しいぷ
@BinomialSheep
- 2026年8月25日
新・教育の社会学 有斐閣アルマ木村涼子,濱名陽子,苅谷剛彦,酒井朗読み始めた - 2026年8月24日
目標という幻想ケネス・スタンリー,ジョエル・リーマン,岡瑞起,牧尾晴喜,鈴木健読んでる読んでる3。 新規性探索のアルゴリズムの説明は面白いが、既存手法の比較については、明らかにハイブリッド探索はかなり弱いヒューリスティックを使っているので話半分。解の改悪を許す焼きなまし法的手法や、解の多様性を保持するビームサーチ的手法、動的な新規探索や乱択プレイアウトを含むMCTS的な手法と比較して、迷路の解に単純な新規制探索が有利と主張するのは無理がある。実際、元論文とその後の研究では、ハイブリッドな手法に取り込まれている。 また、目標達成とOpen-endedについては、既存の探索手法も、しばしば既知の上界が事実上達成不能な目的関数の最大化にanytime型のアルゴリズムを使っており、「目標達成したら終わり」でなく、何らかの時間で打ち切るまで延々と解を改善し続けることができるので、その点でもアンフェアな比較。 - 2026年8月24日
目標という幻想ケネス・スタンリー,ジョエル・リーマン,岡瑞起,牧尾晴喜,鈴木健読んでる読んでる2。 セレンディピティについては、かなり計画的偶発性理論に近い話をしているが、そのワードは出てこず、そのものではないかもしれない。あとで整理する。 「飛行機の発明には、その(一見無関係な)部品の発明が必要であり、5000年前の人が空を飛ぶことを目標にしても部品の発明は生まれない」という話は、『アイディアの作り方』の裏返しと解釈できそう。つまり、アイディアは既存要素の新しい組み合わせであり、裏返せば、既存要素が未熟なうちはそのアイディアに到達できない。今あるところから、一つずつ既存要素を増やしていくことが重要である。 - 2026年8月22日
目標という幻想ケネス・スタンリー,ジョエル・リーマン,岡瑞起,牧尾晴喜,鈴木健読んでる読んでる。今のところかなり良書という気がする。 序盤は、「マイルストーンが不明なほどにデカい目標において、直感的な一歩先の評価は全く役立たない」という話をしている。ゲームAIやヒューリスティックをよく作る人にとって非常に理解しやすいメンタルモデルで話が進むが、喩えが豊富なので特段AI開発に詳しくなくても分かりやすいかもしれない。Picbreederの話や、「単細胞生物からいくつか選んで繁殖させて次世代とする、という操作を繰り返して人間くらい知能の高い生物を作ることを目標とした時、IQの高いアメーバを選び続けてもダメそう」という思考実験は面白い。 実際の発明のくだりは、目新しい議論でなく「必要は発明の母というより、むしろ発明は必要の母である」という論考に似たものかもしれない。 - 2026年7月31日
読み終わったディズニーランド招致を中心に、小谷正一、堀貞一郎ら、昭和のエンタメビジネスにおいて、多数の偉業を成し遂げたイベントプロデューサーたちのノンフィクション。 それにしてもラジオ、TV、CM、野球球団、夕刊新聞、デパートの絵画展、ソ連の音楽家の招致、万博などあらゆるエンタメの躍動に関わっていてすごい。 エンタメのヒントというよりは、デカいプロジェクトをブチ上げやり抜くマインドの本なので、多くのビジネスパーソンが読んで面白い本だと思う。 本書は戦後の何もないところから大衆エンタメを作り上げた人たちの本で、今なら出来ない強引でグレーな昭和的やり方や、ハイリスクすぎて参考にならない選択もあるが、「こんな自由なやり方は飽食の現代じゃできないよ」というわけでは決してない。いつだって時代は過渡期だし、キャンバスは真っ白なのだから。 - 2026年7月30日
- 2026年7月29日
アカデミック・スキルズ 第4版佐藤望,横山千晶,湯川武,近藤明彦読み終わった慶應の新入生向け講義の教科書。 概ね類書と変わらない普遍的かつ重要な内容が書かれている。本書は2026年に出た4版で、生成AI活用について1章丸ごと割きつつ、他の章やコラムにも生成AIの言及が多数見られる点が、新しくて良い。 一方で、著者陣が人文学社会科学に偏っており、テクノロジー活用、数学的な分野の学習法、実験関連のレポートやノート活用の分野が弱いと感じた。テクノロジーについて具体的には、LLMのWeb検索やDeep Researchで出典を得る方法や、検索エンジンの高度な活用、ノートPCやタブレットの活用についてはもっと述べてもいいだろうと思う。その辺りは理系新入生向けのYouTube動画などで補うといいかもしれない。 - 2026年7月28日
アカデミック・スキルズ 第4版佐藤望,横山千晶,湯川武,近藤明彦読んでる読んでる。 大学新入生に向けた「大学でなぜどのように何を学ぶか」系の講義に基づいた書籍は数多くあり、本書も慶應大のそれを下地にしている。 本書は2026年1月に刊行された第4版で、生成AIをどう使うかという章を新たに追加し、他の章もアップデートしている点で、最新動向でよい。 生成AIとの付き合い方や有効な活用法については、大学新入生向けとして妥当なことが書かれていて、類書の中であえて本書を選ぶ理由になると思う。仕組みや分類の説明において不十分な点が見られるので、専門の先生を著者に加えるべきだったと思うけれど……。1番重要な「無課金でなく月3,000円くらいのモデルでいいから課金しましょう」というアドバイスも書き足してほしい。 - 2026年7月23日
平等についての小さな歴史トマ・ピケティ,広野和美読み終わったピケティ自身によるピケティ入門。 ピケティといえばクソ分厚い 『21世紀の資本』『資本とイデオロギー』だけど、本書はコンパクト。 欧米の近代史における種々の不平等について数字や課題がよくまとまっている。 一方で、制度設計論は全体的に弱い。というか設計側視点から公正な制度を志向することを検討していない。課題の裏返しみたいな直接的な富の移転を「まぁ副作用もデカいけど、過去そうだったように、大衆が集まって権力と闘って主張を通すしかないんだよね」くらいでお茶を濁している。 一般書だから深入りしなかったとかピケティが本当に一部の分野を何も分かってないというよりは、よい制度については読者への課題としてあえてこういう構成を取ったのか?とすら思う。(少なくとも経済学の一分野である開発経済学やマーケットデザインについてのピケティの理解が学部生レベルな訳がないだろう) 日本で一瞬ピケティブームが起きたあとすぐ衰退した理由も、「問題提起は分かったけど、その後のことは参考にならないから別途考えるね」という結論に至ってのものなのかもしれない。 数字と課題と欠陥のある変革案が並んでいるので、議論の出発点としては優れた叩き台として使えそう。 - 2026年7月14日
内在的多様性批判久保明教読み始めた読み始めた。 とりあえず序論まで。 文化人類学史を辿りながら多様性について何かしらを語る本という理解。文化人類学は人間の多様性や普遍性について探究してきた学問であり、一般的な価値観に先んじて多様性が肯定されてきた(多様性の肯定が規範化されてきた)分野であるから、そこから何かを得るものがあるように思う。 ところで序論において、「規範としての多様性」が孕む矛盾の緩和として、Twitterのような場が紹介されている。いいね数の多寡や炎上によって「みんな」の基準が形成されていく様は、「所与の規範を押し付けられることなく、多様性を促進しながら相互モニタリングを通じて集合的にそれを抑制する場」(監査文化)として紹介されている。 言ってることは理解できるけど、法的に罪のない人間に対する私刑が蔓延するTwitterは、現代まで哲学を積み重ねて整理されてきた(民主主義的に変えることはできるもののある種所与の規範である)法治に対して、自由の面でも公平の面でも遥かに劣った倫理であり、そんな多様性は率直に言って悪いだろという気持ちもある。 まぁ読み進めていきましょう。 - 2026年7月13日
- 2026年7月9日
犯罪と刑罰 増補新装版チェーザレ・ベッカリーア,小谷眞男読み終わった刑法の思想史、実定法における超重要古典。 構えていたよりは読みやすく、高校公民、学部の法学入門と刑法入門合わせて4単位程度の前提知識で十分読めるように思う。 18世紀イタリアで書かれた本だが、2026年の日本から見ても「これが今のこの刑法総論に繋がっているんだな」「この指摘は今もその通りで、いまだに検察も報道も国民も改善できていないな」と考えるところが多く、(やや現代日本にそぐわない議論の荒い箇所や前提の異なる箇所もあるものの)総じて法哲学に関心のある人にとって非常に読む価値の高い1冊。 - 2026年7月5日
読んでる2章まで読んだ。 以下感想メモで、批判的な箇所が多いけど、本書は概ね読み物として面白いし、著者は遠くない分野の研究者なのでAI×人間論の一般書よりは基本的に正しいことを言っていて、真剣に読むに値するからこういう感想文になっている。 1章。 シャニマスの円香、透、プロデューサーをAIに絡めた論考はユニークで、単純に読んでいて面白い。 AIの限界については都合よく決めているなぁとは思う。 「〇〇による人工知能の定義に従えばこうなる」というのは分かるが、その定義の妥当性を検討する必要がある。 まず、環境によって答えが変わり、かつ途中で環境が変化するような問題設定とそれに対応できる手法というのは古典的な最適化アルゴリズムでもよくある問題設定だし、ノーフリーランチ定理的な意味ではある最適化モデルは何らかの専門化は行われているけれど、それを環境に応じて変更することはできるので、AIの限界ではない。 物理的な身体を持つAIであれば、初期状態において認識できない外部も、人間が肉眼で見れない赤外線を可視化する道具を発明したように、認識できるように作り変えることができるだろう。作ろうと思い立つために初期状態で予想していることも必要条件ではない。 それでもAIにも限界はあるかもしれない。しかし地球の資源の範囲でしか自然資源を持たず、チューリング完全の範囲でしか計算可能でなく、光速は越えられず、絶対零度より低い温度のものを作れないとして、それは仕事を奪われることを恐れる人間の救いにになるだろうか? とはいえ、私も「AIによって仕事がなくなる」ことを恐れる必要はないと考えている。 現在の人類には、解決したい問題が山ほどあって、それがどんなAIの進歩を仮定しても、私たちの寿命が尽きるまでに全て綺麗さっぱり解決する見込みは全くないからだ。 SDGsの169のターゲットを全て達成し、あらゆる科学研究が全て完了し、地球や太陽のあらゆるリスクに対処して住めない星になる前に太陽系外に旅立ち、宇宙の熱的死をも乗り越えて未来永劫なにも為すべき仕事がないなどという未来は、少なくとも100年以内には100%来ないのだから。 「AIによってある人の単純労働が失われる」というのはこれまでもあったしこれからもあるだろうけれど、雇用や尊厳について再設計し続ける必要があるという、既存の課題でしかない。 2章。 西洋のrobot概念からすると、ドラえもんはロボットではなく、「ドラえもんを作」ろうとする人が友だちロボットを作っているのは誤りだという指摘は面白い。 でも日本のロボット漫画の定義にrobotの原義を適用する必要ないよなぁという気もする。我々はドラえもん的な存在もロボットの一種として認識しているので。 スパローの仮説はよく引用されるけれど、エログロコンテンツの有害性が実証に失敗してきたのと同様で、まぁ誤った仮説の可能性が高いのだろうなと。近年のスパローは「実証できないとしても、そもそもシミュレーションすること自体が道徳的に問題」と粘っているが、これはよく分からない。シミュレーションがダメならロボでなく脳内で完結するシミュレーションもダメなのだろうけれど、真っ当で説得力のある規範倫理として整合的に成立させられる気がしない。 - 2026年7月5日
- 2026年7月5日
- 2026年7月3日
犯罪と刑罰 増補新装版チェーザレ・ベッカリーア,小谷眞男読んでる
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