

浅田瑠衣
@ruiasada
人文書、語学、詩歌少し
自分でも本当はよくわかっていない難しげな言葉でごまかさず、いつでも平易な言葉で答えたい
そのために深く理解したい
記録苦手
2026年は琉球・沖縄の本を中心に
- 2026年5月24日
ローワライ(1)雪野朝哉読み終わった聴覚障害に関する取材をしている記者の友人から、話題の漫画として教えてもらった。 手話で話す様子を漫画だとこんなふうに表現するんだなと全体的に興味深く読んだが、ボケとツッコミの応酬の部分では笑わなかった。私はもともと読むのが遅いうえ、漫画は細かい絵の描き込みまで見て、さらにページのあちこちを目に入った順に読むので、ノリとテンポが要の作品とは決定的に相性が悪いのだろう…もったいなくて悲しい。同じような理由でアクションシーンも退屈で(というかもはやこの読み方だと何がどうなっているのか全然つかめず)飛ばして読んでしまうので、戦うタイプの漫画も合わない。漫画じゃなければ今読んでいる行以外を隠すことで順番に読むことができるのだが…。 ところで1話では手話で話された言葉がカギカッコ付きで表現されていたが、2話以降はカギカッコなしになっていた。どのような考えでそうなったのか気になる。 お笑いの漫画なのに自分の特性のせいで笑うことはなさそうだが、2巻目も読む予定。 - 2026年5月19日
ふつうの未来越智友亮読み終わった計算されたさりげなさが心地よかった。Amazonで星1をつけられているのを見て、若くして注目された人はこうやってひがまれちゃうのかな、大変だな、などと勝手に想像した。 数学をやめ台風を待っている という、自分!目の前!今!みたいな句はうんうんわかるわかると頷けるし、 琥珀に虫地球に人がいて三月 という、神視点!スケールでか!なんで三月?みたいな句もそれはそれで不思議を楽しみながら読めた。 むしろどっちかだけだと私は飽きちゃうかもしれない…そのバランスがいいのかな。 18歳の頃に作った連作も31歳の頃に作った連作も、それぞれの味わいがある。句に出てくるアイテムも違うし、そのアイテムとの心理的な距離感も違う気がする。18歳のほうはアイテムが他者っぽくて、他者と出会う驚きみたいなものが強く出ているけど、31歳のほうはアイテムに共感しているシーンが多かった。でもなぜかどちらも同じ人が作ったことに納得感がある。それが不思議。 - 2026年4月30日
地下鉄で隣に黒人が座ったらイェロン読み終わったしばらく記録を怠っていた。 本屋で排外主義に関する別の本を探していて店員に声をかけたが、在庫がなく、代わりに何かおすすめはないかと尋ねて教えてもらった本。 韓国の漫画エッセイで、黒人のパートナーを持つ著者が、これまでパートナーが受けてきた差別やパートナーと一緒にいるときに自分が浴びる視線などについて描いている。 日本では中国人や韓国人に対する差別の声が大きく(最近はクルド人に対する声も大きい)、そちらにばかり気を取られがちだが、本書を読んで、黒人だからこそ受ける差別も存在すると知った。韓国の本だが、いくつもの事例を見るに、日本にいる黒人も似た傷つけられ方をしているだろうと予想できる。「外国人差別」という枠にくくって構造を捉えなければいけない場面もある一方で、別個に見ていかなければならない問題も当たり前にあり、それをめんどくさがって大きな主語で話し続けてはいけないなと思った。 - 2026年2月23日
難聴を生きる 音から隔てられて宇田川芳江,宿谷辰夫読み終わった前半は二十数名の当事者の手記で、後半では難聴に関わる知識について簡潔にまとめられていた。 中途失聴・難聴と一口に言っても、人それぞれに状態や経験が異なることがよくわかり、先天的なろうと比べて中途失聴・難聴を軽く見ていた自分に気づくこともできた。日本手話よりも日本語対応手話が純粋で偉いということももちろんなく、それぞれが必要とされている。 一人でいるときは障害を感じにくいところが視覚障害と異なる、だからこそコミュニケーション障害である、というような内容があり(メモを忘れてしまい正確に引用できない)なるほどと思った。 - 2026年2月22日
沖縄の米軍基地高橋哲哉読み終わった県外移設を主張する論者の本をすでに何冊か読んでいるので、第3章までは復習のつもりで読んだ。り日本人」石田雄氏と「沖縄人」新城郁夫氏による県外移設批判論に応答する第4章と、本書の大筋からやや逸れる各論へのコメントを残した第5章をもう一度読んで理解を深めたい。 - 2026年2月2日
読み終わった米軍基地、米軍支配とたたかっている他のアジアの民衆には、私たち沖縄人はアジアに米軍を置く日米安保を支える日本政府とそれを支える日本国民(日本人)に問題提起しているのだといおう。これは、この一世紀をはさんだ日本の植民地責任、戦争責任、戦後の日米のアジア支配、これらを支えてきた日本人問題であり、このように沖縄人が対峙している日本人と、あなた方はどのように向き合おうとしているのか、と尋ねよう。 (p286) 日本人でヤマトゥンチュで和人の私は、当然ながら、戦争や植民の被害を受けた側としてアジア諸国とつながったことはなく、自分たちとの向き合い方を相手に問うこともないので、上記の「日本語」を非常に新鮮に感じてしまった。 本書に『ウォール・ストリート・ジャーナル日本版』の記事からの引用で「米国は、在日米軍なくして、アジア地域で確固たる軍事態勢を維持することは不可能だ。かといって、たとえ他のアジア諸国が米軍のアジア駐留をどんなに望んだとしても、代わりに米軍の受け入れを申し出る国があるとは思えない」という記述があった。 私のような都市部に住む人間が、「自宅の隣に米軍基地が来るはずがない。広い敷地のある田舎に来るだろう」と知りながら基地引き取り運動に加わることは、NIMBY的な暴力の入れ子構造をもう一層増やす。もちろんその暴力よりも沖縄への暴力、基地の集中のほうが問題が大きく複雑であるということはわかるし、「基地を沖縄だけでなく日本中からなくそう」と唱え続けることがその問題を先送りするうえ、まさに今沖縄が受けている暴力への無視を正当化しているということもわかる。それでも、一層増やすことがやむを得ないとは言い切ることができないし、「引き取り運動は社会が基地問題にスポットライトを当て議論を始めるための呼び水だから、実際にどこに引き取るかという点はまだ考えなくていい」と捉えることもできない。しかしそうやって問題が複雑であることを盾にして先送りし続ける態度もまた、沖縄以外の地域に住む人間の特権性の表れであり暴力的だ。 読もうとしている沖縄関連の本がまだ2冊以上ある。これも先送りだと思いながらもひとまず読む。 - 2026年1月26日
日本手話のしくみ岡典栄,島村満里子,バイリンガル・バイカルチュラルろう教育セ,バイリンガルバイカルチュラルろう教育センター,赤堀仁美読み終わったおもしろい…。日本手話と日本語対応手話があることを最近ようやく知って読んでみた。 これまでいろいろな言語を学ぶなかで、①耳で学ぶのが苦手、②学んだことのない文字の体系でないとやる気が続かない、という自分の特性を嫌というほど思い知った。そのため、アイヌ語やインドネシア語、ベトナム語、中国語などに興味を持ちつつも、いずれも避けてきてしまった。 手話については、日本語と大体同じ(だからつまらないだろう)と勘違いしていて、しかも文字に書かれることがないということで、福祉の観点では興味があっても言語の一つとして興味を持つことがなかった。 しかし本書を読んだことで、まず日本手話は日本語と異なる言語であるとよく理解できた。また、自分にとって「二次元に書かれた文字を読む」ことが面白いのではなく、何かを読み解くことが面白いのであって、それは三次元の空間であってもよく、むしろいっそう興味深いこともわかった。 本書を読んでから日本手話が学べるサイトに登録し、授業の動画(本書の著者も登場する。妙にうれしい)を見て問題を解いているのだが、当然のように無音…! NHKの手話講座のイメージを持っていたので、音声と字幕で説明をしてくれるのだろうと思っていたが、このサイトの動画では手話とイラストのみで学習が進んでいく。他の言語でもその言語のみを使って進める授業スタイルがあるので、それと同じなのだと思う。今のところ、この視覚情報のみの学習スタイルは、自分でも驚くほどストレスが少ない。だからといってカンタンに身につくということでもないし、手話ならではの壁にこれからぶつかる予感もあるのだが、このサイトの上級者コースまではひとまず学習してみたい。 - 2026年1月16日
新編 虚子自伝高浜虚子読み終わった世の中には何でも知っている人がある。そういう人は尊い存在であるが、私等はそういう人に物を聞く側に立っている。……子規はそんな痩我慢を言う者を非常に憎んだ。 (p126) 子規は弟子の自分に読書を勧めたが、自分は一冊読んだだけだったと虚子は振り返る。そして「無学者」であることに開き直った態度を見せる。 しかし生涯を通してということであれば、虚子は子規よりたくさん本を読んだのではないか。子規は34歳没、虚子は85歳没。長生きにはそういうおそろしい価値がある。 文化人を集めたなんらかの会合に関する記述が多く、その部分はつまらなく感じてしまった。一方、なんでこんなことをわざわざ自伝に書いたんだろうと思うような話がおもしろい。海で飼い犬が野良犬に絡まれ、どんどん沖に逃げて岸に戻れなくなってしまったため、虚子が尻をまくって追いかけ、野良犬をステッキで叩いて追い払おうとするエピソードもなんだか味わい深かった。以下引用。 人々の良い観せ物になっておったということを知って、俄に恥ずかしいような心持がいたしました。そうしてほとんど着物全体を水浸しにして、しょぼしょぼと砂浜に上ってくる私を、家人や子供は恥ずかしそうに見ておりました。 (p64) こういう瞬間を、死が迫るほどにいくつもいくつも思い出せるような人生を送れたら、最高。 - 2026年1月11日
- 2026年1月11日
読み終わった1年以上中断してしまったミャンマー語の学習を再開するにあたって再読。読むうちに思い出してきた。ネイティブから見ると不自然な表現もあるようだが、日本語で書かれたミャンマー語の教材が少ないため、市販の本をとっかかりにして本格的に学びたい人にとっては本書一択という状況だ。 本書の次に読むべき本、つまり初中級以上となると、おそらく一冊も存在しない。仕方がないからとネットで文法を調べたところでほとんどヒットせず、ChatGPTさえミャンマー語をうまく操れない。現状、英語を介さないと独学では中級の先にいけないのだ。 しかし、日本に暮らすミャンマー人は激増しているので、その人たちともっと細やかなコミュニケーションを取りたい日本語話者も増えているはず。多少値が張ってもいいので中級以上の文法書を作ってほしい。
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