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@scott_fitzgerald
文学を研究している22歳の大学生です。大学院進学のため、日々研究に励んでいます。好きな作家はスコット・フィッツジェラルド、レイモンド・チャンドラー、村上春樹です。どうぞよろしくお願いします。
- 2026年8月22日
箱男安部公房読み終わった全く理解できなかった。そもそもこの小説を理解することができるのだろうか?自分はかなり小説を丁寧に読む方だと自負しているが、何ともわからないままページを捲った。 章ごとにストーリーが変わるが、そのストーリーを書いているのが誰なのか分からない。誰なのか分からないと、そのストーリーが何なのかも分からない。結局何も分からないまま、ストーリーが進んでいく。半分ほどまではついていけたが、最後になるにつれ、意味がわからなくなった。いつか解説本でも読んでみたいものである。 - 2026年8月17日
死者の奢り・飼育大江健三郎読み終わった①⓪④死者の奢り ⭐︎⭐︎⭐︎ 水槽に浮かんでいる死者たちは、死後直ちに火葬された死者たちとは違って、「物」であるという記述が印象的だった。死者を物とみなしている点はいかがなものかとと思うが、水槽に浮かんでいる死者たちの扱いは物そのものだった。また、死者と対を成す存在として、女子大生のお腹に赤ん坊がいる設定にし、より死者を際立たせる工夫をしていた点も印象的だった。 ストーリーとしては、「僕」たちのやっていたことが全て徒労であったという物語だったので、がっかりしたが、この徒労感を作者は描きたかったのだろう。 『死者の奢り』というタイトルではあるが、死者が奢っていることを示唆する描写は全くない。このタイトルの意味には疑問が残る。 利沢行夫氏によると、新しい死体は不安定であり、生きている人間はいっそう不安定であるが、古い死体は不動のまま実在している。死者の奢りとは、このように生きているものに対して死者が、その存在の不動性を誇示していることに他ならない、と述べている。 ①⓪⑤他人の足 ⭐︎⭐︎⭐︎ 小説を読むことの意味の一つに、登場人物の人生を追体験できることが挙げられると思うが、この短編を読んで、それを実感した。サナトリウムに暮らしている少年たち。車椅子なしでは、看護なしでは生活できない少年たち。そんな彼らの生活を、垣間見る瞬間なんて、普通に生きていたら、残念なことにない。最後に、足を取り戻した学生が、少年たちに冷笑的な態度を取るのは、我々健常者が、如何に彼らの生活に無関心であるのかを、警告しているように感じられた。 ①⓪⑥飼育 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ 芥川賞を取って然るべき作品。彼ほどの語彙力があり、想像力と、それを作品に昇華させる筆致力があれば、芥川賞はおろか、ノーベル文学賞を取ったこともなんら驚きではない。 黒人を監禁するという表現ではなくて、「飼育」するという表現を使っている。これは、黒人を人として見做していないことをタイトルから示している。「敵、あいつが敵だって?黒人だぜ、敵なもんか」という兎唇のセリフの真意が初めはわからなかった。だが、その後、「一匹の黒人にすぎないのだから。」「僕らは黒人兵をたぐいまれないすばらしい家畜、天才的な動物だと考えるのだった。」という記述から、彼らが黒人を当たり前のように、人として見做していないことがわかる。僕は本作品が、アメリカ人作家によって書かれたのではなく、日本人作家に書かれたことに驚きを覚える。 柴田元幸が、「大江健三郎による創造的ハック・フィン訳と評しても、マークトウェインにも大江健三郎にも失礼にはならないだろう。少なくとも黒人兵が白人兵だったらこの物語は成り立たない」と述べているように、本作品は黒人を登場させたことが決定的な意味を持つ。黒人は最も異質で、最も孤立した存在であった。アメリカ兵を白人として登場させていたら、これほどまでに作品に没入することはできなかっただろう。 疑問点が二つある。一つは、書記が死亡した理由。もう一つは、兎唇を登場させた理由。前者に関しては、ネットに詳しい記述があったので載っけておく。https://www.google.com/url?q=https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1450703059&sa=U&sqi=2&ved=2ahUKEwjc-Pr6zqaWAxV_gVYBHfIPHIAQFnoECCMQAQ&usg=AOvVaw3eFH52nHxSRMwsba63rh_N 後者に関しては、理由がわからない。 - 2026年8月14日
ジョン・レノン対火星人内田樹,高橋源一郎読み終わった⭐︎⭐︎ 序章を読み終えた。本当に意味がわからない。笑えてくるほどの意味不明さ。今の所ほとんど官能小説であると言って差し支えないと思う。どんな展開がなされていくのか楽しみ(?)である。 読了。結局理解できなかった。ポルノ小説であるという印象は変わらなかった。けれど、うまく説明できないが、なにか新しいものが、新しい言葉が、文学が生まれる場所という感じがして、不思議な気持ちだ。もう読むことはないと思うけれど。作者について少し調べてみると、彼は大学の名誉教授で、小説教室まで開いているというではありませんか。本作を描く人物がである。驚きを隠せない。 - 2026年8月12日
闇の奥ジョゼフ・コンラッド,高見浩読み終わった⭐︎⭐︎⭐︎ この作品の面白さを理解できない自分が悔しい。アメリカ文学を研究していく身である以上、避けては通れない作品だと思い読んでみたはいいものの、良さが全くわからなかった。文章の難しさもさることながら、ストーリーにも面白さを見出せなかった。作中途中まで、名前のみ登場するが、謎の人物として描かれるという点において、クルツとギャツビーを比較しようと試みたが、クルツの魅力も、そもそもクルツがどういう人物なのかもよく掴めなかった。偉大な人物だとも、愚者とも称されているし、実際クルツが登場してからも、人物造形が自分の中でできなかった。いつかまた再読したら、この評価が変わるのだろうか。『地獄の黙示録』は本作を原案にして作られたようなので、いつか見てみようと思う。 闇の奥の最終場面について マーロウはクルツの婚約者を訪れた時、最後の言葉を聞かせてほしいと切望され、貴方の名前でしたと嘘をついてしまう。マーロウは嘘をつくことを大嫌いだと言っていたのにも関わらず。 木村博是によると、文明社会で生きる人間には幻影や嘘が必要だと悟ったから嘘をついたのだという。クルツは闇の奥へ踏み込み、真実を見た。対してマーロウはその淵を覗いたが、最終的には文明社会へ戻った。マーロウは、闇の奥へ行き、真実を知った上で、人間は真実だけでは生きられない、文明社会を維持するためには、幻影や虚構が必要であると悟ったため、嘘(幻影、虚構)をついたのである。 あらすじ(wikiより) ある日の夕暮、船乗りのチャールズ・マーロウ が、船上で仲間たちに若い頃の体験を語り始める。 マーロウは、各国を回った後、ロンドンに戻ってぶらぶらしていたが、いまだ訪れたことのないアフリカに行くことを思い立ち、親戚の伝手でベルギーの貿易会社に入社した。ちょうど船長の1人が現地人に殺され、欠員ができたためだった。マーロウは、船で出発し、30日以上かかってアフリカの出張所に着いた。そこでは、黒人が象牙を持ち込んで来ると、木綿やガラス玉などと交換していた。またマーロウは、鎖につながれた奴隷を見た。ここで10日ほど待つ間に、奥地にいるクルツという代理人の噂を聞く。クルツは、奥地から大量の象牙を送ってくる優秀な人物で、将来は会社の幹部になるだろうということだった。マーロウは、到着した隊商とともに、200マイル先の中央出張所を目指して出発し、ジャングルや草原、岩山などを通って、15日目に目的地に着いた。 中央出張所の支配人から、上流にいるクルツが病気らしいと聞いた。蒸気船が故障しており、修理まで空しく日を送る間に、再びクルツの噂を聞く。クルツは、象牙を乗せて奥地から中央出張所へ向かってきたが、荷物を助手に任せ、途中から1人だけ船で奥地に戻ってしまったという。マーロウは、本部の指示に背いて1人で奥地へ向かう孤独な白人の姿が目に浮かび、興味を抱いた。 ようやく蒸気船が直り、マーロウは支配人、使用人 4人(「巡礼」)、現地の船員とともに川(コンゴ川)を遡行していった。クルツの居場所に近づいたとき、突然矢が雨のように降り注いできた。銃で応戦していた舵手のもとへ長い槍が飛んできて、腹を刺された舵手はやがて死んだ。 奥地の出張所に着いてみると、25歳のロシア人青年がいた。青年は、クルツの崇拝者だった。青年から、クルツが現地人から神のように思われていたこと、手下を引き連れて象牙を略奪していたことなどを聞き出した。一行は、病気のクルツを担架で運び出し、船に乗せた。やがてクルツは、"The horror! The horror!"という言葉を残して息絶えた - 2026年8月9日
思考の整理学外山滋比古読み終わった学んだこと ①自分の知識が独創的であるかはさして重要ではない。もっている知識を如何なる組み合わせで、どういう順序に並べるかが重要。 ②常にメモを持ち歩くといい。気づいたことをすぐに書き留められるように。 ③思考の整理とはいかにうまく忘れるかである。 ④とにかく書いてみれば、筋道が見えてくる。書き出したら立ち止まらず、どんどん急いで書く。勢いを重視して書く。その後推敲すればよい。 ⑤思考はなるべく多くのチャンネルをくぐらせた方がいい。頭の中ではっきりしないことが、書いて見るとはっきりしてくる。人に話して見るのも良い。 ⑥良い考えの生まれやすい三上 馬上・枕上・厠上 現代でいう、通勤退勤中・起床後・トイレ中のことである。 ⑦良い考えの生まれやすい三中 無我夢中・散歩中・入浴中 いずれも最中である。 - 2026年8月6日
悲しみよ こんにちはフランソワーズ・サガン,Francoise Sagan,河野万里子読み終わった⭐︎⭐︎⭐︎★ セシルは信頼できない語り手であると思う。彼女の中にはっきりとした軸や信念がないため、言っていることが二転三転する。「いやらしい考えは嫌いだ」(p132)と言っているくせにいつもシリルとのいやらしい回想をしているし、あんなにもシリルとの愛を語っておいて、最後に「この人を愛したことは一度もなかった」という。でもこれは、ティーンエイジャーを主人公に、語り手にした時には避けられない問題なのかもしれない。彼らはまだ成長段階で、考えはコロコロ変わる。例えば、『ライ麦畑でつかまえて』のホールデン・コールフィールドもその類に入るだろう。だから、精神的成長の過程にいるような彼らを語り手に据えるときには、必然的に語り手は、信頼できない語り手とみなされるのかもしれない。 あらすじ(wikiより) 18歳になるヒロインのセシルとやもめである父のレエモン、その愛人のエルザはコート・ダジュールの別荘で夏を過ごしていた。セシルは近くの別荘に滞在している大学生のシリルと恋仲になる。そんな彼らの別荘に亡き母の友人のアンヌがやってくる。アンヌは聡明で美しく、セシルもアンヌを慕う。だが、アンヌと父が再婚する気配を見せ始めると、アンヌは母親然としてセシルに勉強のことやシリルのことについて厳しく接し始める。セシルは今までの父との気楽な生活が変わってしまったり、父をアンヌに取られるのではないかという懸念に駆られ、アンヌに対して反感を抱くようになる。やがて、葛藤の末にセシルは父とアンヌの再婚を阻止する計画を思いつき、シリルと父の愛人だったエルザを巻き込んで実行に移す。アンヌは自殺とも事故とも取れる死に方をする。 - 2026年8月3日
デイジー・ミラーヘンリー・ジェイムズ,小川高義読み終わった⭐︎⭐︎⭐︎★ アメリカ人青年ウィンターボーンがスイスのホテルでアメリカ人美女デイジーミラーに恋をする。古城でデートをし、イタリアで再会をする約束をしたが、再会した時にはすでに彼女にはイタリア人の婚約者らしき男がいた。ウィンターボーンは彼女を彼から引き剥がそうとするが、彼女は彼に連れられローマの夜を徘徊したことにより、熱病に冒され、命を落とす、という物語。 ストーリーとしての面白さは少し欠けると思うが、彼の文体には多少なりとも惹かれた。個人の意見として、文豪であることの条件に、普通であることを如何に読者の想像を掻き立てさせながら描くことができるか、があると思う。ヘンリージェイムズはそれに関しては一級品だと思う。情景描写もさることながら、人物描写と心理描写が素晴らしい。ストーリーは個人的にイマイチだったが、文体だけで1日で一気読みしてしまった。他の作品も気になるところだ。 今、序文を読んでいるが、本人が「扱おうとする題材は、ほとんど取るに足らず、一見して低俗でもある。この小品は話の展開で読ませようとするものではない、というより遠慮も会釈もなく詩であろうとしている。」と述べているように、やはり特にストーリー性にこだわって書かれた作品ではなさそうだ。 文中(p127)に、「帝政時代の城壁が迫る一隅で、糸杉の下に咲く春の花々に埋もれることになった」とあるが、この春の花々がデイジーのことなのだろうか。 - 2026年8月1日
人間失格・桜桃太宰治読み終わった⭐︎⭐︎⭐︎ 人前で仮面を被り続け、アルコールに溺れ、薬物に溺れ、女性に溺れた人の話。日本文学に残る傑作だと聞いていたので、期待値が高かった分、拍子抜けした。退廃感が強すぎて、僕はあまり好きになれないかもしれない。でも僕と誕生日が一緒で、僕の誕生日に桜桃忌はやってくる。どこか運命的なものを感じる。他の作品も読むべきか悩みどころである。
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