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62yen
@62yen
  • 2026年2月22日
    未来散歩練習
    未来散歩練習
    白水社の散歩本
  • 2026年2月22日
    鄙の宿[新装版]
    鄙の宿[新装版]
    白水社の散歩本
  • 2026年2月22日
    ローベルト・ヴァルザーとの散策
    ローベルト・ヴァルザーとの散策
    白水社の散歩本
  • 2026年2月22日
    都会と犬ども
    都会と犬ども
    読み始めた。登場人物が多いのでメモっているが、まだ序盤なのに20人を超えている。
  • 2026年2月9日
    マックス・ビル論考集
    マックス・ビル論考集
    「デザインの先生」展で入手
  • 2026年2月9日
    デザイン学
    デザイン学
    「デザインの先生」展で入手
  • 2026年2月8日
    新装版 アブダクション
    新装版 アブダクション
    帰納は仮説を検証する自己修正的なプロセスだが、仮説を発見するものではないので、そこにアブダクション(仮説的推論)が求められる。つまり何らかの想像力や先入観みたいなものが必要なのであって、仮説なくして帰納的結論は得られない。 しかし仮説を立てるだけでもだめで、やはり帰納的な検証が求められる。先入観で決めつけては妥当な結論には辿り着けない。本当にそうなのか調べなくてはならない。 事象を観察し、驚くべき部分に注目し、仮説を立て、そして検証する。 解説によるとアブダクションは人間の発達過程には自然に見られるものだが、AIにはできないのだという。でも、それも「いまのところは」という条件つきのものかもしれない。 人間に残された優位性は、驚くとか感動するとか興味を持つとか、つまり感情と動機を持つということなのかな……(アブダクションでも何でもない平凡な感想)
  • 2026年1月30日
    新装版 アブダクション
    新装版 アブダクション
    もっともらしさで生きていく。 アブダクションは、事実の何か驚くべき点に着目して、なぜそうなっているのか、「そう説明するのが理にかなっている」仕方で説明する。起きている結果を見て、法則や構造のような、まだ見えていない原因を遡及的に洞察・推論する。もっともらしく感じられることが重要だという。 アブダクションはあくまで蓋然的な仮説に過ぎないから当然間違うこともあるし、帰納よりもさらに「弱い」推論とされるが、帰納と同じように根拠自体はある。しかし帰納とは区別される。 単なる当てずっぽうにならないためにだいじなのが、意識して自己修正を重ね、もっとも「もっともらしい」推測に到達するまで熟考を重ねていくこと。 物理の理論はアブダクションによって発想されることが多いそうだが、デザインもこれに近いプロセスだと思う。
  • 2026年1月25日
    なぜ人は締め切りを守れないのか
    こういうのは気にならざるを得ない
  • 2026年1月25日
    純粋理性批判(2)
    純粋理性批判(2)
    2巻。純粋知性概念(カテゴリー)がなぜ人間に備わっているかの説明の部分は、それ以前の論理学などの背景知識がないとまるで理解できないことがわかったので、とりあえずもうそういうものだとして諦めて、雰囲気だけで通読した。 たまにカント自身が急にその場で立ち止まって考えてしまっているかのような部分があり、感動的というか美しい瞬間だと感じたので引用してみる。 —— しかし思考する〈わたし〉は、みずからを直観する〈わたし〉とは異なるものである。それでいて、思考するわたしが主体として、みずからを直観するわたしと同一のものであるのはどうしてだろうか。
  • 2026年1月20日
    実験音楽: ケージとその後
    実験音楽: ケージとその後
    なんか絶版になってる?
  • 2026年1月20日
    実験音楽
    実験音楽
  • 2026年1月17日
    純粋理性批判(1)
    純粋理性批判(1)
    第1章・第2章は、人間にもともと備わっているとされる(認識の枠組みとしての)空間と時間に関する考察。けっこうおもしろい。 空間と時間はあくまで認識の枠組みとしてあるだけで、実在はしない(そのように実在しているかは知りようがない)という立場。でもでも、空間と時間はあらゆる認識の前提になっていて、どうしてもそれなしでは成立しなくて、その枠組みの中でわれわれは認識してますよね?という。 空間の感覚に関しては、実感としては根拠をあげられなくてもなんとなく納得できる。しかし生まれつき全盲の人にもこの感覚はあるのだろうか。むしろ触覚などによって健常者よりも強くなるのかもしれないが、気になる。 時間の感じ方に関しても、たしかに普遍的なものに思えてしまうが、どうなのか。アナロジーとして直線が挙げられていたのが印象的だけど、文化によっては時間が円環や螺旋のように認識されることはないのか。たとえばガルシア・マルケスの『百年の孤独』みたいに。 独断論にも極端な相対主義にも陥らないために、普遍的な何かはきっとあるはずで、そこはちゃんと普遍的なこととして社会のみんなで共有しよう、そのラインを探ろう、という試みであれば、カントが批判してる形而上学に比べて確かにとても現実的かつフェアで、地に足のついた姿勢に思える。
  • 2026年1月10日
    人間は料理をする(下)
    人間は料理をする(下)
    下巻はパンづくりと発酵食品(野菜の漬物、チーズ、酒)。パンは、自然発酵からやるのはかなりの沼だしやりたいとは思えなかったけど、市販の菌を使えばこねて焼くとこは自分でやる価値はあるかもと思った。焼きたてって美味しいし。 野菜の発酵も、キムチなら気軽にできるかもしれない。ほかはちょっと衛生的に怖い。アルコールの醸造は、日本だと勝手にやっちゃいけないんじゃなかったか。 現代ではどれも自分でやる必要がないことだけど、それをあえて自らやる、やってみたいという強い好奇心と意欲には共感した。そういった取り組みの効用があとがきにも書いてあって、それがこの本が書かれた動機のひとつだと言えると思う。 しかし、さすがに庭で豚の丸焼きができるのはアメリカ人だからじゃないだろうか。
  • 2026年1月6日
    NHK「100分de名著」ブックス カント 純粋理性批判
    念のため原著に入る前にもう1冊入門書を。これもわかりやすかったけど、2冊目だからよくわかったのかも。 まずその分野の入門書を10冊買って読め、と立花隆が言っていたと思うが、独学の場合確かにそれが正攻法な気がする。大体のポイントと視点・解釈の差異がわかる。 でももういいや、このあとは原著に入ってしまおう。もともとは美学への関心から判断力批判だけ読むつもりだったのが、その前提を理解するために純粋理性批判から紐解くはめになるとは……
  • 2026年1月4日
    カント入門講義
    『純粋理性批判』『判断力批判』を読むための前提条件を揃えるために読んだ。たいへんわかりやすく、大体わかったような気になってしまったが、もちろん謎はある。 カントがなぜこれほどまでに、人はアプリオリな総合判断(経験によらない、価値のある判断)が可能である、と主張することにこだわったのか、凡人にはいまいちよくわからない。 この仮説を曲げないために無理してロジックを補強したかのように見えるし、じっさい本書もそういう感じの解説をしていて、自分もそれに同調せざるを得なかった。 主張の根拠のひとつとして12の純粋知性概念というものが用意されていてこれはすごい……これどこから出てきたんや……ってなる。正直これだけでも面白い。 要は生じた感覚を統合して思考するためのフレームワークが人にはあらかじめ(経験によってではなく!)普遍的に備わっている、ということなのだが、本書の著者も疑問視するとおり、本当にそうかな? と思ってしまう。 というように、読者が疑問に思うであろうポイントを丁寧に拾いつつ解説してくれるので、置いてけぼりにならずに最後まで読める本である。親切。 なお、思えば自分が若い頃は極端な観念論のほうにこそ魅力を感じていて、SFなんかでもそのほうが面白いなと思うけど、カントのように、物自体の存在は否定しない(でも認識はできない)という立場が本当のような気はしている。世界が全部自分がつくりだした幻想のようなものだとはやはり思えない。
  • 2026年1月2日
    純粋理性批判(1)
    純粋理性批判(1)
    理性の限界を見極める努力が、人生にバランスをもたらしてくれるだろうか。
  • 2025年12月23日
    スクリャービン: 24の前奏曲 Op.11/ヘンレ社/原典版
    スクリャービン!妖しいぜ。
  • 2025年12月17日
    ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 Op.110/ヘンレ社/原典版
    ベートーヴェンにはあまり親しんでこなかったけど、これは好き。苦悩からの救済。今後解釈・演奏に取り組みたいもののひとつ。
  • 2025年12月13日
    ウー・ウェンの北京小麦粉料理
    ワンタンの皮がなくなったら、つくればいいじゃないかという発想で。
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