べつの言葉で
63件の記録
きん@paraboots2026年5月23日読んでる読んでると不思議と引き込まれる 訳者もいいのだろうな もっと早く読めばよかったと思う 買って放置していた自分のことを少しアホやなと思うが、今が自分にとってベストなタイミングなんだろうと勝手にポジティブな気持ちにもなる 何が面白いのか言語化できないが、手探りでそれを探している









はるのひ@harunohinouta2026年4月27日まだ読んでるこの本の存在を知ったのはもう何年も前で、すごく読みたいと思ったのになぜかすぐには読まなかった。去年やっと購入してもまだ手元で寝かせて、先日やっと読み始めた。 そして今日「壊れやすい仮小屋」の章の最後の段落を読んで、私はここに書かれていることを本当の意味で理解できる入り口に立つために何年も寝かせる必要があったのだ、と思った。さらにあと何年も経ってからまた読み返したら、もっと深く理解できるようになっているかもしれない。そう思うと未来への希望が久しぶりに湧いてくるのが感じられた。こんな世界で未来に希望なんて持てるのだろうかと思ってしまうニュースばかりだけど、私の中に広がる世界の希望まで枯れてしまうわけではないのだということ。 ラヒリが自分に問う「なぜわたしは書くのか?」の答えもすごく分かる。 「もしわたしの心を打ったり、混乱させたり、苦しめたりすること、要するにわたしを反応させるあらゆることを理解したければ、それを言葉にする必要がある。ものを書くことはわたしにとって、人生を消化し、秩序立てるただ一つの方法なのだ。」(P.59)
はるのひ@harunohinouta2026年4月19日読み始めたずっと前から気になっていて去年やっと購入したエッセイをようやく読み始めた。今日は読みかけの短編小説を少し読み進めたけど何となく小説の気分じゃなくて、積読していたこの本の存在をふと思い出して手に取った。何気なく裏表紙を見たら「ベンガル語」という言葉が目に入ってきて、読むしかないと思ったのだ。 と言うのも、今日とあるアーティストのアルバムタイトルにベンガル語の単語が含まれていると知り、しばらく前から気になっていたその可愛い語感の単語の意味が分かってすっきりしていたところだった。 この本の著者、ラヒリの母語がベンガル語だということを思い出して手に取ったわけではないんだけど、無意識に頭の中で何かが繋がったのかもしれないと思うと不思議だし面白い。読み始めたらちゃんと今の気分にも合っていた。 イタリア語の響きに恋をしたラヒリが綴る言葉に、かつて英語の響きに恋をした自分を少し重ねる。 「わたしにはこの言葉を知るほんとうの必要性はないだろう。イタリアに住んでいないし、よく知っているイタリア人も一人もいない。あるのは欲求だけだ。だが結局のところ、欲求というのはむちゃな必要性以外の何物でもない。」(P.15)




okabe@m_okabe2026年4月18日読み終わったこの本を読みながら、自分に音楽を教えてくれた師匠のことを考えていた。彼は今、ニューヨークで音楽をしていて、英語の勉強も日々欠かさない。著者の表現を借りるならば、湖の真ん中にどっぷり浸かっている。 著者と同じように、彼が「創作上の飛躍」や「新しい部分への到達」を感じられていればいいなと願う。


naoi@cha11252026年1月14日読み終わったかつて買った言語イタリア語に熱烈に恋する気持ち、言語学習への真摯な態度が伝わってきたし、外国語で自分を表現することの豊かさを感じた。外国語学習において、自分が目指したい姿だと思った。
m@kyri2025年12月11日読み終わった@ 自宅自分の話す言葉に抱く複雑な気持ちとか、普段日本語が第一言語で日本語しかまともに話さない私には到底推し量れないなと思う。 私は日本語に疎外されたことはないし、日本語を話す自分に対して複雑な気持ちになったこともない。そういうもんだと思っている。だから、英語で話してもベンガル語で話してもそれぞれがそれぞれに居心地が悪い、その居心地の悪さがあったからこそのイタリア語というラヒリのジャンプが、私にしたら突拍子もないことに思えてしまうけれど彼女にとっては必然の選択だったのかもしれない。完璧に自分で選び取った新しい言語で話すこと、書くこと。 その難しさを思うと私なんかは、やっぱり日本語でいいです……となってしまうけれど、そこを乗り越えると、また違った景色が見られるのかな。 いずれにしても言語の習得は不断の努力なくしては無理です。外国語を学ぶ人はいつでも眩しい。






おこげ@nordlichter2025年12月7日読み終わった心に残る一節感想「新しい言語は新しい人生のようなもので、文法とシンタックスがあなたを作り変えてくれます。別の論理、別の感覚の中にすっと入り込んでください」(S.103) 7年前に初めて手にした時と自分の状況が大きく変わったこともあり、全く新しい本を読む気持ちでの再読だった。 言葉の深淵を探査することの大きな喜びと不安、どうしても壊せない外国語と自分との壁。外国語と向き合ったことがある人なら誰しも感じるもどかしさが、繊細で静謐な文章で描かれている。

ジクロロ@jirowcrew2025年10月31日ちょっと開いた「わたしは一人ぼっちだと感じるために書く。小さな子供のころから、書くことは世間から離れ、自分自身を取り戻すための方法だった。わたしには静寂と孤独が必要なのだ。」 自身の無力さにうちひしがれているとき、読むか、書くかを選べと言われたら、人はおのずと書く方を選ぶのではないかと思われる。それは自分を取り戻すよりも先に、自分の力を感じることができるから。手を動かすだけで、そこに文字があらわれるから。一文字だけでも、自分だけになら、感情はあらわせるから。


wug@w2025年8月3日読み終わった新しい言葉を得ることのよろこびとままならなさ、変化への希求がよかった。 p74"不完全さは構想、想像、創造性に手がかりを与えてくれる。刺激してくれる。不完全であると感じれば感じるほどわたしは、生きていると実感する。"

Rika@ri_books_2025年7月18日読み始めたかつて読んだお出かけのお供に。 前に読んだのいつだったかなと思って読書記録を振り返ってみたら、2020年7月19日に読了してた。 あれから5年!なんだか懐かしいやら、時の流れが速すぎておそろしいやら。


Rika@ri_books_2025年7月16日読み終わった言語を知ることは自分自身を知ることと同義である、ということを教えてくれる本。 ラヒリのイタリア語に対する情熱や希望、苦労や葛藤の数々を、自分の経験とも照らし合わせながら噛みしめるように読み進めた。 やはりいい本だ。







towa@towa2025年4月26日読み終わった再読 彼女のイタリア語、言語に対する思いに胸がいっぱいになるし、自分も言語頑張りたいってすごく思う 頑張りたいっていうか、全然上達しないけど、もう止まれない 別の語学を学ぶことは別のサークルを手に入れること 異なるサークルをいくつも持って複数の私を生きること



cojima@cojima2025年4月5日買った読み終わったこの本をイタリア語で読めないことが何より悔しく思いながら読んだ。それにもし自分がイタリア語を習得できたとしても、自由自在に操れる感覚でこの本と向き合うことなんて絶対にできないことにも。 「私の中にこの言語の落ち着けるスペースがある」って、すごく共感してしまった。イタリア語は意味がわからなくても口に出すだけでどこか心地がいい。 ぜんぜん止まってしまってるイタリア語学習。またちゃんと始めたくなった。


kasa@tool2025年3月29日かつて読んだ今までのように英語ではなく、一から覚えたイタリア語でのエッセイ。その習得への過程や気持ち、努力には感服するしかない。 ジュンパ・ラヒリの新しいスタートとなるこの本で、今までの彼女の小説を好きになった理由が少し分かった気がする。
ち@chi_storie2025年3月9日かつて読んだ今日は突然、昨年夏のイタリア旅行が突然恋しくなって、イタリア語の曲をずっと聴いている。この本はイタリア旅行の直後に読んで、現地で聞いた(聴いた)イタリア語にまた出会えた気がしてすごく嬉しかった。本当に美しい本。言語に向き合うって冒険のような恋愛のような、すごく刺激的で楽しいことなんだな。




















































