山の音
9件の記録
- たじ@tazi2026年3月6日読み終わった私の祖父母は、顔が見合えば喧嘩し、生活音が聞こえれば喧嘩した。 祖父は頻繁に、なぜあいつと結婚してしまったんだろうと孫の私に言った。 幼心に、よく子供にそんな胸の内を吐露できるな、と思ったのを覚えている。 なぜ結婚したんだろう、この2人を結びつけた運命とはなんだったんだろう、と不思議に思った。 この小説の主人公である信吾は、夭折した妻の姉が今も忘れられない。 その妻の姉を、慎吾の息子の嫁、菊子に重ね合わせる。 そして、この菊子を私が愛せていたら、と想い、そんな想いを抱く自分に驚き、否定する。 そんな信吾の周りには、死の予感が囲む。 同級生の死、自らの老い、様々な形で去来する中で、自分の人生への後悔と、家庭に未だ起こる数々の問題とそれへの疲労、それらが信吾を苦しめる。 だからこそ、より一層菊子に惹かれていく。 息子の修一は不倫する。 菊子の信吾への想いが、義理の父へのものとは言い難いからだろうか。 娘の房子は、旦那が甲斐性なく大晦日に家を出てきた。 信吾は何も行動しない。 ただ、菊子のために(と自覚しながら無意識のふりをしている)のみ動く。 そんな父との心の断絶に息子娘は苦しむが、この小説は信吾の一人称で語られるため、信吾の目線でしか語られない。 信吾の無関心が現れているような。 この小説を読んで、家族とはなんだろうと、やはり考えてしまう。 家族だから、無条件に愛されるわけではない、という残酷な事実が、本当に痛い。 私たちが、私たち同士が寂しいと感じた時に、互いがその救済になり得ないことの、本当の寂しさはどうすれば解消できるのだろうか。 その寂しさを埋めるための気休めを求めてしまう、 そんな後の運命に悲しい尾を引くくだらなさが、どうして産まれるんだろうか。 それこそが人間でありだからこそ理性がある、と半ば強引に肯定してしまえば、それこそ全てが馬鹿馬鹿しい。 悲しい情感をもつこんな考察もくだらなく、人間とはなんて馬鹿馬鹿しいのだろうか。 なんか、、ドラゴンボールみよ。
浮舟@ukibune_19911900年1月1日かつて読んだ山の音は虚無と死の匂いが漂い続ける作品だ。 主人公である尾形信吾の"山の音を聞いて死期を告知されたと感じる"という冒頭から始まり、栗の木から栗が落ちた。日まわりが風で折れた。夢で死者と会ったなど死が日常に漂っている。 尾形信吾は老いと死の予兆から息子の嫁である菊子の生命力に魅了されてしまうが、決して自分からは悟られないように過ごしていた。 また、家族にも様々な不幸が訪れるが、尾形信吾は何もせずただ見つめるだけであり、家族はじわじわと崩壊の一途を辿る。 山の音は生と死の対比、人間の業を見事に描き、 その日常で起こる静かな地獄の世界を覗いているような感覚になる。そこから生まれる感情は複雑で言葉では表せない。これこそまさに幽玄的な作品である。 川端康成の最高傑作の一つだと私は思う。






