虹はいまだ旅の途上
12件の記録
空@chatbleu11252026年6月23日読み終わった旅行記。著者自身がクィアという言葉を身に馴染ませていく過程をともに追う。異性愛者以外の性質をもつ者の存在を否定するなという部分は頷けるが、女性とトランス女性を同一のものとして扱えという主張は承服しかねる。身体女性のプライベートスペースに自称女性の身体男性が入り込む時、当該人物が「善良な一般人」である保証がないからだ。私は旧式の人間なので、見ず知らずの人物が自称する善性を無邪気に信じることはとても難しいと感じる。


みゆ@ant12bb212026年6月11日読み終わった@ 自宅> 惨劇を防ぐことができなかった人間が、惨劇が過ぎた後に犠牲者を偲ぶことで、自らが悪に加担した側ではなく善の側にいるのだと自分に言い聞かせ、それによってささやかな安心感を得る。しかも犠牲者全員を偲ぶことができないから、効率的に偲ぶために、人々は犠牲者の象徴を求める。(229ページ) > アンネ・フランクが死なずに済み、惨劇の象徴とならずに済んだ世界を、私は望む。それはきっと、私が死なずに済む世界でもあるのだから。(232ページ) > 「私の同僚にはさあ、恋愛対象が女性だけの男性がいて、どう見てもヘテロなんだけど、やたらとクイア関連のイベントに熱心なんだよね。本人は『クィアヘテロ』って名乗ってるけど、それってクィアに入るのかな?」(245ページ) > 「それは単なる植民地主義だよ。自分の場所じゃない場所を領有しようとしている」(246ページ) 最近、自分の関心事との距離感について考えることが増えてきました。距離感を心配するほど深く付き合えてはいけないのも事実ですが…。 その距離をどうしていけばいいのかを考えるために本を読んでいる気もします。 李琴峰さんの鋭い視点に考えさせられる場面が多かったのですが、旅先で生まれた友情の話も素敵でした。



















