大聖堂
85件の記録
- ブトマ@togo10042026年6月16日ぼくが電話をかけている場所 この短編読んで「そうだ、これは村上春樹翻訳だ」って思い出したくらいは村上春樹だった 男2女1の小競り合いな感じ、なんか"それっぽい"会話、酒・煙草。レイモンド・カーヴァーは 私が好きなルシア・ベルリンと共通点が多くて、 アル中、労働者階級の悲哀、短編しかない、 などあるんだけど、ルシア・ベルリンのが好みだな。それはユーモアの部分、何がおもしろいって思ってるかって事だと思う。
碧衣@aoi-honmimi2026年6月14日読み終わった表題作を始め、名作「ささやかだけれど、役に立つこと」を含めた12の短編集。 作中の登場人物のほとんどはアメリカのミドルクラス層と呼ばれる人たち。そんな彼らがアルコールに依存したり、他者に対する愛を忘れ、家族に悲劇が見舞われ、妻が駆け落ちし、居場所をなくした家族はアメリカ中を駆け巡る。 すっきりとしない曇りのような作品が多いと感じていたから、「ビタミン」の解題で訳者の村上春樹氏も同じように評していたのになんだか安心した。そんな「ビタミン」の夫婦の会話はどこか訳者の作品を彷彿とさせる。 人生に思いも寄らないことが起きて、暗転も好転もしない日々に対して人々が抱く思考や感情。そこから向かっていく様々な結末は、こちらを憂鬱にさせたり、ほんの少し安らぎを与えたりする。
- ブトマ@togo10042026年6月8日ささやかだけれど、役に立つこと 本作はいかにも文学というか、断片だけで判断しがちな現代社会とは真逆の構造な物語だった。 主人公の夫婦は轢き逃げ事故で息子を 失う、あまりの理不尽さに疲弊しまくって 息子の誕生日ケーキを注文してたパン屋に対して 怒りの矛先を向けるんだけど…みたいな話なんだけど、このあらすじだけをネットニュースとかで見たら明らかにパン屋か被害者て夫婦が加害者ってことになるんだけど、そう単純には語れないものがるよねって思う。 これは重苦しい話だけど、暖かい話でもあるなって、最後のパン屋の心情の流れがありありと想像出来た。
- ブトマ@togo10042026年6月3日コンパートメント めちゃくちゃ良かったな 主人公の男が離婚して別れた息子に会いに 列車で旅に出るんだけど、息子との嫌な出来事とか、プレゼントするはずだった時計盗まれたりして、「あれ?息子に会いたくないかも」みたいに思っちゃうって話。 これは男の孤独がすごく痛々しいんだけど、 私はすごい分かると言うか、 私のほとんどの恋愛ってこうだったなって思うんですよ。途中で「あ、好きじゃないかも」ってなって ー私は人を愛せないのだ、だから愛されないのだーみたいな落ち込み方するんだけど。 でも、不思議とこの主人公はそんなに悪くないって言うかね、きっとまたいいこともあるよって思えるのが不思議なんだよな。エグいなカーヴァー


ぴー太@ystit2026年6月2日読んでる『列車』は人生の不可逆性についての物語なのかな。 一度乗ってしまえば、目的地に到着するまで一直線。すでに何かが動き出してしまった。 でも、人の人生は不可逆だとしても、 その途中で本を読むこともできるし、 電話をかけることもできる。 線路は変えられなくても窓の外を見ることはできる。 まあ、今の選択肢の多い時代では、途中下車して乗り換えることも、なんなら飛び降りることもできるのだけどね。いい意味で。


サカキ@sakaki08252026年6月2日読み終わったまた読みたいずっと気になってたはいたレイモンド・カーヴァー。 たまたま古本屋で見つけて買ったので、あとからこれが三作目と気づく。 やけに登場人物にアルコール依存症が多いなと思ったが、訳者の村上春樹の解説を読んで色々と納得。当時のアメリカの社会的背景も反映されているのかなと。 特に印象に残ったのは ・ぼくが電話をかけている場所 ・熱 ・大聖堂 の三遍。 "ぼくが電話をかけている場所"の自分のことを一番まともだと思っている主人公と、施設とシチュエーション、言葉にできない閉鎖感からヨルゴス・ランティモスのロブスターを思い出した。 全体的に装飾の無い、現実をただただ突きつけられる感じがとても良かった。物語によっては、それが最後にある微かな救いを強調するようにも感じられて。 一、二作目はより救いがない物語が多いみたいなので、それはそれで読みたいと思う。 「僕にはちょっとした幸運が必要なんだ」


ぴー太@ystit2026年6月2日読んでる『ぼくが電話をかけている場所』を読んだ。 この「場所」とはアルコール依存症の療養所という特定の地点ではない。 世界との接続を失いかけた人間が、もう一度繋がろうとする状態そのものなのだと解釈した。 人が再び世界へ戻るための玄関口のような場所。 電話を「かけた」でも「かけようとしている」でもなく、現在進行形の「かけている」というタイトルが重要だと思う。 まだ玄関の中に籠もっているわけでもなく、完全に外へ出たわけでもない。ただドアノブに手をかけている状態。 JPの過去の話に登場する井戸と煙突は、ともに垂直のモチーフとして、井戸は下降、煙突は上昇のイメージを持つ。 一方で主人公が最後に選ぶのは電話であって、それは上にも下にも向かわず、誰かと水平に繋がろうとする行為として描かれているように感じた。 数十ページの短編でありながら、さまざまな解釈の可能性が広がっていく。カーヴァーの短編の魅力はまさにそこにあると感じる。 そんな僕も今日は雨で世界から閉ざされているような気怠げな気分だったが、本を読むことで世界との接続を保とうとしている。 それもまた「ぼくが電話をかけている場所」


ぴー太@ystit2026年5月30日読んでるカーヴァー『羽』『シェフの家』。 『羽』では幸福への憧れと、その正体の曖昧さについて、『シェフの家』では環境がもたらす救いと、その儚さについて。 明確なカーヴァーの考えは明示されず、だけどその余韻が心地いい。 結局、心に残る作品というのは、自分自身の人生に引き寄せて解釈できる作品なのだと思う。答えを与えられてしまったら、きっと面白くない。 環境は変わる。けれど、自分の中に根づいた営み、生活は残る。 さて、ウェスはまた酒を飲み始めるのだろうか。



- ブトマ@togo10042026年5月27日読んでる羽根 同僚の家に遊びに行く夫婦の物語 その同僚家族がどことなく変わってて 家の中で孔雀飼ってたり、赤ん坊がめちゃくちゃ不細工だったりして唖然とする。 でも、なんか幸せそうで夫婦は家に帰った後に 子供を作ることを決意するんだけど、 まぁ、これだけだとただのハートフルな作品なんだけども、ここからの2ページで割と嫌な雰囲気の終わりに向かってくんだよな。 その辺が大分好み、なんで変わりもんの同僚の不細工な赤ちゃんと孔雀見て子供欲しくなるのかは 本当に謎なんだけど、なんか分かる気もするんですよね。と言うのも、私も生まれた時はそこそこ不細工な赤ちゃんで、褒めるところがないから 「髪の毛がサラサラだ!」とか「すごい福耳じゃない!」しか言われなかったそうで、 まぁ、しかしですね、そんな私が産まれることで ばあちゃんの鬱病が治って働けるようになったって話を聞いて、割とこの物語があるからどうしようもない時も生きてられるなって思うんですよね。
野家(neue)@tolle_lege2026年4月20日まだ読んでる「ささやかだけれど、役に立つこと」まで読了。ここまで読んできて、私がカーヴァーに惹かれる理由は、“こうなるほかないという現実を前に、諦めた者たち”を描いた小説だからだと気づいた。普通に生きている中で経験したたわいもない体験が、思いもよらない悪い状況の伏線となっていたことに後で気がつき、呆然と立ち尽くす。ここで作品がスパッと切れるので、読者はリアルでどこかシュールな不安を感じるわけだ。 その点でいくと「ささやかだけれど〜」はこれまでの作品とは毛色が異なる。それは何かを失い、諦めた者たち同士の支え合いを描いているからである。私は読んで不安になる小説が好きだが、最後に決して綺麗事ではない希望の光が見える作品もいいものだなとしみじみ感じた。
- はははのは@87_____hn2026年4月20日読み終わった言葉はシーンの描写をしているのに、そこにある空気感(なんとなくうすら鬱な様子や、苛立ちや不安)が描かれているように思って、小説の力を感じた。何度も読みたい尊敬する人からもらった一冊。


MizMiz@MizMiz2026年2月11日読み終わった相変わらずソリッドで生活感あるシンプルな言葉で市井の人を描いているので、すいすいと染み込んでくる。この短編集は彼の完成度高い作品が多かった。『コンパートメント』の緊張と弛緩。『ささやかだけど…』の痛みの共感。『列車』のここにいる意味を問わない不可思議さ。そして『大聖堂』の体験からくる発見。鋭さも感じる最後の一言に、いつもぐっと鮮烈なイメージが感じられる。良い短編集だ。








つつつ@capyandtsubasa2026年1月21日買った本屋で見つけて、表題作、読みたかったんだーと思い買って帰ったら、過去の自分がもう既に買ってたみたい。家に2冊ある。 先週も穂村弘の『はじめての短歌』で1ペアを作ったばかりなので、これで2ペア。
本を翔ける魚@shokan1272025年12月5日読んでる短編一つ一つについて誰かと語りたい 英語版も持ってるけど平易な言葉に込められた深さに圧倒される 共有項のなさが外国語と母国語の区別なのかも、他者と自己の区別に似て- 後藤@wombat_cute2025年11月30日読み終わった読んでいる最中は(もちろん光る作品もあったが)こんなものかと肩透かしをくらったような気持ちだったけれど、解説と共に一作ずつ振り返っていると「そうそう、こんな話もあった。これはすばらしかったなあ」とすべての作品に対して思ってしまった。訳者の妙かカーヴァーの腕かはわからないが、こういう瞬間はすごく幸せに感じる。 白眉は『ささやかだけれど、役に立つこと』、次点で『大聖堂』。『コンパートメント』『ぼくが電話をかけている場所』も特にすばらしかった。

1neko.@ichineko112025年11月4日読み終わった先日、この短編集の内のひとつ『大聖堂』がタイトルになっている展示を見た。 場所:東京都墨田区京島2-24-8 gallery TOWED(ギャラリー トウド) 期間:2025年10月18日(土)〜11月9日(日)の内、土日祝のみオープン 作家:古川諒子さん https://gallery-towed.com/2025-10 ***** レイモンド・カーヴァーの短編『大聖堂』の主人公は、自分の内に閉じこもり、他人に偏見を持っています。彼は妻の友人である盲目の男に言われるがまま、一本のペンを二人で握って紙に大聖堂を描きます。そうするうちに、彼は盲目の男としだいに重なり合う感覚になります。 この展示では、私の友人に依頼して「話すほどではないけれど、言葉にすれば伝えられること」を集めています。それらの言葉を、布片の色や形の組み合わせによってあらわす「キルト語」という人工言語を創りました。それを読むには、日本語・英語・フランス語・アラビア語など、複数の言語に対応した変換表が必要で、ひとつのキルトに対して複数の読みが生まれます。例えばクッションの形をしたキルトでは、英語とフランス語の対応表を使用することで、それぞれ違う意味へと変化します。 ***** 素敵な展示だったので、『大聖堂』を読んでみた。『大聖堂』はお話として良くできていると思ったけど、展示会のタイトルを『大聖堂』とされるあたりが、とても素敵だ。 脱線して、ケン・リュウ『紙の動物園』の「結縄(けつじょう)」(=縄の結び目が文字となり記録となる文化、手法をタンパク質の立体構造の解析/製造に医学応用しようとするお話)を思い出した。








歌子Bookland@bekobook731900年1月1日読み終わった実は、初めて読むレイモンド・カーヴァー。理由なく遠ざけていましたが、読んでみたらものすごく物語の導入が視覚的であり、絶妙な設定であり面白くて一気に読んでしまった。『大聖堂』の、あの気まずさの中に訪れる奇妙な食欲と衝動が興味深かった。そして、白鳥さんと美術館に行きアートを言語化する感覚ににたものが、この作品の中にあってよかった。


















































