増補 日本語が亡びるとき
19件の記録
-ゞ-@bunkobonsuki2026年6月4日英語が世界の普遍語となった今世紀を生きる我々は、自国語とどう向き合うべきか。水村美苗が己の経験と日本語の歴史を総合して読者に問う。 何度か読み、そのたびに満足感と暗い気持ちを抱えるのだが、今回読み終えた時はそれらに加えてある考えが浮かんだ。 英語の世紀は案外短命に終わるのではないか。 今、アメリカが暴走している。世界中に経済的牽制をしかけ、武力を恃んで中東と対立する。 英語圏の最大手たるアメリカが、暴走している。 各国がアメリカの母語である英語を使うことを避ける、そんな風潮が巻き起これば、たちまち英語は普遍語の地位から転落するのではないか。 そんな簡単にはいかないかもしれない。しかし、ロシアのウクライナ侵攻の時を思い出してほしい。あの時もキーウ(ロシア語による表記)→キエフ(ウクライナ語の表記)というふうに、表記を変更した。 国家間の対立、イデオロギーによって、その国が採用する言語が変わることだってあるのだ。このままアメリカが暴走を続ければ、英語の地位はどうなるのか。
もっちゃん@chocolate_milk2026年2月24日日本文学を愛する小説家による、日本語と文学という視点から見た、日本の近代化と栄枯の話。「普遍世界に〈読まれるべき言葉〉」を軸として見る日本の歴史は新鮮だった。文学の掴みどころのなさに眩暈がしたけど、それゆえに意識して守らなければ気づかぬうちに廃れているものなんだなと。 自分の語彙の少なさ、言語表現の乏しさに、現首相の言葉の軽さに、ジョージ・オーウェルの1984を思い出す。あの辞書は、人々の営みを、文化を軽視する一般市民が自ら進んで作っていたものだった。こんな未来が来たらいやだね、とまだ現れていないものとして見られるけど、あの辞書は人々の心の中にすでにあるんじゃないかとふと思ったり。
















