羊をめぐる冒険(下)
58件の記録
euy@euy2026年1月2日ちょっと開いた読むたびに発見がある。 「どうしてずっと名前をつけてあげなかったの?」 「どうしてかな?」と僕は言った。そして羊の紋章入りのライターで煙草に火を点けた。 「きっと名前というものが好きじゃないんだろうね。僕は僕で、君は君で、我々は我々で、彼らは彼らで、それでいいんじゃないかって気がするんだ」 「ふうん」と彼女は言った。「でも、我々ってことばは好きよ。なんだか氷河時代みたいな雰囲気がしない?」 「氷河時代?」 「たとえば、我々は南に移るべし、とか、我々はマンモスを獲るべし、とかね」 「なるほど」と僕は言った。


ひさ@hsysyst2025年12月6日読み終わった山奥の広大な別荘にいて時間が有り余っているので、料理してパン焼いて酒飲んで、本読んでレコード聴いて運動がわりに掃除するしか時間を使う方法がない、みたいな生活にすごく憧れる

ゆう@yu_322025年11月25日読み終わった再読奇妙な一頭の羊を探した果てに「僕」が見つけた真実とは。 何度も読んでいるのだから結末は覚えている。 でもやっぱりラストは泣いてしまう。 終わりゆく夏から秋にかけての喪失感を三部作で描ききっている。 1982年の秋に、彼らの青春は終わる。 そして、また歩き続ける。 それしかないのだから。





euy@euy2025年11月12日読み終わった予想外にちょっとミステリーっぽく謎解きがされてた。 羊ってかわいいイメージなのに、この小説だと超邪悪だ…🐏 でもまあとにかくよかった。村上春樹らしい作品。 「冬には羊は何をしてるの?」 「冬のあいだ羊は牧舎の中でじっとしてるんだよ」 「退屈しないのかしら?」 「あんたは自分の人生は退屈だと思うかい?」 「わからないわ」 「羊だってそれと似たようなもんだよ。そんなこと考えもしないし、考えてもわかりっこない。干草を食べたり、小便をしたり、軽い喧嘩をしたり、おなかの子供のことを考えたりしながら冬を過すんだ」

プカオ@panshg_01182025年9月13日読み終わった感想紹介村上春樹の青春三部作完結編で、シリーズ物の小説を最後まで読んだのは初めてだった。物語が進むにつれて何とも言えない嫌な予感がまとわりつき、結末が気になって普段よりも早いペースでページを捲っていた。ついに真相に辿り着くかと思ったらそこはまだ山の麓で、かなり焦らされながら、夢中で読んだ。読み終わった時、どうすることもできない虚無感で胸が一杯になった。読み返してみると伏線らしき部分もあり、ラストを考えると切なくなった。『僕』と『鼠』、二人の青春を彩る三部作だった。
individual@individual2025年5月11日読み終わった@ カフェ主人公は別荘にたどりついてから、いろいろな手がかりを見つけます。作者は主人公の「手がかり」の発見を、さりげなく演出しています。作者は、以上の装置(「手がかり」の発見)が作動していることを示唆するために、別荘で主人公に『シャーロックホームズの冒険』を意図的に読ませています。 余談になりますが、僕は先日『シャーロックホームズの冒険』(角川文庫)を読み、ホームズの示した、論理的推論の能力を堪能しました。この「論理的推論の能力」は、ドストエフスキーの『白痴』の主人公・ムイシュキン公爵が示した、「他者の表情を読み取る能力」とは、発現の仕方が違うと思います。(ちなみに「他者の表情を読み取る能力」を、ディックはテレパス(読心能力者)として変奏し、作中に登場させています)。 「他者の表情を読み取る能力」は、おそらく心の病気(ムイシュキンは癲癇でした)を発症して、そのあと寛解したときに、発現する方が一定数いると思います。「論理的推論の能力」の発現の仕方は、僕にはうまくわかりません。しかし過去に、「論理的推論の能力」が高い方と出会ったことはあります。その方は、発達に偏りがある方でした。 『羊をめぐる冒険』で登場した「羊男」は、『海辺のカフカ』に登場した「カーネルサンダース」と、役回りが似ていると思います。彼らをどのように解釈できるのかは、もう少し考えてから、感想に綴りたいと思っています。





















































