小さな指人形を久しぶりに見つけたときには、思わず声が出た。一方で、大人になっても「ポケモンの指人形」を大切にしている自分が、なんだかちょっと恥ずかしかった。 名古屋市指定の小さな可燃ごみ袋の中で雑に保管されていた151体の人形を、そのまま捨ててしまおうと思った。でも、念のため、かつてのブタコヤの中で共にこの指人形で遊んだ古くからの友人に、「これ、もう捨てようと思うんだけど、いいよな」と相談した。すると、「それはお前の全てだから捨ててはいかん」と怒られた。 きっと、そう言ってほしかったから連絡をしたのだろう。成人をとうの昔に迎えた男が「ポケモンの指人形」を大切にしているという状況を、誰かに認めてほしかったのだろう。これは、「ポケモンの指人形」ではあるが、ただの「ポケモンの指人形」ではないのだ。小さかった私の、151体の分身なのだ。 何故集めているのかという明確な理由などない。集めろと言われたからでもない。「なんとなくそう思ったから」「面白かったから」という、小学校の学習プリントに書いたらきっと△評価をつけられてしまうような、そんな平ぺったい動機しかない。 この『コレクターズパレード』の中にも、さまざまな想いでコレクションをしている人たちが登場する。きっと、それぞれがそれぞれにとって、「物」以上のなにかなのだと思う。コレクションにかけた時間は人生そのものである。この本には「物」の形をした、100人の人生が並んでいる。 もし私が今も学級担任だったら、この本は学級文庫に並べたい一冊だなと思った。多種多様な数十人がぎゅうぎゅう詰めになって一日を過ごす「教室」という特殊な空間では、殺風景であること、清潔であること、綺麗に整頓されていること、丁寧であること、効率的であることが、どうしても大切にされてしまう。 学級懇談会で学級担任は言う。「お子さまの机の中をどうぞご確認ください」と。もし、席の主が、こっそり拾ったセミの抜け殻をお道具箱にコレクションしていたらどうなるだろうか。折れてしまった鉛筆の芯の先を蓄えていたらどうだろうか。これらは全て「指導」の対象になりうるであろう。 学校が悪いと言いたいのではない。学校はそういう場なのである。整頓できること、物の管理ができること。これはこれで、大切な力である。学校はそんな力の成長にまで責任をもってくれる。ただ、「何かを集めることの良さを味わう」ことは、学校の管轄外である。だからきっとこの本は、子どもや、かつて子どもだった人の、そんな心にも寄り添ってくれる一冊なのではないかと思ったのだ。 私のポケモンの指人形は、三十年の時を経て、今は我が子のおもちゃになっている。一日三十分間だけ、Switch2のゲーム「ぽこ あ ポケモン」で遊んだ後は、ポケモンの指人形たちの出番だ。捨てなくてよかった。こうして世代を越えて、物も人生も繋がっていく。 - 2026年4月23日
本なら売るほど 3児島青読み終わった私も同じく書店員経験なく新刊書店を開いた身なので共感の多い作品。店にある本の内容の全ては把握できないことについての話が印象的。「正解が担保された読書なんぞクソ」「恐れずどんどんオススメしまくれ」……という言葉に勇気をもらった。『塩一トンの読書』読もうと思う。 - 2026年4月22日
すばらしい新世界オルダス・レナード・ハクスリ,黒原敏行読み始めた - 2026年4月21日
資本主義を半分捨てる青木真兵読み終わった@ ブタコヤブックス担任を辞めて非常勤講師と本屋を始めた私の心の中にあったもやもやの原因が書かれていた。私は学校と本屋を行ったり来たりすることで、自己ニーズと他者ニーズの間のちょうど良さを探ろうとしているのかもしれない。ちなみに、学校の中でもその間を行ったり来たりして揺れていて、本屋の中でもその間を行ったり来たりして揺れている。揺れているので悩むことは多いが、それでもいいのかと思うことができた。 - 2026年4月21日
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