なしな
@pearna
読書筋が衰えているので可視化したい。食にまつわる話が好きです。
- 2026年1月1日
⾳を⽴ててゆで卵を割れなかった生湯葉シホ読み終わったシホさんの書くエッセイが本当に好きで、例に漏れずトイブックスさんでサイン本を通販した。で、ようやく読み終わった。こんなに読みやすい、しかも「食」にまつわる(自分の好きなテーマの)エッセイなのに、なかなか一気に読めなくて、少しずつ少しずつ読み終えた。でも終わってしまうとさみしいので、もう少し残しておけばよかったかなという気もする。転職する前、仕事中暇なときに、シホさんの更新されたエッセイやインタビューを消化するのが好きだった。通勤電車で読むこともあった。最近は全然そんな暇がなくてかなり溜めてしまっている気がする(それでも割と意識して読んではいるのだけれど)。 この読みやすさは私にとってはお茶漬けである。サラサラと食べやすく、あたたかで腹にも溜まり、味の種類も無限にある。食欲と読書欲は似ているかもしれない、と今思った。 シスターフッドを感じる文章が好きなのもあって、『水餃子』が好きだ。『先生』もよかった。シホさんと同い年なので、過ごしていた時代がリンクしていて自分の記憶と鮮やかに重ねられるのは特権だと思う。あの頃、東京でこんなふうに生きていた同い年の女の子という、遠くて近い存在が私のなかにある。こんなに生々しいエッセイを書いて、身を削り消耗しないわけがないのに、大丈夫なのだろうかと思う。思うけれど、書かずにいられないという衝動もわかる。エッセイってほんとうにおもしろくて、下手すると小説よりおもしろくて、それでいておそろしい。ノンフィクションとフィクションの塩梅が書き手に委ねられているから、楽しむこと自体が生きている人間を消費することに直結するようで、芸能人を推す怖さにとても近いおそろしさがある。 でも読まずにはいられないから、今年も次回を忘れずに触れていきたい。 - 2025年12月31日
読み終わった登場人物のすべてが知った人間のようでおそろしい。普遍的なキャラクターを生める作家のことを本当に尊敬する。自分のなかにあるもの、自分の身近で見てきたもの、他人から見聞きしてきたもの、そういうものをうまく再構成して生み出されたような、とても想像に容易い狭い世界の話。 感想を述べようと思ったが、文庫は一穂ミチさんの解説が載っており、すべて書いてくれていた。こんな、祈りようなタイトルと表紙で。私もそう思った。元気が足りないラジオの該当回をかなり前に聴いていたので、「タイトルのようなほっこりとした感動話ではない」ことはもとより、大筋は知っていたのだけれど、それでも楽しめた。読みやすい文体と文字数なのもありがたかった。 本筋とは関係ないのだけれど、二谷の文学部行けなかった者特有のコンプレックスのくだりがとてもよくて痺れた。この本のなかには「本筋とは関係ないのだけれど」と前置いて褒めたくなるような人間の描写の上手いところがたくさんある。知っている。でも私はこれを肯定したくない。ミチさんも「出会いたくない」と言っていた。私はそれさえも嘘だと思う。嘘だよ、何年生きて社会人してたら芦川さんに出会わずに生きていけるんだよ。でも私は押尾さんにも二谷にもなりたくない。ほかの社員の誰にもなりたくない。でもおおよその人は、この会社のNPC社員のように振る舞うしかない。 この本のいいところは、著者が誰のことも肯定していないことを窺えることだと思う。善悪の価値観が自分とズレていない人が書いているものでなければ、こんな話とても読めない。 押尾さん視点は一人称なのに二谷視点は三人称なのも面白かった。そんな書き方許されるんだ。新鮮だった。こんなの構造的に押尾さんに肩入れしてしまうだろ。 - 1900年1月1日
- 1900年1月1日
カフネ阿部暁子ちょっと開いた - 1900年1月1日
校閲至極毎日新聞校閲センター読んでる - 1900年1月1日
いい音がする文章高橋久美子読んでる - 1900年1月1日
ケアと編集白石正明読んでる
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