午後の曳航
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しがない@ooe2026年6月21日読み終わった三島の作品には必ずと言っていいほど三島の自我が現れている。この作品には三島の渇望する「男らしさ」への固執が色濃くある。女々しさを嫌悪し排除しようとするものの、母を独り占めしたいというマザコン思春期の主人公、そして彼は継父に威厳ある男(女は二の次とする昭和の男性的な強さ)としての理想を求める。首領の机上の理想論。全てのキャラクターが三島で構成されている。名は違えど姓は「三島」である。その分、三島の啓蒙的な自我が主張されておらず、また平易な文章で綴られているため読みやすい。プロットは彼らしく緻密に練ってある。そのわりに最後の終わり方は彼の師である川端のようにバッサリと幕を閉じる。「曳航」と「栄光」を掛け合わせているタイトルも彼らしくないと感じる。 彼の作品は基本的に精子臭いので好きではないのだが、この作品は非常におもしろかった。 ただ自分は彼の構成の武装による完成具合や、物語や人格の矛盾のなさを貫く完璧具合がなんとも不自然に思えて、改めて苦手なのだなと思った。だからこそ文学的評価や根強い世間的評価が確固として根付いているのは理解できるのだが。
m@kyri2026年4月23日読み終わった@ カフェこういうことをされるからわたしは三島を嫌いになれない 最後の一文が圧倒的すぎる これを書いたときの三島が「俺は天才だ」と思わなかったとしたらそれは嘘 どいつもこいつも俗物だと思うけど俗物であろうと彼らが自分の高潔を1ミリも疑わなかったとしたらそれは高潔になる 久しぶりに三島でテンション上がった




さかな@sakana13162025年10月20日気になる読みたい好きな作家さんがこれを読んで、好きだと言っていたのと、ちょうど家に文庫本があったので気になっている。最近『潮騒』を読んで文章が良く、三島の文章もっと読みたいなと思っていたのが重なり、気になっている。
咲@mare_fecunditatis1900年1月1日読み終わった「男」は危険な死や栄光を目掛け海へと去っていく存在であり、「女」は完璧な美しさと肉の重さを持って港に残される存在であらねばならぬ。「汽笛」の音が宿命を告げ、ふたりは引き裂かれる。 それでこそ美しい。 それだから美しい。 それなのに。 「男」は、「海」より「栄光」より「死」より、「結婚」を望んだ。 「女」とともに「陸」に残り、瞬く間に「生活」の匂いにまみれ、世界の悪の形そのものである「父親」になった。 子どもは、それを、許さない。 世界の空洞を満たす「死」。 「死」を行使することで、子どもは、存在に対する実権を獲得する。 「刑法第四十一条、十四歳二満タザル者ノ行為ハ之ヲ罰セズ。これが大体、僕たちの父親どもが、彼らの信じている架空の社会が、僕たちのために決めてくれた法律なんだ。僕たちには何もできないという油断のおかげで、ここにだけ、ちらと青空の一ㇳかけらを、絶対の自由の一ㇳかけらを覗かせたんだ。それはいわば、大人たちの作った童話だけど、ずいぶん危険な童話を作ったもんだな。まあいいさ。今までのところ、なにしろ僕たちは、可愛い、かよわい、罪を知らない児童なんだからね。」


















