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とてと。
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@sunsun-
  • 2026年6月19日
    ネバーランドの向こう側
    昔は結婚すれば幸せになれると考えている人が今よりも多かった気がする。 しかし、現代では結婚していても不幸な人はいるし、結婚していなくても充実した人生を送っている人もいる。 けれど、結婚の有無にかかわらず、人は社会の中で生きる以上、誰かとのつながりを持ちながら暮らしている。この作品は、そんな人と人とのつながりを丁寧に描いた物語だ。 結婚とは、ある種、他者への依存とも言えるのかもしれない。「二人なら幸せは二倍、悲しみは半分になる」と言われるように、一緒にいればお互いに影響を与え合う。だからこそ、自分自身の心の扱い方を知ることも大切なのだと感じた。 作中には、「自分で自分のツボを把握することがコツだと気づいてから、人生がずいぶん楽しくなった」と語る人物が登場する。 自分で自分の手綱を握って生きている人だ。 その人物のように、私も将来結婚してもしなくても、自分の手綱を自分で握れる大人でありたい。そう強く思った。 人にはそれぞれ向き不向きがあり、誰一人として同じ形ではない。それでも、歪で不完全なピース同士が支え合いながらつながっている。まるで「人」という字が表しているように。 自分の個性を肯定してくれるような物語であり、読後には少し肩の力が抜ける。そんな素敵な一冊だった。
  • 2026年6月17日
    光のとこにいてね
    二人の少女が成長して再会する物語。 互いにないものを持っているからこそ、二人にとって相手は『宝物』だったのだと思う。 胸の奥にそっとしまい込み、ふとした瞬間に取り出しては自分を支えるおまじないのような存在。 この作品では、生まれた環境によって形づくられる性格や価値観、容姿までもが対照的に描かれていた。 それぞれが自分の置かれた環境に縛られ、息苦しさを抱えながら生きている。それでも、幼い頃に感じた胸の高鳴りや世界への憧れを、もう一度思い出させてくれる不思議な力があった。 「光のとこにいてね」 その願いはいつも相手に届かないままなのに、それでも願わずにはいられない。 ただ幸せでいてほしいと願うのは、恋とか友愛と呼ぶには軽すぎる。まさしく愛情だ。 相手の幸せを祈ることしかできない距離があるからこそ、その想いはより純粋で、より切ない。 二人は互いを救えなかったのかもしれない。 それでも、人生のどこかで確かに相手の存在が支えになっていたのだと思う。 だからこの物語は再会の物語であると同時に、一人では抱えきれない孤独を、誰かとの記憶がそっと照らしてくれる物語でもあった。
  • 2026年6月14日
    恋とか愛とかやさしさなら
    恋とか愛とかやさしさなら、打算や疑いを含んでいて当然で、無垢に捧げすぎれば、時に愚かだ幼稚だと批判される。なのに、「信じる」という行為はひたすらに純度を求められる。 自分自身のことですら信じるのが難しいのに、他人を信じることはなおさら難しい。 私は新夏の立場だったら、恋人を理解しようとは思えず、信じることができないと思う。なぜなら、法律を守って生きることは、私にとって譲れない価値観であり、自分の根幹を支える「芯」のようなものだからだ。 一度犯罪を犯してしまえば、刑の重さに関わらず「犯罪者」というレッテルがついて回る。だから私は、犯罪は決して犯してはいけないものだと思っている。 法律は人が定めた線引きにすぎない。 しかし、その線引きに対する考え方には大きな個人差がある。 その一方で、法律だけでは救えない苦しみもまた、ある。 人の痛みは法律だけでは測れない。 法では裁けなくても、人の心に深い傷を残す出来事は確かに存在する。そして、法の枠からこぼれ落ちてしまった人たちもいる。 その事実に目を向けながら、それでも人を信じることの難しさと尊さを描いた、とても心に残る一冊だった。
  • 2026年5月28日
    常識のない喫茶店
  • 2026年5月22日
    遊園地ぐるぐるめ
    『何を言ってるの。この世の大半は、正解のない問いばかりよ』 大好きな青山美智子さん....!!! 今回もとっても良かった♪ 今まで読んだ青山美智子さんの本の意外な共通がわかった。 綴る言葉も、恋の表現もすべてが柔らかくてすっと心に響く。 読み終わった後にそっと背中を押してくれる。
  • 2026年5月19日
    おいしいごはんが食べられますように
    『おいしいごはんが食べられますように』 美味しいご飯って、私にとっては何を食べるかよりも誰と食べるかのほうが大切だ。 もちろん味が美味しいのは美味しいと感じるけれど、誰かと食べた方がより美味しいと感じる。 誰もがそう思っていると思ってたけど、そう思わない人もいるんだなと感じた作品。 誰かと一緒に食べることは、美味しいという感情の押し付けと表現されていたけど、その考えは自分を苦しめることにはならないだろうか.....と悲しくなってしまった。 きっと、私は彼らの気持ちは理解できないし彼らも私の気持ちは理解できないんだろうなぁ。 それぞれの人々が『おいしいごはんを食べられますように』
  • 2026年3月31日
    水を縫う
    水を縫う
    人は自分の中の経験則でしか物を図れない。 人生の選択をするときも今までの人生になるべく近いような選択を取りたいと無意識に思ってしまう。 自分と真逆の価値観は、分かち合うのだって労力がいるからだ。 まさに清澄の母親はまさにこのタイプ。 失敗なんてしないほうがいいに決まってると思ってる。息子のためを思う親心は非常に理解ができる、親にとっては、子供はずっと小さい子供のままだから。 一方で果たして彼の成長に繋がるだろうか? 少なくとも、清澄にとっては失敗は経験だったと思う。彼は失敗しても立ち上がれるほどの強さをもう持っているからだ。 一度も汚れたことのないのは『清らか』とは違う。進み続けるものを、停滞しないものを清らかと呼ぶ。そんな進み続ける清澄自身は、周りを気にせずに進み続ける。 すこやかであれ、幸せであれ、と祈りを込めた刺繍を縫いながら。
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