セカンド・チャンス
14件の記録
洗濯@eukaryote2026年1月3日読み終わったポストトラウマな状況からポスト-ポストトラウマへ、というのが私の理解する「セカンド・チャンス」であった。 フロイトによれば人間は幼少期に、自分と不可分であったはずの母を喪失する。そのトラウマからの恢復を著者は「セカンドチャンス」と読み替え、精神分析(の必要な状態からの治癒)の過程を同様に読み解いて行く。 前半では、シェイクスピアの劇の読解がなされる。悲劇はセカンドチャンスの獲得の失敗として、喜劇は成功として読み解かれる。喜劇の冒頭にはトラウマがある、として。 ざっくり言うとこんな感じの話なのだろうけど、全ての概念がセカンドチャンスという語に接続されてしまうので話の理解が難しく、訳者も書くようによく整理されてるともいい難い。 しかし、精神分析をシェイクスピアの人生劇に接続した効果として、「やり直しの人生」、人生の苦悩への処方箋になっている。 この本を読むこと自体が治療的ですらあると思う。 しかし何しろ込み入っているので、もう一度読まないと……(理解の難しい事態として本が頭の中に留まることを、著者フィリップスが企図しているのかもしれない。その効果について後書きで示唆されている。そして読者それぞれの読解が生まれることを期待しているのかもしれない)
ジクロロ@jirowcrew2025年10月28日かつて読んだ「オセローやリアと異なり、自分がまちがっているのかもしれないと信じられる人だけが、セカンド・チャンスを手にできるのだ。ハムレットとマクベスは、自分を疑うという憂慮がしっかりできていたが、それだけでは足らず、さらに償いができると信じて、そうしたいと望み、ある種のいわゆる自由意志が自分にあって、たとえ懐疑的であっても、ある程度は自分の人生の作者となって実験的な選択をして、どちらにしようかと楽しめると信じる人だけが、セカンド・チャンスをつかめるのだ。セカンド・チャンスとは、つまり、私たちの懐疑心を試すものなのである。」 「自分は狂っている」という意識と、その狂気の自覚を元手に重ねる行為、それらはある状況における閉塞感を打開する。 ハムレットもマクベスも、「自分は狂っているのか?」という思考から解放された瞬間から、急に逞しくなる。そして「みずから」を楽しみ出す。 そして少なくとも、「セカンド・チャンス」をつかみたいなどとは考えていない。それから先は、何も考えていないように思える。ただ、おのずから、おのれの進みゆくままに。












