Reads
Reads - 読書のSNS&記録アプリ
詳しく見る
なしな
@pearna
読書筋が衰えているので可視化したい。食にまつわる話が好きです。
  • 2026年4月26日
    コンビニ人間
    コンビニ人間
    なるほど芥川賞だな、という読後感だった。これは直木賞ではないわな。 文学としておもしろいし、扱っているテーマも、描写も、とても面白い(興味深い)、のだけれど、キツい。 自分が大学生の頃に1年ほどやったコンビニバイトの経験と、大人になってからの社会経験、この生きづらい現代日本の様々な課題を、主人公に落とし込んでよくもこんなに淡々と書けてしまうものだと思う。すごい。 私は読書体験として、文体から映像的だなと感じる作品のことを「文章が上手いな」と思うのだけれど、それは五感やカメラワークが映画っぽい(ドラマっぽい)ことから受ける印象なのかもしれない。映画化されてしまうと排除される主人公たちの容姿に俳優の「どれだけ“そういう風”にしたって容姿の整った人」というフィルターが掛かってしまうのでやはり文章のなかにだけ居てほしいと思う一方で、ラストのスーツを着た主人公が声に従うシーンをみずみずしいタッチで撮ってほしいという気持ちがすごくある。最後のシーンだけを観たい。 途中はキツすぎて本を閉じたかった(でも主人公の性格と軽やかな文体のおかげでなんとか読み堪えた)。 あ〜〜〜世の中の人はこんなエグい話を芥川賞受賞作として読んでどんな気持ちになっていたのだろう……10年前の受賞作なんですよね? なんにも変わってないっすね、平成から。どこから変わってないんですかね、やっぱ縄文時代なんですかね。キモいですね本当に!!!
  • 2026年2月28日
    帰りに牛乳買ってきて
    はりーさんの『帰りに牛乳買ってきて』 読み終わったとき記録しようとしたらまだ登録が無くて、漫画だから仕方ないのかな〜と思っていたんだけど追加されてることに気付いた!嬉しい! 本当によかった!エンパワーされた! 自分たちの生活でも感じる既視感からくる面白さ、生きづらさもたくさんかいてあって、それをどんなふうに思考して今に至るかを教えてくれる優しい本だった。 こうやってロールモデルとして世にエッセイを公開してくれる人たちがいて気軽に手に取れる環境があるおかげで救われているなあ〜と毎度のこと思う。それこそ6年前とかは毎日呪詛を吐いていた(今は違う呪詛を吐いているが)。 私は自他共に認める優柔不断で何かを決めることがとても苦手だけれど、作中「あったね1」に出てくる気付きのモノローグによって救われる気持ちになった。 漫画だけじゃなくて合間合間のコラムテキストもとても好きでした。 また何度でも読み返したいし、周りの人にも読んでほしい。
  • 2026年1月1日
    ⾳を⽴ててゆで卵を割れなかった
    シホさんの書くエッセイが本当に好きで、例に漏れずトイブックスさんでサイン本を通販した。で、ようやく読み終わった。こんなに読みやすい、しかも「食」にまつわる(自分の好きなテーマの)エッセイなのに、なかなか一気に読めなくて、少しずつ少しずつ読み終えた。でも終わってしまうとさみしいので、もう少し残しておけばよかったかなという気もする。転職する前、仕事中暇なときに、シホさんの更新されたエッセイやインタビューを消化するのが好きだった。通勤電車で読むこともあった。最近は全然そんな暇がなくてかなり溜めてしまっている気がする(それでも割と意識して読んではいるのだけれど)。 この読みやすさは私にとってはお茶漬けである。サラサラと食べやすく、あたたかで腹にも溜まり、味の種類も無限にある。食欲と読書欲は似ているかもしれない、と今思った。 シスターフッドを感じる文章が好きなのもあって、『水餃子』が好きだ。『先生』もよかった。シホさんと同い年なので、過ごしていた時代がリンクしていて自分の記憶と鮮やかに重ねられるのは特権だと思う。あの頃、東京でこんなふうに生きていた同い年の女の子という、遠くて近い存在が私のなかにある。こんなに生々しいエッセイを書いて、身を削り消耗しないわけがないのに、大丈夫なのだろうかと思う。思うけれど、書かずにいられないという衝動もわかる。エッセイってほんとうにおもしろくて、下手すると小説よりおもしろくて、それでいておそろしい。ノンフィクションとフィクションの塩梅が書き手に委ねられているから、楽しむこと自体が生きている人間を消費することに直結するようで、芸能人を推す怖さにとても近いおそろしさがある。 でも読まずにはいられないから、今年も次回を忘れずに触れていきたい。
  • 2025年12月31日
    おいしいごはんが食べられますように
    登場人物のすべてが知った人間のようでおそろしい。普遍的なキャラクターを生める作家のことを本当に尊敬する。自分のなかにあるもの、自分の身近で見てきたもの、他人から見聞きしてきたもの、そういうものをうまく再構成して生み出されたような、とても想像に容易い狭い世界の話。 感想を述べようと思ったが、文庫は一穂ミチさんの解説が載っており、すべて書いてくれていた。こんな、祈りようなタイトルと表紙で。私もそう思った。元気が足りないラジオの該当回をかなり前に聴いていたので、「タイトルのようなほっこりとした感動話ではない」ことはもとより、大筋は知っていたのだけれど、それでも楽しめた。読みやすい文体と文字数なのもありがたかった。 本筋とは関係ないのだけれど、二谷の文学部行けなかった者特有のコンプレックスのくだりがとてもよくて痺れた。この本のなかには「本筋とは関係ないのだけれど」と前置いて褒めたくなるような人間の描写の上手いところがたくさんある。知っている。でも私はこれを肯定したくない。ミチさんも「出会いたくない」と言っていた。私はそれさえも嘘だと思う。嘘だよ、何年生きて社会人してたら芦川さんに出会わずに生きていけるんだよ。でも私は押尾さんにも二谷にもなりたくない。ほかの社員の誰にもなりたくない。でもおおよその人は、この会社のNPC社員のように振る舞うしかない。 この本のいいところは、著者が誰のことも肯定していないことを窺えることだと思う。善悪の価値観が自分とズレていない人が書いているものでなければ、こんな話とても読めない。 押尾さん視点は一人称なのに二谷視点は三人称なのも面白かった。そんな書き方許されるんだ。新鮮だった。こんなの構造的に押尾さんに肩入れしてしまうだろ。
  • 1900年1月1日
  • 1900年1月1日
    カフネ
    カフネ
  • 1900年1月1日
    校閲至極
    校閲至極
  • 1900年1月1日
    いい音がする文章
  • 1900年1月1日
    ケアと編集
    ケアと編集
読み込み中...
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved