
猫島みい子
@cestopis
文字として残しておかないと、どんな本を読んでその時どう思ったかを忘れてしまう…ということに気付き、Readsを始めました。
- 2026年2月22日
あまねく神竜住まう国 〈新装版〉荻原規子読み終わった源氏の少年期の小説というと、義経の鞍馬時代か平泉時代がよく取り上げられる印象があるが、本作は頼朝の伊豆時代を取り上げている。 頼朝というと冷静(むしろ冷淡?)で野心家、でも妻には弱い…と正直あまりいいイメージではなかったが、この作品では迷いながらも真っ直ぐ前を向こうとする少年だった。厳しいながらも話せば通じそうな大人、同世代の良きライバル、少しだけ年上の助けてくれるお兄さん的存在、頼りになるのかならないのかよくわからない保護者的人物、圧倒的美貌の年上の女性…と列挙するとありがちな物語のようだが、どの人物も存在感があり物語の中で登場する必然性があるため、「はいはい、お馴染みのやつねー」とクリシェ的には感じなかった。 荻原規子作品の中では短い方で、独立した作品としても読めるので入りやすいのでは。前日譚である「風神秘抄」を先に読んでいる方がお勧めではあるけれども。 読み終わって楽しかったなと素直に思った。 - 2026年2月21日
本を読めなくなった人たち稲田豊史読み終わった情報量が多いため、読み終わったとはいえ咀嚼しきれていない部分もあるが、本に関してもやもやと気になっていたことへの解が色々と見つかった。 インターネットの世界では本好きの人が沢山いるのにリアルではなかなか会わないのは何故か?→読書習慣がある方がまれ。16歳以上の日本人の約六割は1ヶ月に読む本ゼロ冊である。 本を読む人といっても、ビジネス・自己啓発など実用書系と、小説系に分かれるのは何故か?両方ともよく読むというのは本好きの中でも相当まれな印象。→前者は「わかりみ」、後者は「おもしろみ」を求める傾向がある。全く交わらないわけではないが、反対の性質を持ったベクトルである。 インスタで「年間◯冊読む読書家のわたしが選ぶ丸◯な本ベスト10」といった投稿を頻繁に見かけるのは何故か?→「本が好き」というよりも「本が好きなわたしが好き」という層が存在している 「わたしはこう考える」でスパッと終わり読者に感想や解釈を委ねるというより、読者に「私たちは今、こういう生きづらさを抱えていますよね」「これが正解ですよね」と呼びかけるようなものが昨今売れているのは何故か?自分は前者の方が読んでいて呼吸しやすく、後者からは同調圧力を感じて苦しくなるのだが→読者を迷子にせず導くことが求められている時代。前者からは多くの人は「突き放された」印象を受ける。 もやもやが解決したという意味では読んでよかったし、今何が起きているか、何故そうなってきたかがよくわかった。しかし、本好きとしては暗い気持ちにもなった。ワインや美術館巡りのような一部の愛好家だけのニッチな趣味になってしまうのだろうか。 - 2026年2月19日
人でなしの櫻遠田潤子読み終わった料理、日本画、文筆。三者それぞれの創作者の業。 あまりにも魅力的な描写なので長谷川等伯の「楓図」や久蔵の「櫻図」が実際に見てみたくなったし、ページターナーで続きが気になって最後まであっという間に読み終わった。しかし、設定があまりにも悍ましく、救いのない話でnot for meだった。同じ筆者の銀花の蔵はよかったのだけれども。 創作者の業という概念は理解したが、それが批判されつつも最後には肯定されているように感じた。 - 2026年2月18日
- 2026年2月16日
無人島のふたり山本文緒読み終わったタイトルのせいかもしれないが、読み終わった瞬間、無人島から自宅に瞬間移動したような感覚になった。本を読んでいる最中は、山本さんご夫妻の生活を透明人間になって横で見ている感覚だったのに、読み終わった途端に現実の自分に引き戻された。それだけ本の中に引っ張り込まれたのだと思う。いわゆる「闘病もの」で引っ張り込まれたのだったら読んでいるこちらまでしんどくなりそうだが、そういった重さは不思議なくらい感じなかった。内容はヘビーなのに、自己憐憫や承認欲求を全く感じない澄んだ文章。読者に何をどこまで差し出すかを考え抜いた、プロならではの遺作だった。 - 2026年2月15日
墨のゆらめき三浦しをん読み終わった読んでいて楽しかった!三浦しをんさんらしいユーモア(パンダは宇宙生物…)に笑わされ、性格がまるで違うのにどこかウマが合う二人の名もなき関係に胸が熱くなり、書の世界の奥深さや魅力が伝わってきて実際に自分でも見てみたくなる。 読後の第一印象はものすごくよかったが、後からじわじわ薫の生い立ちの扱いが気になってきた。そこがメインテーマではないし、当人が蓋をしている部分だし、一人称の小説なので敢えてあっさりさせているのかも?と思いつつ、中学生以降にお金を稼いできた方法や母との関係があまりにあっさりしている感があり。作品の小道具として利用しているという印象ではないが、扱いが軽いようにも感じて、どう解釈すればいいのかわからなくなった。 - 2026年2月13日
- 2026年2月3日
雫の街乃南アサ読み終わった乃南アサさんの小説に出てくるのは「キャラクター」ではなくて「人間」だと感じる。物語のために突如生まれてきたのではなく、どこかに本当にいる人の人生の一部が小説の中で切り取られたような。一人一人がくどくど描写されているわけではないのに、鮮やかに浮かび上がっている。 乃南作品は後味の悪い結末も多いせいか、かのんがゴリラ飼育員の彼との遠距離恋愛が破局するのだろうか、結婚後はご主人が実は浮気していたらどうしよう、と穿った見方をしてしまった。今のところ、本当にいい人でよかった! - 2026年2月3日
- 2026年1月31日
キャベツ炒めに捧ぐ井上荒野読み終わった読んでいる時は面白くて、3人のそれぞれの痛みも苦しさも、日常の中のちょっと気持ちが浮上する瞬間も、わかる気がする、とあっという間の読書だった。 だが、何か読後に引っ掛かるものがあり、この話が男女逆だったら?と思うと、お米屋の進への3人の接し方に正直ゾゾっとした。進がいたからこそストーリーが展開する部分があるし、スパイスとしても進の存在は物語に必須なのだけれども。そして、登場人物が全員品行方正なんてつまらないしとも思うけれども。 それでも還暦のおじさんが二十代の女性に冗談でも「結婚して」と言ったら、完全にアウトだよな、と思うと飲み込めない何かがあった。 セクハラ警察に自分はなっているのかなと若干自己嫌悪しつつも、フィクションの世界だから…とは流せなかった。文庫本が発売されてからはまだ10年ちょっとしか経過していないが、そんなに急激に時代の空気は変わったのだろうか。 - 2026年1月25日
マナーはいらない 小説の書きかた講座三宅瑠人,三浦しをん読み終わった三浦しをんさんの愛(小説というジャンル、作家志望者)を感じて、ますますしをんさんのことが好きになった。 作家が自作を語るという意味でも興味深かった。大好きな『あの家に暮らす四人の女』が例として何度も取り上げられていたので、本に秘められた工夫に唸った。読者が何気なく読んでいるこの部分にもそんな細やかな気遣いがされているのか、と。 「書かないけど読むのは好きな人」として、これから小説を読む時の楽しみ方も増えた。 「この作家は会話をこう処理しているのか!」「なるほど、この部屋の間取りが頭に浮かんでくるのはこの描写からか…」など、今後は読みながら思いそう。 - 2026年1月19日
野良猫を尊敬した日穂村弘読み終わった失敗談…というか情けない話がほとんどなのだけど、読み心地が清々しい。心が少し軽くなる。 「穂村さんよりはマシだ」と見下して気分が良くなる…では決してない。文章に嘘がないからだと思う。あれもこれも上手くいかない、と多くの人が誤魔化してしまいそうな本音がさらけ出されている。しかも、それを「潔く」ではなくて渋々。 葛藤が見えるからこそ、読み手は穂村さんを信頼して、共感して、読みながら心を許すのだと思う。 読みながら穂村さんのことが好きになるし、自分の情けなさも少しだけ受け入れられるようになる。 巷で出回る、無理にいい話に落とし込んだものや、上から目線でのこうすれば上手くいくという教訓とは対極。 - 2026年1月19日
英米文学のわからない言葉金原瑞人気になる - 2026年1月18日
生きるコント大宮エリー読み終わった図書館で見かけて、週刊文春に連載している時好きだったなと思い出して読み直した。 執筆当時の作者の年齢を自分が上回ったためか、時代の空気や価値観が急激に変わったためか、或いは両方かわからないが、今読んだら笑えないエピソードが多かった。大宮さんの語り口はその場の空気が伝わるような見事なものだから、当時の空気が余計に感じられるのかもしれない。 2026年の感覚だと「それはセクハラでは…」「女性たるべきもの、こうあるべきという世間からの無意識の押し付けが強いなあ」「そんなに自分を卑下しなくても…」「それはひどすぎて笑えない」と随所で感じてしまった。 エッセイがこんなにもタイムカプセルだとは思わなかった。 - 2026年1月17日
- 2026年1月16日
スペードの3朝井リョウ読み終わった朝井リョウさんは、人間が直視したくないイヤらしい感情・思考を描写するのが本当に上手い。悪人ではない、普通の人の中に潜むちょっとした虚栄心がさらけ出される。各登場人物のエピソードも「ありそう…」と思わせるものばかり。 朝井さん自身も誰かスターの私設ファンクラブに入っていた?それともファンクラブに入っている人から詳細を聞いた? - 2026年1月16日
信仰村田沙耶香読み終わった村田沙耶香さんの本は不思議だ。文章は平易で読みやすく、何が起きているかは明確に理解できるのに、小説としてはさっぱり理解できない。でも、砂吐きしていない貝を食べてしまった時のようなジャリッとした感触は明確に心に残る。 ジャリッとしたものの正体を知りたくて本作を含めて何冊か読んだけど、やっぱりはっきりとはわからない。 この本の中では展覧会が珍しく読後感が良くて一番心に響いた。 - 2026年1月16日
- 2026年1月14日
読み終わった三宅さんの考える、物語(本、映画、ドラマetc.)を鑑賞するための五つの技術という枠に沿って、ご自身の書かれたエッセイを再構成した本。じっくり書かれた本というより、前作のヒットを受けて急ぎ出版された?エッセイの羅列という印象を受けた。 それぞれのエッセイが五つの技術にどのように該当するかが読み解ける人はこの本が必要なさそうだし、わからない人には突き放されたように感じそうだし、三宅さんのファン以外には、この本はどう位置付けられるのだろう。 「三宅香帆は何をどう読んでいるのか」というタイトルだったら違和感なかったと思う。「話が面白い人」という条件を付けるのだったら、エッセイがどういう過程で出来上がったか、執筆の際の思考プロセスがあった方が親切だったのでは? - 2026年1月13日
マカン・マラン古内一絵読み終わった文庫落ちを長年待ち続け、遂に購入。 昨今は料理によって傷ついた人が癒される…という本がやたら増えたけど(専門レーベルが立ち上がったくらい)、そういった後続本とは一線を画すシリーズだと思う。店主のシャールさんがいわば「マジカル・LGBTQ」という都合のいい存在にはならずに、自分自身痛みも弱みも抱えた人間として描かれているからだと思う。出版年からすると、そういった流れの元祖? ジャダが少し類型的かな、料理を食べてそんなに何でも解決するかな、かつての登場人物が上手く出世しすぎでは…など、気になる点がないわけではないが、わたしにとっては魅力の方が勝る。 最新作も読みたいが、スペースの都合上文庫しか買わないポリシーなので悩む。
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