

はるのひ
@harunohinouta
- 2026年8月24日
- 2026年8月22日
べつの言葉でジュンパ・ラヒリ,中嶋浩郎まだ読んでる久しぶりに開いて続きを読む。壁、三角形、変身の3つの章。感想はまだ言葉にならないので印象に残った箇所を抜粋。 ⚫︎壁は、ラヒリの見た目、顔かたちのこと。どんなにイタリア語を愛していてイタリアに移住までして話せるようになっても、ラヒリよりイタリア語を話せないアメリカ人の夫のほうが簡単にイタリア人だと思われる、という非対称性の苦悩。 「書いているときには、わたしの顔かたちや名前は関係ない。姿を見られることもなく、偏見やフィルターなしに耳を傾けてもらえる。わたしは目に見えない存在だ。わたしはわたしの言葉になり、言葉がわたしになる。」(P.93) ⚫︎三角形は、ラヒリが話す3つの言語(ベンガル語、英語、イタリア語)の相関関係について。 「イタリア語を勉強するのは、わたしの人生における英語とベンガル語の長い対立から逃れることだと思う。母も継母も拒否すること。自立した道だ。」(P.99) ⚫︎変身は、英語で作家になり名誉な賞も受賞しているラヒリにとって、イタリア語で書くことがどんな状態なのかということがオウィディウスの『変身物語』に絡めて書かれている。 「何かが変わる推移の瞬間の積み重ねにより、わたしたちの背骨は形成される。それが救済であれ喪失であれ、わたしたちの記憶に残るのはそういう瞬間なのだ。私たちの存在の骨格を与えてくれる。それ以外はほとんどすべて忘却の彼方だ。(中略)オウィディウスの傑作がわたしを変えたように、わたしたちは変わることを願っている。」(P.109) - 2026年8月12日
あこがれ川上未映子読み終わった「会いたいときに、会いたい人がいてさ、会えるんだったら、ぜったい会っておいたほうがいいと思うんだよね」(P.86) この印象的な一文を見かけて読みたくなって買ってから、読書欲が戻るまでかなり積読していた1冊をようやく読了。 小学6年生の麦くんとベガティーがそれぞれ"あこがれ"の人に会いに行く物語。うまく言葉にならない自分の気持ちと向き合う2人の様子がいじらしい。傷つきながら大切なことに気付いていく小学生の2人の友情物語でもあり、子供が主人公の作品ってどんな感じなんだろうと読む前は少し不安もあったけど、すごくよかった。 自分がどう思ってるのか/どうしたいのか分からないという感覚と向き合ったり、他者との関わりを経て自分の中に視点を増やしながら大人になってきたんだなと、忘れかけていた感覚を鮮明に思い出したりもした。 - 2026年8月6日
- 2026年8月6日
- 2026年8月4日
- 2026年7月29日
- 2026年7月4日
クイック・ジャパン vol.185クイック・ジャパン編集部気になる読みたい予約した日々そのレシピにお世話になっている料理家の長谷川あかりさん特集。脚本家の野木亜紀子さんとのスペシャル対談も気になりすぎて予約。異業種ながらその誠実なお仕事ぶりが大好きなお二人の対談、どんなことをお話しされてるのか楽しみ。 - 2026年6月29日
- 2026年6月12日
- 2026年6月3日
- 2026年5月30日
愛の夢とか川上未映子読み終わった「お花畑自身」「十三月怪談」をこの2週間で(実質的には3日ほどで)少しずつつ読み進めて、これで7つの物語を全て読了。 「お花畑自身」は特に感想を言葉にするのが難しい、世にも奇妙な物語的な不思議さと面白さだった。すごい。 「十三月怪談」は切ない時子の視点から切り替わったところで本当にこちらも目が覚めたような感覚になり、それでも読み進めていくとこれは一体どちらが"ほんとう"なのかが分からなくなるような、すごい構成の物語だった。 「十三月怪談」から、川上さんは何でこんなことが書けるんだろうと感服してしまった描写。 「でも涙っていうのは流れる場所、頬とかあごとか喉とかそういう場所があってはじめて泣いてることがわかるみたいで、わたしはもう自分が泣いてるのか泣いてないのかも、わからなくなってるんだった。」(P.202) いろんな形の"夢の中"をそれと気付かぬうちに覗き込んでしまったような全7話、良い読書体験だった。 - 2026年4月27日
べつの言葉でジュンパ・ラヒリ,中嶋浩郎まだ読んでるこの本の存在を知ったのはもう何年も前で、すごく読みたいと思ったのになぜかすぐには読まなかった。去年やっと購入してもまだ手元で寝かせて、先日やっと読み始めた。 そして今日「壊れやすい仮小屋」の章の最後の段落を読んで、私はここに書かれていることを本当の意味で理解できる入り口に立つために何年も寝かせる必要があったのだ、と思った。さらにあと何年も経ってからまた読み返したら、もっと深く理解できるようになっているかもしれない。そう思うと未来への希望が久しぶりに湧いてくるのが感じられた。こんな世界で未来に希望なんて持てるのだろうかと思ってしまうニュースばかりだけど、私の中に広がる世界の希望まで枯れてしまうわけではないのだということ。 ラヒリが自分に問う「なぜわたしは書くのか?」の答えもすごく分かる。 「もしわたしの心を打ったり、混乱させたり、苦しめたりすること、要するにわたしを反応させるあらゆることを理解したければ、それを言葉にする必要がある。ものを書くことはわたしにとって、人生を消化し、秩序立てるただ一つの方法なのだ。」(P.59) - 2026年4月25日
愛の夢とか川上未映子読んでる2編目の「愛の夢とか」から「いちご畑が永遠につづいてゆくのだから」「日曜日はどこへ」までを2日に分けて読み終えたところで、どれもどこか夢の中の話みたいだ、という共通項にやっと気付く。そして今日読んだ「三月の毛糸」はもう明確にそうだった。 今の時点で「三月の毛糸」が一番面白い。複雑な(でもシンプルな美しさもある)奥行きのある面白さ。余韻に浸りたいので今日はここまで。残りあと2編。 - 2026年4月19日
べつの言葉でジュンパ・ラヒリ,中嶋浩郎読み始めたずっと前から気になっていて去年やっと購入したエッセイをようやく読み始めた。今日は読みかけの短編小説を少し読み進めたけど何となく小説の気分じゃなくて、積読していたこの本の存在をふと思い出して手に取った。何気なく裏表紙を見たら「ベンガル語」という言葉が目に入ってきて、読むしかないと思ったのだ。 と言うのも、今日とあるアーティストのアルバムタイトルにベンガル語の単語が含まれていると知り、しばらく前から気になっていたその可愛い語感の単語の意味が分かってすっきりしていたところだった。 この本の著者、ラヒリの母語がベンガル語だということを思い出して手に取ったわけではないんだけど、無意識に頭の中で何かが繋がったのかもしれないと思うと不思議だし面白い。読み始めたらちゃんと今の気分にも合っていた。 イタリア語の響きに恋をしたラヒリが綴る言葉に、かつて英語の響きに恋をした自分を少し重ねる。 「わたしにはこの言葉を知るほんとうの必要性はないだろう。イタリアに住んでいないし、よく知っているイタリア人も一人もいない。あるのは欲求だけだ。だが結局のところ、欲求というのはむちゃな必要性以外の何物でもない。」(P.15)
- 2026年4月13日
愛の夢とか川上未映子ちょっと開いた読み始めた1つ目の「アイスクリーム熱」読了。 すぐに溶けて形をなくしてしまうアイスクリームそのものみたいな、短い恋の物語。 「うまく言葉にできないということは、誰にも共有されないということでもあるのだから。つまりそのよさは今のところ、わたしだけのものということだ。」(P.9) 言葉にする/しないということについて、いつもあれこれ考えてしまうから印象に残った箇所。主人公のこの考え方に賛同したいような、したくないような…。自分や誰かがはっきり言葉にしなくても、その対象に感じている「よさ」が既にあることに変わりはないわけで、そのよさは言葉によって表現されずとも同じ感性を持った誰かとは共有されている、と考えるほうが自然なような気がしたり。(話の本筋とは全然関係ない、ただの個人的なメモ的感想) - 2026年4月9日
- 2026年4月1日
いのちの車窓から星野源ちょっと開いた再読中「寺坂直毅」の章を再読。源さんと寺ちゃんの出会いと強い絆が窺える、特に好きなエッセイの1つだ。 先日最終回を迎えた『星野源のオールナイトニッポン』で、番組の構成作家の寺ちゃんこと寺坂直毅さんがこの10年間で初めて番組にメールを送り、源さんがそれを読むという素敵な一幕があった。 年齢を重ねるのがたまに怖くなる、どうすれば年を重ねることを楽しめるか、という寺ちゃんからの質問に対して、源さんが最後に送った言葉がとても素敵だった。 寺ちゃんとはもともと友達だったけど毎週作家として会っていると"仕事相手"になる、だから(番組が終わって)これから寺ちゃんと友達になる(戻る)のが楽しみ、実は一緒に温泉旅行に行こうと思っている、という内容。 どうすれば年を重ねることを楽しめるか、という漠然とした不安からの問いに対して、こんなに具体的で素敵な回答があるんだなと感動してしまった。 他にもいくつかの章を読んだ。何度でも開きたくなるエッセイ集。 - 2026年3月30日
- 2026年3月28日
読み込み中...


