はるか
@rlha_tinue
2026.04〜
- 2026年6月8日
反出生主義入門小島和男読み終わった私は物心ついた頃からずっとうっすら希死念慮に付き纏われながら暮らしている。 「消えたい」「死にたい」というような。 この先の人生でどれほど楽しいことが待っていようとそのために苦しみを享受しなければならないのであれば、楽しいことにそれほどの価値はないし、だから消えたい、そう思っていた。 ただ、いつかの日記に、「生まれてこなければよかった、と言うには私の人生には心から楽しいと思えた瞬間が決して多くはないが、あって、そうは言い切れない。」と書いていた。 この本を読んで「始める価値」と「続ける価値」を区別して認識できるようになったのは大きな収穫である。 たしかに私の人生は始める価値はなかった、これは揺るぎなくそう思っている。しかし、続ける価値がないかと問われたらそれに対して明確に結論づけることはできない。「わからない」のだ。 でもそれでいいのだと思えた。「わからない」と答えを保留にしておくうちは、少なくとも人生を続けてみようと思う。 希死念慮が付き纏っていたり、生きる意味についてクネクネと考えてしまったりする自分に辟易したりもするが、それはもしかしたら私が「良く生きたい」と強く願っているからなのかもしれない。 私なりの人生に対する真摯な対峙なのかも。 ---- 反出生主義へのよくある否定的な反応として、「生まれてこないほうが良かった、なんていうなら、さっさと死ねばいいのでは?」というようなものが挙げられる。 それに対して筆者(というかベネター)は始める価値と続ける価値の区別を挙げる。 例えば、休日映画館に来たとして、観始めた映画があまりおもしろくなかったら「来なければよかったなあ」と思うかもしれない。しかし、だからといってすぐに映画館を出ていくとは限らないのではないだろうか。 映画の評価として「即刻観るのをやめるほど最悪」(続ける価値がないと判断する)と「わざわざ観に行く価値はなかった」(始める価値がなかったと判断する)というのはまったく別の基準で判断されるからだ。 ベネターの考え: 生まれてきてしまうと誰しも人生の中で、風邪を引いたり怪我をしたりしてしまう。それらは紛れもなく「避けたいこと」「嫌なこと」であり、苦痛でしかない。また、生まれたら必ず死ぬ。死ぬことに通常は恐怖を伴うし、多くの場合苦痛も伴う。そういった苦痛は、生まれれば確実に味わうことになるが、生まれさえしなければ、被ることはない。「それでも始めた方が良い人生なんてあるか?」 →ベネターは生を永遠の相のもとに判断する、究極の客観的判断が可能であるような前提で話しがちだが、実際には生に対しての価値の判定は難しく、客観的に決定できるものではないのではないだろうか とはいえこのような反出生主義的なネガティヴなスタンスは、ときにポジティブなスタンスよりも優しく誠実である 「すべからく人生に始める価値はなかったのだ、楽しく生きているような人は勘違いをしているだけだ。苦しいかもしれないがあなたは正しい認識を持っている」と語ることがどれだけの慰めになるだろうか 「これから幸福になれる、頑張ろう」という方が無責任かつ残酷ではないか? →筆者は「生まれてこないほうがよかったか?」という問いに対して「わからない」というスタンスをとる 有史以来わかった人などいない それでも、「良く生きたい」と思うのであれば、自分の生に向き合うしかなく、自分の生を哲学するしかない 良く生きようとする人には最期まで「自分にとってどう思えるか」を考えていくということが要請される そういった要請も、地獄の、人生の、人間の苦境の一つでしかないとしても。 その他のトピック: ・ベネターは「生きていくこと」よりも「子どもをこの世に生み出すこと」に反対しているっぽい ・反出生主義は「生まれてこないほうがよかった」と訳されがちだが、『Bettter Never to Have Been 』なので、「生まれてこないに越したことはない」的なニュアンスで、「始める価値」の話をしている - 2026年5月19日
スイートリトルライズ江國香織読み終わった江國香織の小説の、孤独と脆さの匂いが好き。 心にひんやりと寄り添ってくれる感じがする。 いつの間にか誰かが生活の中心になってしまうこと。寄りかかっているはずなのに、心はぽっかりと空虚なこと。 - 2026年4月22日
カント入門石川文康読んでる - 2026年4月18日
教養としての建築入門坂牛卓読んでるめっちゃ面白い。理路整然としていて読みやすい。 第一部を読んだ。 「ポストモダニズム」という言葉は建築発祥らしいが、本書を読んでポストモダンへの理解が深まった。 建築とファッションの関係も面白かった。 被服的でありかつ開放的な家に住みたいな〜 - 2026年4月16日
- 2026年4月10日
- 2026年4月9日
ヘーゲル読解入門(上)コジェーヴ,上妻精,今野雅方読み終わった第二章まで読んで、飽きてしまったので一旦中断。 友達の解説を聞いてまた戻ってくるかも。 「人間的欲望、より正確に表現するならば、人間の生成をもたらす欲望、すなわち自己の個体性、自己の自由、自己の歴史、そうして自己の歴史性を意識する自由かつ歴史的な個体を構成する欲望ーこのような人間の生成をもたらす欲望は、実在する「肯定的」な所与の対象ではなく、他者の欲望に向かうという事実によって、(ただ生き、ただ自己の生命感情をもつにすぎない自然的存在者を構成する)動物的欲望と異なる。 このようなわけで、例えば、男女間の関係においても、欲望は相互に相手の肉体ではなく、相手の欲望を望むのでないならば、また相手の欲望を欲望として捉え、この欲望を「占有」し、「同化」したいと望むのではないならば、すなわち、相互に「欲せられ」、「愛され」ること、或いはまた自己の人間的な価値、個人としての実在性において「承認され」ることを望むのではないならば、その欲望は人間的ではない。同様に、自然的対象に向かう欲望も、同一の対象に向かう他者の欲望によって「媒介され」ていなければ人間的ではない。すなわち、他者が欲するものを他者がそれを欲するが故に欲することが、人間的なのである。 このようなわけで、(勲章とか敵の旗など)生物的な観点からはまったく無用の対象も、他者の欲望の対象となるから欲せられうる。このような欲望は人間的欲望以外の何物でもありえず、動物的実在性とは異なったものとしての人間的実在性は、このような欲望を充足させる行動によらなければ創り出されない。つまるところ、人間の歴史は欲せられた欲望の歴史なのである。」(p.15-16) このあたりおもしろかった。 - 2026年4月7日
- 2026年3月28日
ババヤガの夜王谷晶読み終わった
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