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にゅっくり朝丸ロケット
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@ntr_
座右の銘は「魅力のあるもの、美しいものに心ひかれるなら、それは誰だってできることだった。そんなものは愛ではなかった。 色あせて、襤褸のようになった人間と人生を棄てぬことが愛だった。」(遠藤周作「沈黙」)です
  • 2026年8月17日
    疾れ逆ハンぐれん隊 (講談社文庫 い 1-48)
    何という帝の御代のことでしたか、アニメやエロゲギャルゲTCGとオタク向けコンテンツがドカドカとばら撒かれていました中に実は大して市場規模も大きくはなくとも、何よりも時めいていたライトノベルというものがございました。    やあ、そんな時代に思春期を過ごしたボク様だよ。  あの時代、多くの中高生が読書(ラノベ)を嗜んでいたわけだけれども、実際のところラノベはやや見下される立場にあったのも事実。  なんせラノベは読みづらかった。  それもそのはず、ライトノベルレーベルの起源は筒井康隆『時をかける少女』(これ自体は角川書店発刊の小学校高学年向けジュブナイル)の文庫本を原田知世を起用して実写ドラマとして放映された際、当時の中高生が先を争って買い求めたことに遡る。  この時初めて「安価な文庫版を数多く売れば中高生のお小遣いをかっさらって一財産築けるっ樹!春樹カンゲ樹!」と角川春樹が悪魔的発想に思い至った……というのは今思いついた嘘なんだけどね、ライトノベルレーベルという商売の構造はぶっちゃけそういうものなのよ。  しかし筒井康隆みたいに筆力の高い若手(当時)なんてそうそういるものではない。  言い方は悪いけど薄利多売の商売だと短いスパンで大量のコンテンツを供給しないとならない。  必要なのは文学性ではなく時代性、生産力、売上に応じて飽きられる前に続刊が出せること!  そりゃあね、作家さんたちも文章力で読みやすくしようなんて手間はかけていられませんよ。  セリフは多く、地の文は少なく、流行りに合わせて読者の知っているものを採り入れて説明の労を省く、幸い挿絵は当代随一のイラストレーターが担当してくれるのが慣例になってる(た)んだからキャラクターデザインはパーフェクト以上のものが約束されてらあ!  ものすごく偏見を持って言ってるのは自覚してるけど当時のラノベってこんな感じだったんだわ。  もちろん秋田禎信や神坂一、少し遅れて谷川流みたいな超上澄みもいたっちゃいたんだけどもさ。  でも基本は読みづらかった。  ケータイ小説やなろうが下限を更新するまではそのせいでバカにされ続けた。  それでもオタクたちがラノベに金を払ってたのはね、彼らが興味を持っているものを扱う文芸作品が事実上ラノベからしか供給されてなかったからなのよ。  アーケードゲームのオンライン対戦を通じて巨大ロボットで戦いながらボーイミーツガールする文芸作品があったか?  エンタメ路線とは言え直木賞にTRPGのリプレイをめいっぱいマッシュアップした剣と魔法のファンタジーがノミネートされるか?  警官が15連発のベレッタを下げるほど治安の悪化した平行世界に飛ばされたちょっとえっちな妄想をかき立てる美人暗殺者が謎の宗教団体とバトルする壮大なドラマが……いやこれは角川じゃないほうの春樹が書いてくれてるわ。いい時代だわマジで。  とにかく、当時のオタクはバカだから稚拙な文章しか読めなかったとかではなく、ある程度苦労してラノベを読んでたってとこがあったのよ。  そんな時代、通学路にあった古本屋でね、こいつを見つけちゃったわけですよ。  初出が1985年なので当時としても少々ノリが古かった面はあるとはいえ、インテリジェンスをかなぐり捨てた純エンタメ!オタクがオタクに向けて発信している時にしかありえない“アレ”な空気!なのにそんなものが普段読んでる文学作品と遜色ないたしかな日本語で流麗に綴られてる妙な感じ!  コッテコテのご都合主義てんこ盛りバイオレンス活劇とクッソマニアックなカーアクションの悪魔合体!  これ、これだよ今まで読者(自分)がラノベに求めていたものは!  第2巻目にあたる「爆走!逆ハンぐれん隊」にすっかりやられてから数ヶ月、あちこちの古本屋を巡ってなんとか全巻揃えましたよ。  それはそうとだな、これ作者の名前が……ふーむ、あの名著「蓮如」でボク様を痛く感動させたあの人によく似ているね。  (当時)「大河の一滴」がビジネス書の数々を抑えベストセラーとして、モー娘。の新譜と同じ勢いで売れていたあの人と、かつては「青春の門」でオシャレ感度の高い若者たちの支持を恣にしていたと聞く文壇の人気者と名前が……うん、一文字も違わなかった。  いやでもあのオシャレな「雨の日は車をみがいて」と同じ作者……か?でもたしかに登場してるクルマが多少かぶってるな……?  そうか、五木寛之ってIQを自由自在に操作できるタイプの能力者なんだなってその時初めて知りました。  オタク作品の歴史的には00年代に流行った奈須きのこ「空の境界」みたいな伝奇作品を昭和の終わりに「風の王国」でリブートしたのも五木寛之ですね。  もちろん間に那須正幹「ズッコケ山賊修行中」が挟まるけど。  閑話休題。  本作の初出は先にも述べた通り1985年、掲載誌は「ベストカー」  作中のヒロインであるミハルの愛車が赤いレビンGTV……時期的に多分AE86、ハチロクが現役だった時代ですわ。  一方で僕が本作を読んだのは藤原拓海がプロジェクトDに参加してイタチか何かに驚いてハンドル操作を誤ったシビックをぶち抜くというクソ展開を披露していた頃。  エンタメ作品としてはかなり時間が経ってたにも拘らず色褪せることなく面白かったこれ、なんと今読み返してもちゃんと面白いんですわ……  何これ……
    疾れ逆ハンぐれん隊 (講談社文庫 い 1-48)
  • 2026年8月15日
    暴力の日本史
    暴力の日本史
    この「暴力の日本史」は歴史の流れや各エピソードを追うような典型的な歴史の書籍ではない。あくまでどの時代にもいた庶民に焦点を当て、彼らの用いるもののうち生活の知恵や工夫、生産活動などではなく、その暴力の行使の歴史から社会がどのように変化していったかを描くものである。  武将やその軍勢が用いる暴力は華々しく描かれるけど庶民の暴力はそう扱ってもらえねえんだよな、と考えると何やら斬新な視点とも思える。  何かというとエライ人に逆らうなんてテロリストじゃん!悪いやつじゃん!認めちゃいけないんだ!とホイ卒臭い歴史観を振りかざす連中に辟易してる昨今、偏りのない視点を固持する著者の語り口が心地よいのもポイント。  ただしめちゃくちゃ叙情的に語るきらいがあるのでこれが日本史関連のノンフィクションだってのは一旦忘れて読むのが正解かも。  やあ、ボク様だよ。  新しい本を買い込む際に何を基準に本を選ぶかの、その流儀ってあるよね。  一番多いのは好きな作家、ジャンルを追うこと。  続いてその作家と親交のある作家に手を出してみたり、同じジャンルから軽いギャンブル要素を楽しみつつ新規開拓を進めていくパターン。  芥川賞や本屋大賞といったプライズのエントリー作やココや掲示板の下馬評を頼りに次に読む本を漁ることもあると思う。  で、この『暴力の日本史』を手に取った理由はなあ……   ジ ャ ケ 買 い だ    若先生だもん、これはもう仕方ないよね!
  • 2026年8月10日
    会議でスマートに見せる100の方法
    会議でスマートに見せる100の方法
    本棚が全体的に水色だと「ビーム撃ってるようなくだらないものばっかり読みやがって」と言われてしまいがちだが、彼の指摘にも一理ある。  我々は現実に向き合わなくてはならない……のだが「1984年」も「すばらしい新世界」も「侍女の物語」もビームとか一条たりとも……いや待て「禅<ゼン・ガン>銃」ならたしかにちょっとそんな感じかな?  キミはどう思うか聞かせてくれ。  やあ、ボク様だよ。  たしかに若いときはビジネス書なんてハウトゥものと同じかそれ以下の、教養の足りないやつのために束ねられた本モドキの紙束だと見下すものだ。  だけどヒトの寿命はまことに短く、専門から1ミリでも外れたこととなると一般常識程度のことでも噛んで含めるように教えてもらわないとキャッチアップすらできないままになってしまい、振る舞いをミスして大恥をかくなんてことが全然珍しくないのだと気付いてしまうんだ。  しかもまずいことに大抵の場合、大恥をかいてはいけない年齢になってからそのことに気付くのだね。  なるほど、ビジネス書というのはそこに備えるべく、無教養なやつでも即座に使える一般常識をズラズラと並べたてて束ねた紙束というわけだ。  本書、サラ・クーパー「会議でスマートに見せる100の方法」は特に有用な紙束だと自信を持ってオススメできる。  著者がIT業界のトップランナーの一人として現場の第一線で収集し、実践した有用なテクニックの数々はあらゆる業種に応用が効き、イニシアティブを握るための強力な助けとなるだろう。  大きなプロジェクトを前にチームメイト全員の同調を図る場合、どんな図形をホワイトボードに描くべきか、その際なんという一言を添えるべきか、簡潔ながらも要点を得ているように思わせるテクニックが本書の執筆にも遺憾なく発揮されており、決してそれがジョークで済んでいないことを認めざるを得なくなる。  ああ、ごめん。  そろそろ次のアポがあるから失礼するよ。
  • 2026年8月8日
    私本・源氏物語 (文春文庫)
    やあ、ボク様だよ。  千年の昔より熱狂的な支持を恣にする最古の長篇小説、「源氏物語」  いつの時代にあっても出会いがないとかそういうこと以前に自分自身の内面に問題があって理想通りの恋愛をエンジョイすることが出来ぬ轗軻不遇の身の上にブチギレてるお前らみたいなやつの心に深く刺さり一生抜けない棘となる。  読む前は美形でめっちゃモテて実家も太くて無敵のファンタジー主人公だと思ってた光源氏が「美形有能モテモテ主人公なのに…そういうとこやぞ」に落ち着くあの快感よ。  多くの文豪にとっては「このすげえやつをこの手で現代語訳してえ……翻訳とは究極の熟読だって村上春樹も言ってる」と思うものらしく、桃尻訳、唐源氏、与謝野源氏、そして究極である谷崎源氏……とこちらも多くの現代語訳が出ているのはご周知の通り。  そんな中でも与謝野源氏の流れを汲む女流作家ならではの繊細な表現と現代的な口語体にこだわり没入感を重視する見事な翻訳が楽しめるのが田辺聖子訳、それをここでご紹介しようというわけです。  ……ごめん、田辺源氏は田辺源氏でもこの「私本・源氏物語」は翻訳作業中に透けて見えてくる読者に愛されてる方の光源氏が主役、話すのは基本関西弁。しかも幕間に飯を食う。  この光源氏に読者に代わって「そういうとこやぞ」「どのツラさげて言うてはりまんの」と突っ込んでくれるのは著者のオリジナルキャラであるヒゲの伴男。  光源氏の立場・身分を考えると必ずいなければならない存在として藤原惟光とは別に彼を配置することでこの作品は平安時代の貴族社会の風俗にリアリティを持っている……というのが田辺聖子の上手いところですね。  で、リアリティと言えばですよ。  源氏物語のヒロインには当て馬が存在せず、すべての女君が非常に魅力的っていうのはまあ1,000年前から言われてるから今更なんだけどさ。  一人だけ魅力的なだけじゃなく妙に生々しいコが混じってるよね、という話。  彼女は育ちが良く、それに恥じぬ上流の人物であり、慎み深い……のに恋に沼ってヤンデレ化する。  しっかりした子がヤンデレ化して見る影もなくなった姿からしか得られない栄養があるってしみじみしてた所へ「あんたの癖は完全に把握しとうからな」と急に理知的な年上に戻って釘を刺してくる(「賢木」)あのタマヒュンする瞬間。  六条御息所だけまんまのモデルがいるんじゃないかってくらいのリアリティはなんなの?  紫式部はどんな人生歩んでたらその身分でそんな生々しい色恋の瞬間を取材できるの?
  • 2026年8月6日
    魔法がいっぱい!
    魔法がいっぱい!
    やあ、ボク様だよ。  ここ数年ファンタジーが市民権を得たみたいな顔してるけど、ボームがファンタジーの原体験にあってドラクエを神回避して生きてきた者としてはですね、エルフとか知らない怖い生き物なんですよ。  ホビット?それなら知ってるよ。  指環物語の創作クリーチャーでたぬかなにドングリを捧げる攻撃的で凶暴な種族でしょ?常識さ。  それにしてもボームが描くモーの国は素晴らしい。  SFでもファンタジーでも「その世界にずっと浸ってたい」と思わせられるかどうかはとても重要な要素なんだけど、モーの国の居心地はズバ抜けてよろしいの。  多分アメリカ人が幻視したイングランドの恵まれたスローライフ的なもの(オズの魔法使いで少し皮肉っぽく描かれてるやつ)がどこまでも続いている感じ。  穏やかで、必要なものは木になってるのを選んでもげば手に入る神話……いや精神分析の論文にしか登場しないくらいの完璧なユートピアに帰りたくなることってあるよね。お盆とか正月とかに。  「ブラックラグーン」のロアナプラとかも里帰りしたくなる、あると思います。
  • 2026年8月6日
    ジャンキー
    ジャンキー
    やあ、ボク様だよ。    反社会的で低IQなものばかり読んでると「ああ、こいつは見た目通りのクズだな」と思われちゃいそうだし、時にはちょっとオシャレなものも読むんだぞってアピールも挟んでおかないとね。  そんな思いから今日のお出かけのお供はバロウズ「ジャンキー」  いずれオンザロードとかも読まないとなあ、とは思ってはいます。思ってはいるのですがいかんせん自分、意識高い系(hipsterlol)でも意識高く(hips)でもないんスよね……
  • 2026年8月6日
    吉里吉里人 上
    吉里吉里人 上
    やあ、ボク様だよ。  今日は思い出話をしていくよ。  震災の前年の初夏のことです、市立図書館の児童書架に「吉里吉里人」を紛れ込ませていたのは司書のおば……お姉さんの悪意だったのでしょうか。  「井上ひさし 吉里吉里人」……タイトルにも著者名にも画数の少ない漢字だけしかない、もうこんなの清く正しく心優しい作品に決まってる訳ですよ。  生まれてこの方10年近くの月日の大半を過ごした森の奥にある煉瓦の子宮、明石市立図書館(現在は県と市が建物の賃貸契約で揉めた結果森の外、駅前に縮小して移動済み)の児童室に悪いものなんてあるはずもないしね。  そしてそれまで原ゆたか先生や那須正幹先生の美しい児童文学を全身に浴び、慎み深く教養を深めていた育ちのいい美少年のボク様は夜行列車……夜半過ぎに遠くから聞こえる貨物列車の音をイメージしながら十和田3号の旅に没入していったのです。  ああ、世界は悪意に満ちておったのだ!  井上ひさしは日本語を使わせたら間違いなく文豪のカテゴリに収録される使い手である。  読者、まして防御力ゼロのクソガキなどは試し斬りに使われた豆腐も同然。圧倒的な筆力で蹂躙される!  ベルゴセブンティーン!中華料理屋のおかみさん!火吹き竹でぷうぷう!女子高生は既に女なのだ!etc……2ページに一度は炸裂する小3キッズには到底意味のわからない下ネタが脳みそに克明に刻まれ、一生着いて回る!  読書のスピードと劇中の時間経過が完全に一致する実験的な展開の技法から逃れる術はなく、ドパガキですら置き去りにする勢いでお得意の減反政策批判、40年後にバズっためちゃくちゃ真面目な医療崩壊の問題から似非中国語ギャグまで全てのネタを滑らせずに突き刺してくる。  ヒロコ佐久間さのおっぱいの描写が完璧で危うく精通するとこだったぜ(そこだけは確か理解してたはず)  キリキリ善兵衛のくだりを読み終えたあと、そこには悪党が一人茫然と座っており、「馬喰八十八伝」へと手を伸ばしていたのでありました。
  • 2026年8月5日
    新装版 コインロッカー・ベイビーズ
    やあ、ボク様だよ。  既に持ってる本を特に意味もなく、もしくは完訳版だの新訳版だので追加購入することってあると思うんですよ。黙れ、あるっつったらあるんだ。  うちの「コインロッカー・ベイビーズ」は旧講談社文庫版(上・下)が1セット、新装版が2冊。  中島らも「今夜、すべてのバーで」は3冊。  「時計じかけのオレンジ」は一度数えてみたら両親が一冊ずつ持ってた旧版とハヤカワepi文庫の完全版を合わせると合計7冊あったよ……なんかの病気かもしれんねコレ。  だからと言って雑に扱ってるわけでもないしいちいち読んでたりもするんです。  外に持ち出すことも多いので文庫本はボロくなりやすい、そこで以下のような加工が定番化してます。 ①DAISOのブックカバーをかける  何はなくともこれがなきゃ始まらない。  ハヤカワのトールサイズにもピッチピチで対応してて偉い、ダイソーは神。 ②適当な紐を接着してスピン追加  井上ひさし「本の一生」で紹介されてたテクニック。  氏は資料として膨大な書籍を買い込む人としても知られており、そうなるとスピンの数も5,6本は必要になるとのこと。  小説なら一本でいいのですが、詩集や歌集、そして学習目的の本なら井上ひさし流に数本つけておくと大変便利です。 ③裏表紙に適当なポストカードなどを差し込む  名指しにするけど集英社文庫とか角川文庫はこれやっとくと補強になるのよ。補強が必要な理由はまあ、察してくだせえ。 ④官能小説の帯で飾る  これはまあやってもやらなくてもいいんだけどさ、時々やっておくと本棚に、こう、抜け感?みたいなのを演出できるように思うんだな、ウン。  あとは適宜セロテープで補強したりすることも。  ところでこの新装版のキャンペーン帯の人、各BBSのジークアクスのスレでよく名前が出てくる松村さんって方だったんですね。  村上龍とガイナックス(colors)の間には何か呪いのようなものでもあるんでしょうか……
    新装版 コインロッカー・ベイビーズ
  • 2026年8月5日
    おバカさん
    おバカさん
    蔵書はバーコードがまだない版 遠藤周作らしい軽妙な語り口で書かれた裏「沈黙」
  • 2026年8月5日
    新装版 コインロッカー・ベイビーズ
    小6の頃今は亡き祖父にねだって買ってもらった時は上下分冊だったけれど新装版は一冊にまとまってて利便性の面で大変よろしい 村上龍の入門編(というか確実に沼らせる作品)であり、人によっては村上龍の最高傑作とするケースも多いであろう一冊
  • 2026年8月5日
    セカンド・ショット
    非常にプレーンなジュブナイル(小学校高学年向け)  だが本書に収録されている「電話がなっている」だけは40〜50代の読書クラスタにとって特別な一作であろうと断言する。  この掌編は学級文庫向けの叢書「今日はこの本読みたいな」の第一巻「誰かを好きになった日に読む本」に収録されていたのだ。  平成初期の小学生が彼の初恋、その持て余すほど飛び跳ねる気持ちにどう対処していいかわからず救いを求めて手を伸ばした一冊にあったタイトルである。  ドキドキと飛び跳ねそうな、それでいて大人の世界へこっそり連れて行ってくれるかもしれない不思議な予感を孕んだ大切な想いとともにめくったこの作品の衝撃はどうだったろうか。  ごめん、当時音楽教師のくだりとかは正確に理解してなかったけどさ、それでも「電話がなっている」は別格だったんだよ。  この作品が先にあったせいでその後迎える思春期、青年期を通して凡百のラブ・ソングに自分を重ね合わせることが出来なくなった人は僕以外にもたくさんいるんじゃないかと思う。  初恋よりも強烈な本来の意味での「読書体験」を無垢な子供達に叩き込んだ、下卑た言い方をすればトラウマ作品ってやつを大人になってから再読するのも悪くないんじゃないかな。
  • 2026年8月4日
    さらば愛しき大久保町
    言うまでもないが本書はほぼノンフィクションであり、兵庫県明石市大久保町をかなり正確に描いている有用な一作である。  既に日本国ではないとはいえ大久保町に興味のある国際派の人々にとっては必読の書であろう。  見つからないことはないと思うけど丹波製餡所明石店様に一揃い進呈しておきましたので、めちゃくちゃ運の悪い方はそちらでお読みいただけます。
  • 2026年8月4日
    大久保町は燃えているか
    ノンフィクションに近く、兵庫県明石市大久保町をかなり正確に描写している作品。  明石市がノイエ・ナチスに占領され戒厳令下の厳しい統制に置かれたことは記憶に新しいが、本書はその間の市内の状況を最も克明に描写した貴重な史料として多くの人に読まれるべき一冊である。
  • 2026年8月4日
    大久保町の決闘
    比較的ノンフィクションに近い作品であり、兵庫県明石市大久保町をとても正確に描写している。  明石市という街に興味を持ったとき真っ先に手に取って欲しい一冊。  無論、もう片方の手には銃を取るべきであるのは言うまでもない。  何しろ大久保町はガンマンの町なのだから。 大久保にヒマラヤ公園は実在します。明姫幹線より南なのはちょっとイメージと違ってたかも
  • 2026年8月4日
    命売ります
    命売ります
    まだ使い方が覚束ないし、SNSとしてもどんなキャラでやるかもあやふやではあるんだけどまずは書き込んでみましょうね。  バーコードからの読み込みは出来たけど書名からの検索がどうにも不自由なのはおま環なのでしょうかね。  まずはテストを兼ねて一発目、みんな大好き三島由紀夫がその三島チャラ夫路線の本領を発揮して書き上げた万人にオススメ出来るエンタメの傑作「命売ります」を。  生誕100周年に引き続き先日の美輪明宏氏の訃報を受けて頻繁に話題に上がる三島由紀夫なんだけどさ、どうも右だ左だという話だけで語り尽くせると勘違いしてるカスどもが多すぎるんよ。  あのね、まず政治とかいう底辺向けバトルコンテンツにそんな価値はないわけ。 村上龍も「69-sixty nine-」でしれっと言ってるけど、政治なんてのはブサイクで頭も悪いどうしようもない奴が追い込まれるどんづまりなのよ。  三島由紀夫も大江健三郎も坂本龍一も政治なんてのは精々「このバカどもに人気のしょうもないコンテンツをせめてイカしたアートの材料として供養してやっかな、かっこいいの作ればファンたちのおまんこも使い放題だし」くらいにしか思ってねえよ、と。  そこだけは絶対勘違いしちゃなんねえ。  それを変に期待した政治厨どもが「有名なアーティスト様がたが俺たちの信じる崇高な思想を支持してくださったああああああああ!」だの「あの虚業カスめえええ!敵対思想にいいい!与しやがってええええおんぎゃあああああああああああ!」だのといちいち発狂してんのは見るに堪えん。  具体的に言うとアレだ、明らかに斬首で死亡してる三島由紀夫の司法解剖で直腸を検査するわけはないし、当然検査されていない直腸から精液が採取されるわけねえだろ、と。  右からも左からも発狂された大江健三郎氏のご子息、光さんも三島由紀夫については「随分背が低い」と正確に批評されておられるが政治厨どもはその程度のこともできやせんのかと。  そんな彼らにまずは曇りきった左右の目玉が正常に機能するのかを確かめさせるべく毎度オススメするのがこの一冊なわけですよ。  ところでこれ文字数制限とかあったりする?
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