マレー素描集
12件の記録
DN/HP@DN_HP2026年4月22日かつて読んだarchiveタイムラインを眺めていて思い出す本もある。ああ、その本も素晴らしいですよね、と思いながら過去に書いた文章をここにも残しておきたくなったりもする…… きれいな水色の表紙の少し小さめの本、なかのページはグレーの紙だ。とても素敵だな、と久しぶりの古本屋で手に取ったときに思った。そんな本は読んでも持ち歩いていても、嬉しい気持ちになる。 「私が暮らしているのはどんな国なのだろう。私が望んでいるのは、どんな国なのだろう。まわりと違う人でいたいからまわりと違うわけではない。それに、まわりと違うからといって、扱いづらい人だというわけではない。」 普段触れることのない、自分とは違う国、社会、誰かの、日常の、少し特別な、たくさんの短い物語。それを物語るのはやっぱり淡々としていて、だからこそユーモラスにも受け取れる語り口。これはまた別の国で書かれた短編集を読んだときに感じたこと。そのときと同じことをまた思う。これは読みたかった短編たちだ。 日常には何も考えずに過ごせるもの、押し付けられ甘んじて過ごすもの、様々なかたちがある。そこにあるものを「すくいとりつつ、外部の読者に向けて開き、物語として『共有可能』なもの」にした短編たち。ここで共有されるシンガポールのマレー系の人々の日常には、新鮮な驚きやまだ理解の及ばない複雑さと、「わかる」と思えることや変わらないものも、それに、今、対峙せざるを得ない問題があった。目を見張りハッとする。 素晴らしい語り口で読みたかった物語を読む喜びと同時に、幾つもの考えたいこと、考えなくてはいけないことが浮かんでくる。数編読み終わるごとに栞を挟んで、考え、また頁を開く。大切にゆっくり読み進める。 誰かの知らなかった生活を知ることは、自分の生活を省みることにもなる、みたいなことを最近よく考える。その、知ることと省みることは選択肢にもなる。それは、本を読み終わった後に残っていて欲しいものでもあって。今、本を閉じた後に残っているものは、大切に考えたり誰かに話したり、また考えたりしたいと思う。 この短編集の読み心地は他にも覚えがあった。これは一人の作家が書いた、創作された物語だけれど、ポール・オースターが市井の人々の物語を編んだ「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」にも近いものがあるような気がした。その国のその社会であった、あったはずの、ありえる、小さい物語たち。ああ、やっぱりこういうのが読みたい、と改めて思う。








なかちきか@susie_may41412026年4月21日読み終わった@ 書肆侃侃房初めて読んだシンガポール文学。シンガポールのことをほとんど何も知らないということを思い知らされた。特に、シンガポールに生きるマレー人について。 超短篇集と言っていいくらい短い作品が多く、登場人物の抱える悲しみやもやもや(時々しあわせもあるけど)を、読者は引き受けなくて済む楽さがある本だ。それでも、シンガポールの見方が変わった。 差別、貧しさ、諦め、葛藤などが描かれているけれど、優しいまなざし。キアロスタミの映画みたいな。














