

はるき ⚠︎ネタバレ有⚠︎
@reads_hrk
長文感想を書きます
- 2026年7月10日
尾守つみきと奇日常。(10)森下みゆ読み終わった体育祭編、競技だけじゃなく故人の物語もあってとても良かった! 多様性や共生って、綺麗事ではあるんだけどね、フィクションだけでも綺麗なまま存在している姿が見れるのは嬉しいよね。 行動だけが突っ走ってる両片思いって、なんて最高なのかしら…早くくっつけ!という野次馬の気持ちと、ゆっくり二人のペースでいいんだからねぇというおばぁの気持ち、二つの特性を合わせもっている…友孝くんとつみきさんの両片思いは続く…。 気筒くんと蛇園ちゃんの筒蛇CPもね、もうね…!ここはつみゆたほど両片思い拗らせなそうな気もするけど、拗らせたっていいッ!!! 虎条ちゃんといつきちゃんの友情も始まるのかな? これまでの人間関係がより深まる二年生と、新しい出会いの一年生。ここに来て学年ごと差が出てくるの、眩しい〜!!! そして千賀くん、女装もド美人。好きです。(告白) - 2026年7月6日
キッチン吉本ばなな読み終わった図書館で目が合って、数十年ぶりに読み返した。 収録されている三作品、どれも懐かしく、命綱でもあったなと。 初めて読んだのは、確か、中学生の夏休みか冬休みだったと思う。 その頃のわたしと言えば、生来の気質と、その年頃特有の繊細さが殴りあっている最中で、よく分からないけど大変な毎日だった。ような気がする。 過去の事なので、思い出補正で多少盛っているかもしれない。 兎にも角にも、戦いの日々であった。 そう振り返れる未来へと繋いでくれた物語のひとつだった。 特別つらい事がある訳でもなく、環境も悪くなく、でも確かに苦しくてしんどくて、「いつこの人生が終わるんだろう」と受動的に待ち続けていた。 もし、能動的に終わらせたらどうなるんだろうという好奇心が勝ることなく済んだのは、もちろん本能的な恐怖が一番だけど、遺された側に続く世界を知ったからでもある。 自分を愛してくれた人達の隣に死を置くというのは、こういうことなのか。 物語に詰め込まれた、喪失感と痛々しさと浮遊感。 なんとか明日を探しながら、ゆるゆると、少しずつ受け入れていくしかない程の悲しみ。 この程度の覚悟で、それを与えてはいけないと思った。 わたしのつらさも苦しさも、誰と比べるものではなく、感じている自分の物差しで語っていい。 その原因が「誰か」ではなくても、生活環境に恵まれていても、当時のわたしは確かにしんどかった。 それでも、それでもだ。 自分の人生を手放した後に、泣くに泣けず、受け止めきれず、明日を彷徨う人達がいるかもしれないんだと、思い浮かぶ顔を登場人物達に重ねて、ダメだと思った。 読み返すまで、そんなすら、すっかり忘れていたけどね。 人間なんてそんなもんだ。 けど、根本的にはたぶん、なにも変わっていない。 今も「早く終わらないかなぁ」と受動的に思っている。 隣に死を置きたくない人は少し増えた。 だから、目が合ったのかもしれない。 物語を読んで心を満たして、お腹を満たして、そして眠って。 今のわたしは「誰かを悲しませたくない」ではなく、「自ら生きるために」その営みを積み重ねている。 お前にはそれが必要なんだと、時を超えて、また教わった気がした。 - 2026年6月30日
レベル7(セブン)宮部みゆき読み終わった色んな出来事が凝縮されてるのに、たった四日間の出来事だからダレる事なくサクサク進む。登場人物は増えていくのに、読みやすさは損なわれない文章力。 最後の最後までハラハラして、本当に読み応え抜群だった! 解説含め777ページで終わるのも美しすぎる。 法治国家に生きる身として、裁かれる者が裁かれる社会であってほしい。けど、権力がある者はそれに守られ、そうでない者は不利を被る事もあるように思えてしまう。不条理だ。 いまは一億総発信者時代で、あらゆる立場の人達の声が可視化されている。 それでも、たぶん、揉み消されている声は数多あるのだろうと思う。 理不尽で不条理だ。 不条理の中で、真行寺一家の善に救われる。 善のための悪も、悪のための善も、どちらも不要な社会であれ。 - 2026年6月22日
ノモレ(新潮文庫)国分拓読み終わったペルーのアマゾン奥地で、かつて同族だったかもしれない先住民との接触を試みる現地民族の男性・ロメウを追ったルポルタージュ。 ロメウを起点に第三者視点で書かれており、また、日本に生きるわたしには馴染みのない生活環境なこともあり、フィクションのように読み進めてしまう。 文明化された社会に生きるわたし達は、こちら側に来ることが彼らにとっても幸せなのではと考える。 天候で寝食を左右されることなく、多くの怪我や病を克服し、安全で清潔な日々を送ることが出来るから。 同時に「先住民を守らなければいけない」と、使命感のような庇護欲を抱く。 全てこちら側の価値観で、それを彼等に「理解させる」というのは、恐らく傲慢なのだろうと思う。 だとしても、同じルーツを持つ人々の力になりたいと願う心を、傲慢と一括りにしたくない。 他者を思うその心が変えたものも、確かに存在するはずだから。 「与える側」と「与えれる側」で構築された関係性を、対等なものへと書き換えていくのは、とても難しい。 同じ国に生まれ、同じ言葉を話す日本人同士でも、一度築かれた関係を再構築するのは苦労を要する。 生活環境どころか、価値観も言語も違う相手となれば、諦めた方が互いのためのようにも思う。 それでも、川岸から呼びかける人は、どの時代でも絶えず存在するのだ。 ノモレ、ノモレ。友よ、友よ。 今日もその声はどこかの森に響いているのだろうか。 - 2026年6月16日
作りたい女と食べたい女 6ゆざきさかおみ読み終わった久しぶりの新刊だ〜。 お話が進む事に、なんというか、こう…隙あらば社会への怨嗟がすごいよね……たまに辟易してしまうのだけど、これも「マジョリティだから」って言われるんだろうなぁ。 パートナーを抱きしめるとか、励ますために手を握るとか、わたしはその都度許可なんて取らないでって思うけど、彼女たちはそれが心地いい距離感って事なんだよね。 どの作品もそうだけど、あくまで物語を通した「作者の主張」で、総意ではないこと、忘れないようにしたい。 でも、読む度に疲れちゃうから、次巻買うのは保留にするかも。知りたいなって思うのに、根性がなくて申し訳ない。 - 2026年6月12日
ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス栗田シメイ読み終わったネットでも話題になっていて、概要だけは知っていた、秀和幡ヶ谷レジデンスの独裁管理理事についてのレポ。 常軌を逸した闘いだった……。 こうしてまとめて読むと、理事会への賛同が9割を超えていたという事から疑ってしまう。マンション自治を正常化するための、至って真っ当な主張への賛同者を「過半数」集めるために、これだけの時間と労力が必要だなんて…一度手放してしまった民主制を、法のもとに取り戻すのって、こんなにも難しいことなんだと驚愕する。 一つ一つは些細だったり、「住民のため」という大義名分のもとに変えられていくルール。 本当に「住民のため」だとしても、あまりにも過剰すぎる規制。 閉じられた場所で知らぬ間に決められたそのルールを、住民は守るしかない。 委任状というたった一枚の紙で、彼らに意思決定を委ねたのだから。 そしていつしか、闘うことすら諦める。 現状維持が一番なのだと言い聞かせ、湯だったカエルになってしまう。 これはマンション自治の話だけど、政治にも同じ事が言えるんだろうなと思う。 自分の一票を蔑ろにしてはいけない。 一票の重みを知るほどに、関わることや選ぶことに責任が伴う。 その責任を「面倒い」「よく分からない」と言って放棄することは、権力者にとってメシウマ案件でしかない。 自治とは、自ら治めると書く。 委ねてはいけない。放棄してはいけないのだ。 今の自国の歩みを振り返り、強く強く、そう思う。 - 2026年6月8日
憧れの作家は人間じゃありませんでしたEXスカイエマ,澤村御影読み終わった発売日に買っていたのに、ようやく読んだ。 夏樹くんって、ほんっっっとうにイイヤツ…! こんなにイイヤツなのに、何で彼女が居ないんですか?24時間体制で山路さんにこき使われるからですか?そうか……夏樹くん、幸せになってほしい……。 高良さんも大好きだったから、フォーカス当てたお話、嬉しかった。人間社会を、人を愛してくれてありがとう。 人の数だけ愚かで、人の数だけ愛しいのが人間なんだな。 最近は愚かさの方が目立っていて、心が苦しくなるが……。 そして!そして!! ハッピーエンドのその先を見せてくれて、ありがとうございます。本当にありがとうございます。 御崎先生のあさひちゃんに対する(言葉通り)生涯の愛の、ほんの一端だけでも、見せていただき…光栄でございます…(合掌)。 欲を言えばこの先の歩みを掻い摘んで拝見したい気持ちは山ほどあれど、本来なら終わっているはずの物語の先を覗けたことに大感謝です。初すぎるあさひちゃんに、我慢と気苦労が耐えない日々かと思いますが、それも再び出会ったからこその感情だもんね。 いつまでもハッピーなまま過ごしてほしい。 また彰良先生の方でも会えるといいな。 最高のEXでした! - 2026年5月31日
本と鍵の季節米澤穂信読み終わったシリーズと知らず、二作目を読んでからの一作目になってしまったけど、問題なく楽しめた。 むしろ、この物語を通して尚、二作目の距離感な二人が良い。 謎解きと並行して、謎の向こうにある人間関係や思惑に触れていく事になる。 謎を解き明かして、人の心もスッキリ解決!といかない。 それは、依頼してきた生徒だけでなく、堀川と松倉にも言えることで。 視点や思惑というのは、その人の為人から来るものだからね。 二作目同様に、「日常の謎」と言うには、話題の重量が少々大きいように思う。 だって、主人公は高校生だ。 「大人」までのカウントダウンが始まっている、けれど、確実に子どもである年齢。 それなのに、一つ一つの物語を見ると、有り得ないと言いきれないところが悲しい。 身体は家庭の負荷を背負えるほどに成長し、時に大人になる事を迫られる。 まだまだ守られるべき存在なのに。 実際に、大人と呼ばれる日々を積み重ねていくと、全ての子どもが「子ども」と定義される不可逆的時間を、心理的身体的安全性が担保された場所で過ごしてほしい。 そう、願わずにはいられない。 松倉が、高校生という人生で見たら一瞬の日々の中で、過去を共有したいと思える相手に出会えたこと。 彼を高校の図書室という、学生の象徴のような場で待っている友人を得たこと。 それを僥倖と呼ばず、なんと呼ぶのか。 二作目から読んだので、堀川が待ちぼうけせず済んだ事は知っているものの、最後の一文に喉奥がぐっとなった。 - 2026年5月28日
漁港の肉子ちゃん (幻冬舎文庫)西加奈子読み終わった西加奈子さん、初めまして。 インタビューやトーク番組はたまに見聞きしているのだけど、著書を読むのはまさかの初。 文章のテンポがよく、読みやすいなぁ。 自分が置かれた状況をどう解釈するかで、幸不幸は決まる。 現状からなにを拾って眺めるかは、自分で選べるのだ。 といっても、苦しい状況の中で小さな幸せに目を向け続け、前向きでいられるかは、難しい。 難しいことを当たり前にやっているから、誰もが肉子ちゃんの側では笑顔になってしまう。 なんか、大丈夫な気がしてくるから。 肉子ちゃんのようにはなりたくないけど、それでも、肉子ちゃんを好きになってしまうのだ。 キクりんの「今のままでいたい、何も選びたくないし決めたくない」というのは、どう抗っても変わっていく体と心へのささやかな抵抗なのだと思う。 自分が存在することへの罪悪感なんて、どんな人も抱えなくていいはずだけど、一度抱いてしまうと、手放すのは難しい。 抱えていた思いを吐露したあと、キクりんの心と体は一つ大人に近付いていく。 人は、安心して間違ったり恥をかけたりする場所で、安心して成長することが出来る。 キクりんはこれから、沢山間違えたり、恥をかいたりするんだろう。 あの小さな漁港で、おかしな家族の中で、成長していくのだ。 その人のままで、少しずつ変わることを丁寧に描いた物語だった。 アニメ映画も観てみよう。 - 2026年5月19日
栞と嘘の季節米澤穂信読み終わった登場人物たちが既にある程度の関係性を構築済みだったり、ところどころ『過去の出来事』を共通認識として話が進んでいるのに違和感を覚え、調べてみたらシリーズ小説の二作目でした。なるほど。 違和感はあれど、物語としては独立しており、前作を読まなくても楽しめた。 返却された本に挟まれた一枚の栞から始まる、パンくず広い系ミステリー。 限られた情報を辿りながら紐解いていくのって、なんでこんなに楽しいんでしょうね。 米澤さんは日常の謎の名手だけど、今作を日常とするには少しテーマが重い。 明確な描写や言及はないにせよ、動機のひとつに性加害が絡んでいるだろうミステリーを『日常』とは言いたくない。 高校が舞台で、主な登場人物も学生である物語だから、なおさらだ。 主人公の同級生の女子の言葉に対し、主人公たち男子がピンときていなかったり、物事への捉え方の感覚の小さな違いがリアルだった。 どうしたって、女じゃないと見えない世界というのはある。 ※SNSでよく見るような、男女を分断する話をしたいわけではない。 作中でチラチラ出てきた、堀川くんと松倉くんの間に起きたことや関係性などが気になるので、前作も読もうと思う。 - 2026年5月18日
リボルバー原田マハ読み終わった学が無さすぎて、どこまでが史実でどこまでがフィクションなのか分からないところが多く…それほどまでに、違和感なく物語が構成されている。 ゴッホとゴーギャン、実在した二人の画家と、彼らが遺した実在する記録。そこから推察された歴史的解釈。 物語として新たに足されたフィクションのピースを含め、主人公・冴は美術史家として、真実を考察していく。 ゴッホやゴーギャンが画家として望んだ以上の評価を獲得した一方で、彼らの作品が生まれた場所や、作品が生まれるために必要だった関係の人々の元に還元されないのは、資本主義の強欲さが出ているなと思った。 でも、権威ある美術館やオーナーの元で適正に管理されてきたからこそ、わたしのような一般人でも安価でお目にかかれるわけで……おこぼれに預かっている身としては、なんとも否定しがたく、肩身が狭い。 物語とは外れるけど、13歳の少女を愛人にしていたというゴーギャンに嫌悪感が止まらなかった。 その時代の価値観は到底受け入れ難いものだけど、それは現代に生きているからであって、当時に生きていたら、なにも思わず受け入れていたのだろう。 決して許容すべきものではないけれど、負の歴史として、現代価値観とは一線を引いて読むべきだなと思う。 嫌悪感を抱いた事も、自分の道徳心として大事にしたいし、倫理的にもそういう社会であってほしい。 最後に、解説で印象的だった一文を引用する。 『歴史家はひたすら失われたピースを探し、小説家は空白に絵を描き上げる。』 - 2026年5月16日
海が走るエンドロール 9たらちねジョン読み終わった完結おめでとうございます! 寄せて引いて、どこかで交わって、混ざって、また寄せて引いて。 どこかで誰かを引き寄せた波は、また別の誰かを押していく。 孤独はただの状態で、どう解釈するかは自分次第だと思っているのだけど、その解釈が波となって誰かの元に届いて、何かが変わる。 何かを創り、発して、残すって、そういう事なのかも。 なににせよ、能動的に生きる事でより多くの波に触れられる。 その波間を漂う船と、ささやかな出会いがあったりする。 人は怠惰だから、何もしなくても漂うことが出来ると知ると、すぐに舵取りを流れに任せてしまうけど。 流されまいと必死に波に抗ったり、時に流されてみようと委ねたり、自分の意思で波を選び続ける人でありたい。 最後まで、大好きな漫画でした。 - 2026年5月12日
邪教の子澤村伊智読み終わった物語の始まり的に、自分たちの生活に疑問を持ち、カルト脱会を目論む話かなと思ったけど、澤村伊智さんがそんな希望に満ちた物語を書くわけがないですね。 ぽつぽつと落とされた違和感も回収されつつ、途中から「ん?」と思い、ラストより随分手前で終着点に気付いてしまった。 カルト宗教を題材に、内実をより深く書いた作品が多くある中で、物語として物足りなさを感じる。 ミステリーとして先が分かりすぎてしまうし、人怖ホラーとしては弱いし……わたしは澤村さんの書く「一見するといい人だけど、実は人を踏みにじって来た人」の描写が物凄くリアルで好きなので、それを宗教に落とし込んだものが読みたかったなー! 比嘉姉妹シリーズや他の著書が魅力的が故のハードルの高さですね。 よく言えばサラッとしている。 特にエンタメ寄りというか、映像化したら面白そうだなと思った。 - 2026年5月10日
火車宮部みゆき読み終わった宮部さんの昔の著作は電書化されてないものが多いので、図書館で借りて読んだ。 長編だし、新たな登場人物が次々と出てくるのに、恐ろしいほどするする読める。 元婚約者の依頼から、一人の女性の身元を探っていくうちに、二人の女性の人生を辿ることに。 平成初期の物語だけど、元号が変わった今も、こうしたトラブルを抱える人達は多い。法整備されて、表面的には整ったんだろうし、当初に比べたら格段に守られているとは思うけど。 作中にあったように、ローンやクレジットというシステムが悪なのではない。使う側のわたしたちが未熟なのだ。 新しい技術やサービスを前にした時、常に頭に置いておく必要があると思っている。 でないと、使う側から使われる側になり、飲み込まれてしまうから。 ここまで極端でないにせよ、人は思っている以上に簡単に落ちていく。底に辿りついてようやく、落ちた事に気付く事もあるのだろう。 その場所から生き進むために、どの手段を選ぶのか。 いまの場所では考えつかない、選ぶはずないと思う選択を、選ばされることだってあるかもしれない。 彼女は別の世界線のわたしかもしれないのだ。 「ここで終わり?」と思ったけど、なぜ彼女がこの人生をえらばざるを得なかったのかを丁寧に描いてきて、それでもなお、彼女の言葉を欲するのは求めすぎだろう。 この物語の核は、彼女の告白ではない。 全てが語られる分かり易い物語は気持ちいい。 けれど、気持ちよさに脳を溶かし消費させることなく、快楽だけで終わらせない。 物語のテーマと締め方がしっかり結びついていると感じた。 - 2026年4月30日
真実の10メートル手前米澤穂信読み終わったフリーのジャーナリストを主人公とした、六編から成る短編小説。 様々な事件の些細な取っ掛りを、現地取材により紐解いていく。 2時間ドラマシリーズのような短編だなぁと思った。 主人公と言っても、それぞれの物語で語り手が違っており、主人公の心情は読めない。 また、刑事や探偵ではないので、全てがすっきり終わるわけではない。なんだか小骨が喉に引っかかる感じが、米澤穂信さんって感じ。人間が引き起こすアレコレって、一つ一つは単純でも、交差するとぐちゃぐちゃって事ばかりだもんね。 前情報を入れず、何気なく手に取ったので知らなかったのだけど、「王とサーカス」も同主人公らしい! 読みたかった事を思い出し、図書館の予約リストを更新しました。 - 2026年3月31日
殺人出産 (講談社文庫)村田沙耶香読み終わった作者の頭の中、どうなってるんだ。 わたしたちの日常では忌避する行為や言葉がナチュラルに「感謝すべきもの」や「当たり前のこと」として扱われていて、今生きている現実とのギャップに、モゴモゴと咀嚼も出来ないまま口に残る。 そのまま残るかと思いきや、読み易い文体が手伝い、さらさらと勝手に砕けて喉奥に進んでしまう。 半ば強制的に嚥下した物語たちは、案の定、消化不良のまま胃の中で溶かされるのを待っている…。 ずっと違和感があるのに、無味無臭な気もする。 倫理観的に確実におかしいのに、どこか分岐を違えたらそういう世界に繋がるのかもと思ってしまう。 わたしは、この物語の設定に「無理がある」と薄気味悪さを感じる世界で生きていたい。 - 2026年3月20日
恋せよキモノ乙女 15山崎零読み終わった最初は何をしたいのかも分からなくて、なんとなく会社員をしていたももちゃんが、好きの気持ちでここまで…ただの恋愛漫画かと思っていたら、お仕事漫画としても読めるようになって、それはももちゃんの成長あってこそだよ。 好きを仕事にする苦しさってもっとあるし、こんなにトントン拍子に上手くいくことも少ないと思うけど、夢があっていいよね。 ももちゃんがおばあちゃんから受け継いだ着物が、次はももちゃんの娘に引き継がれていく。 着こなしは違えど、その柄や染物の意味を理解して、日常に落とし込む。 文化を受け継ぐってこういうことなんだなって思った。 - 2026年3月20日
- 2026年3月16日
たゆたえども沈まず原田マハ読み終わった大ゴッホ展in福島の予習として読んだ。 実在した人物(ゴッホ兄弟、林忠正)を元に、架空の人物である加納重吉を読者視点の語り手で登場させることで、ゴッホ兄弟の生涯を物語(フィクション)として書いたもの。 社会に適合できず、上手く生きられないヴィンセント。 社会の中で器用に立ち回り、家族を支えるテオ。 生涯孤独だったとされるヴィンセントだけど、彼の死後に後を追うように無くなったテオや、その絵の価値を多くの人に広めたヨー(テオの妻)の献身を見ていると、孤独とはなんなんだろうと思ってしまう。 どれだけ周囲が手を差し伸べ気にかけても、本人に受け入れる土壌がなければ、孤立を極めてしまう。 他人を受け入れる土壌というのは、自身の自立があって初めて成り立つんだろうと思う。自分が立つことも出来ない土壌に、他人が立てるわけもないので。 愛していても、大切でも、寄りかかられるだけでは倒れてしまう。 孤独というのは、相互によって生まれる虚ろなのだ。 依存しきる前にテオの元を離れたのは、少なからず兄の矜恃があったのかもしれない。 自分には絵しかないのに、社会から認められないヴィンセント。 絵を売る才があるのに、兄の絵は売れないテオ。 時代が噛み合わなかったといえばそれまでだけれど、たゆたい続けるにも先だつものが必要なわけで。 自分の才が、大切な相手を追い詰めていた事を知った時の絶望は。 どちらの絶望も等しく苦しくて、胸が詰まる。 現代の言葉でなら、鬱やアルコール依存症など、なにかしらの診断がつき、寛解するための方法も程度確立されている(簡単な道のりではないし、本人も周囲もしんどい事に変わりはないが)。しかし、その概念が存在しない世界では、砂漠で砂金を探すような途方もなさだったのではないだろうか。 他人の絶望を美化して物語化するものではないと思う。 けれど、日本でゴッホがこんなにも人気な画家であるのは、ヴィンセントの絵が素晴らしいというのはもちろんあるが、彼らの絶望と愛の物語が日本的であるからなのかもしれない。 日本にゴッホという画家が届いたのは、たゆたえども沈まぬ家族の献身があったからなんだと知れた一作だった。 - 2026年3月8日
読み終わったKindle Unlimitedで借りた。 物語の世界と実社会がリンクしているので、掻い摘んで聞き齧っていた言葉や出来事が、「こういうことなんだ」と理解に繋がった。 ネットを介しての大きな闇取引に巻き込まれているにも関わらず、どこまでも「日常」から地続きで。 実際に能力があってグレーな所で生きている人達が、こうして意図せず巻き込まれていくことってあるんだろうなと思った。 社会のシステムを「hack」して、クレバーに淡々と生きているように見える主人公も、大きな決断は感情によって下された。 一部では冷笑系と斜に構えた物言いが流行っている昨今だけど、どんな行動も詰まるところ、感情から繋がるものだよなぁと思ったりした。 厨二ウキウキキャラであるHALが主人公のスピンオフを書いて欲しいなー!
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