本に読まれて
18件の記録
いちのべ@ichinobe32026年2月11日読んでる『小説のはじまるところ 川端康成「山の音」』、イタリアでの川端夫妻とのエピソードも、川端作品についての考えも表現も、もう何もかもが良い。 > この小さな本にあつめられた九篇の作品の読者は、そのひとつひとつを読むうちに、ちょうど初夏の垣根に淡い色の花を咲かせるテッセンが、いかにもやさしそうにみえながら、針金に似たつよい茎にしっかり支えられているように、どれもが予期しない強靱な詩学に支えられていることに気づいておどろくかもしれない。(p129) 一生かかっても、こんな表現が出来る気がしない。軽やかに詩的で視覚的にうつくしく、しかし端的で、書き写していて、「ここを平仮名にひらくのか〜」と唸りっぱなし。 > だが、問題はこの本の読み方にあるので、川端の作品を十九世紀のヨーロッパに生まれた「小説」の作法にあてはめようとすることにこそ、無理があるのではないか。人生の浮沈を歴史的時間の枠にはめて語り、あるいは概念的な論理に沿いながら、これにドラマチックな盛りあがりをちりばめて物語を運ぼうとする西洋の小説作法は、川端の作品にはかならずしもあてはまらない。むしろ、連歌や俳諧にみられるような、日本古来の抒情詩をささえる「連想の詩法」に目を向けることで、かくれた部分が浮上するのではないか。(p131) このあたりの記述から、川端作品を読んでいて、「ここの表現、最高〜!」と盛り上がるのは、抒情的な風景描写であることが多いな、と気づいた。 『山の音』は未読なので、読んだらまたこの文章に戻ってこよう、




いちのべ@ichinobe32026年2月8日読んでる> 解説に引用された「詩——それはひとつの息の転換なのかもしれません。おそらく詩は道を——芸術の道をも——こうした息の転換のために進むのではないでしょうか」という詩人のことばは、とりもなおさず、詩が真正であるとき、人はそれによって日常の(ことばの)息ぐるしさから救われる、という明快で深い真実をあらわしている。(p33 『パウル・ツェラン全詩集』全三巻より)


いちのべ@ichinobe32026年2月8日読み始めたまだ途中なのだが、最初からもうずっと名文で、この短さで、こんなにも魅力的な表現で作品を紹介できることにうっとり。特に『シカゴ育ち』の書評が全文好き。特に好きなのがこのあたり。 > (前略)書き込んだ長い作品を読んだあとで、りっぱなディナー・コースの中間でちょっとレモン・シャーベット、というような具合に、これら掌篇が一篇ずつ挟み込んである。(p16) > だが、当然、ひとつひとつの短篇は、それ以上に、読者を酔わせる。構想の奇抜さや、知識のひけらかしの小説が跳梁するなかで、どれほど私たちが「物語」を渇望していたかを、思い知らされるような短篇のかずかず。(p17)




いちのべ@ichinobe32026年2月7日買った@ 土かべ文庫 本と珈琲目次に自分の知らない/読んだことがない作家や作品が並んでいて、新しい本への導きになりそうだなと思った。かつ、パラパラめくっただけでも、うつくしい文章だなと感じられたので

るり@utatanest2026年2月4日読み終わった経験や教養に裏打ちされた文章ってこういうことなんだろうなと思う。 初めて読んだ時よりも知っている作家が増えており、時の流れを感じた。 自分の人生の要所要所で手に取る本だなと。




きょ@octjack2025年1月25日読み終わった海外の作品をほとんど読んだことがないため、知らない作品が大半なので、読み進めるうちに新鮮に感じました。書評を読んでいるだけなのに、一冊一冊の切り口が違うので、これが教養かと思わずにいられませんでした。池澤夏樹がめちゃくちゃ推されている印象が強かったので、そこからチャレンジしてみます。



みどりこ@midorikko_032024年7月25日読み終わった再読中再読。久しぶりに読んだけど、なんか難しかったな……。昔とちがってちゃんと作家の名前も作品も理解していることは増えているからこそ難しいことを書かれていたのだとわかった。また読み直そう。












