交流する身体 〈病い〉と〈ケア〉の現象学

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本屋lighthouse@books-lighthouse2026年2月13日読み終わったSNSを筆頭にしたインターネット系の媒体で発信された言葉や映像という、「表面に出てきたもの」のみでその人のことを判断してしまうことがデフォルトになってしまった現代社会において、本書が綴りつづけるものは大きな意味を持つと感じた。タイトルからは想像しにくいかもしれないが、これは「じっくりと観察すること」についての本でもある。そしてそのことが、いまの世の中にはとても必要。 医療や看護の専門家でなければ理解できない話、語彙といったものは一切ないと言ってよい内容。学術書の範疇に収めておくのはよろしくない本だし、むしろ非専門家にこそ読んでもらわなくてはならない本なので、店頭分をこれから追加発注しよう......。






本屋lighthouse@books-lighthouse2026年2月12日読んでる先週水曜日からずっと体調が悪く、そんななかちまちまと読み進めていた。体調はおおむね回復。 患者をじっくりと見る看護師のことを、また別の看護師がじっくりと見る、そのじっくりと見るの複層性によって生じる凄み、のようなもの、としか言いようのないなにかをずっと感じながら読んでいる。なにを考えているのかわからない他者のその思考や来歴、いま表面化している言動や表情の奥底に積み重なっているものたちを見ようとする、あるいは感じとろうとする営みについて。その「ワンクッション」の重なりが、即時的な反応ですべてが動いているように思えて仕方ない現代社会を生き延びるうえで、つまり我々自身を延命するために、必要なことのように思えてならない。「ということなのかもしれない」「と考えているように感じた」といった供述が繰り返し取り上げられる本書は、断定できないものを断定できないままにしておくことの力強さを示している、ように感じた。残り半分も楽しみ。









ジクロロ@jirowcrew2025年11月12日ちょっと開いた「〈病い〉やその苦悩は、私たちを押し戻しもするが引き寄せもし、その傍らに、戸惑いながらもとどまらせるのである。そのとき私たちは、その「傍ら」にいる自身の身の置き方や振る舞いから、〈病い〉に訴えかけられていることに気づくことになる。」 〈病い〉が自己のものであれ他者のものであれ、その言葉が付着する身体と向き合うとき、その〈病い〉が個性的かまたは生命に関わるものであれば、著者の言うように、「戸惑いながらもとどまらせる」力を持つ。 〈病い〉は語りかけてくる、そしてその語りかけてくる対象が身体であるということ。 戸惑わせるのは身体的な共感(共振)のせいなのかもしれない。仮にその〈病い〉を置き去りにするとしても、心はそこに、その〈病い〉を抱える身体にとどまる。そんな経験が自分にもある。その〈病い〉が自分のものであったときも、他人のものであったときも。 〈病い〉というものは、人称を問わず、ただそれを共有するためにあらわれる、もっとも不躾で泥臭い言葉で言うならば「偏愛」なのかもしれない。










