Reads
Reads - 読書のSNS&記録アプリ
詳しく見る
ゆい奈
ゆい奈
ゆい奈
@tu1_book
だいたい眠い
  • 2026年4月4日
    一緒に生きる 親子の風景
    一緒に生きる 親子の風景
    散歩中に風が吹くと、「かぜさんありがとう」という。 桜を見上げる私をよそに、 「ありさんがんばれ」と地面を熱心に見つめている。 葉っぱが落ちると、 「はっぱさん、いたいいたいした?」と眉をさげる 雨が降ると、びしょぬれになった家や車を心配し、 足の指ひとつずつに名前をつけ、 じぶんから切り離された爪をみて、肩を落とす。 子と生活していると、 世界はこんなにも生き物で溢れているのかと感動する。 そして子と遊ぶたびに、母の姿を思い出す。 母も、私と遊んでいたとき、 祖母(母の母)のことを思い出していたのだろうか。 愛された記憶を確かめ、愛をそそぐ。 あなたはあなた、わたしはわたし 互いにひとつの個であることを自覚しながら 生きていきましょう。 どんとかまえていられる母になりたい。 P74「お母さんも人間。子どもも人間。生きているから傷つくけれど、生きているからやり直せる、くらいに思いつつ、適当に、かつ繊細に、毎日を過ごしたいと思う。」 P253「長い人生からすると、とても短い期間なのに、育児の最中は、永遠に続くしんどい時間のように感じることもあった。必ず終わってしまう時間なんだよ、もっと楽しみなさいよ、とあのときの若い自分に耳打ちしたい。」
    一緒に生きる 親子の風景
  • 2026年4月2日
    虚弱に生きる
    虚弱に生きる
    幸福を他人にゆだねない、他人軸で生きない、私の幸福は私だけのものであり、私の身体は私だけのものであるということ。一昨日から右頸部〜肩甲骨の内側にかけてピキッとした痛みが出現し、私の意識はすべてがそこに向いており、どうにもこうにも世界の中心が右頸部となっている。なにもないとき、私の体はただの観客に過ぎず、不具合を感じてようやく舞台に上がることができる。なにはともあれ健康でありたいものです。おもしろかった。首が痛い。 P91「食事だけでなく、日常のふとした瞬間に幸せを感じるようになった。部屋の窓から差し込んだ朝日が畳に当たり、白い壁に小さな虹ができている時。近所の本屋で本を買って、スーパーに寄って帰る時。八百屋でフルーツを買って、少しずつ食べる時。通りかかった民家の庭の紫陽花が咲いている時。自転車で映画を観に行った帰りの夕焼けが綺麗だった時。」
    虚弱に生きる
  • 2026年3月21日
    色をめぐる画家の言葉
    色をめぐる画家の言葉
    うつくしいものをもとめている 春だから?
  • 2026年3月9日
    ロリータ
    ロリータ
    p.27「我が心臓も、我が喉も、我が内臓も、すべてを捧げてもかまわないという気持ちになり、彼女の不器用な手の中に、我が情熱の笏杖を握らせた」 あまりの美しい文章の数々に酔ってしまいそう… となる一方でなにをいってんだよと時々真顔になるなど。いや〜声に出して読みたいくらい美しいのに、内容が内容なので声に出せないことがもどかしい。なにはともあれ楽しい読書です。
  • 2026年3月7日
    kotoba (コトバ) 2026年 4月号
    あっという間に読み終わっちゃった 読みたい本が7冊増える Readsに読みたい本を記録しておく 何冊も読みたいリストにはいっていて わたしだけがみれる場という安心感もあり やはりいいな、このアプリ、と思うなど。 おやすみ〜
  • 2026年3月7日
    kotoba (コトバ) 2026年 4月号
    るんるんで読みはじめる
    kotoba (コトバ) 2026年 4月号
  • 2026年3月6日
    ロリータ
    ロリータ
    3月はずっと読んでいそうな気配。それも良し。
  • 2026年3月6日
    テヘランでロリータを読む
    テヘランでロリータを読む
    読む。 オースティンはいくつか読んでいるけれど、フィッツジェラルドも、ジェイムズも、エリオットも読んでいないので、さてどうしよう。ひとまずナブコフ『ロリータ』は一緒に読みたいなとおもっている。
  • 2026年3月6日
    プレイ・ダイアリー
    日記形式で書かれた小説。(2度目の読了) 笑顔じゃなくても許される人、笑顔を強いられることなく無愛想でいても嫌われない人をみて、わたしはヘラヘラと笑いながら不公平だなあと思う側の人間であったので胸がちくちく傷んだ。「女の子は笑顔でいた方がいいよ」という言葉が出てくる場面のグロテスクさがグッと目立つけれど、ところどころ、グロテスクなところはたくさんみられた。それがよかった。現実ってグロテスクだもの。笑顔でいることが主体性のない思い通りにできる人間と思われるという、その過程も、なんというか、ほんとうに人間の愚かさが垣間見えて、わかろうとすればするほど、知りたいと思えば思うほど、自他との境界線は曖昧になって、これは誰の物語なのか、これは私であれはあなた、というようなはっきりとした分け隔てもできず、演じることについてを考えた。考えるまえに頭をドンッとやられたわけですが。こうやって相手をわかろうとする行為を一人ずつができればいいのにな、とおもった。あの子はどう思ったんだろうって。なにを考えていたんだろうって。今の時代だからこそ人と人がきちんと向き合えたらいいよなあ。 『小さくて大切な場所を守るための日記』がふたつめの短編のようにしてあるのだけど(これも日記文学)、大前さんの日記、、?と思っていたのだけど、たぶんひろみちゃんのだとおもう。きっとそう。私は何よりこのふたつめのほうをとびきり好いていて、ひとつめのガツン!さはないけれど、すごくすごくよかった。あ〜いいな、とてもいいなと何度も思ったし、何度も読みかえしたい。
    プレイ・ダイアリー
  • 2026年3月5日
    プレイ・ダイアリー
    とんでもない本だった。 読み終わって、すぐ、今、もう一度開いて読みかえそうとなるほどの引力。すごいなあ、すごい。 言葉にできない。 ということで、ふたたび読んで咀嚼してきます。 今年のベスト本になるのは間違いないです。
  • 2026年3月3日
    ゴリラの森で考える
    ゴリラ研究から人間性の起源を探る山極寿一氏の書。 以前読んだ小川洋子氏と山極寿一氏の対談で好きだったエピソードでもあるのだけど、「ともにいる」「ともにある」という曖昧なままに隣にいることを許し合う関係性を創り上げるゴリラ特有のコミュニケーション(顔をのぞきこむ)が序盤で語られていて、嬉しくなった。同じ場所、同じ時間で過ごすことで互いの存在を許しあい、体の一部を接触させることで繋がっているという感触を得ることでき、それが相手と一体になっている気持ちを高めてくれる。「人間と野生動物はそこまでいくことができるのである」と語る山極先生のかっこよさ。痺れる。 中盤からは人間について(人間の進化過程や、ゴリラたちには残されていて人間が失ったもの(愚かさのようなもの))が深く語られていて、興味深く、これもまた面白かった。文章にするとたった数行だからこそ生き残るために進化を遂げた過程がおもしろいくらいにピンとこない。乳児死亡率の増加への対応として多産になっただとか、胃腸の働きを縮小させて脳を大きくさせただとか、人間だけが難産になってしまった理由なんて、もう、ほんとうに、どうして、、、、、という感じで笑ってしまった(脳が大きくなるの500万年かかり、人類の脳が大きくなろうとしたときには骨盤の形が直立二足歩行に適した形に変わってしまっていたらしい)。しかし私が今生きているのは彼らが進化し続けてくれたからであって、昔はもっと大変だったろうに、ほんとうにイヤイヤ期はどうしてたんだよとかおもってしまい、すみません。いやはや、先祖の方々の離乳食話すごい。 終盤は戦争についてのことが書かれており、知らなかったこと、私自身も間違った知識として鵜呑みしていたことが明るみになり、物事を多角的にみることってすごく大切なことだと改めておもった。今の世界情勢にも、日本の在り方にも、腹が立つことばかりだけれど、それらに抗うために本を読もうと心に誓った。 本ゴリ読書会の課題本として出会えた一冊。読めてよかった!ありがとう!
  • 2026年2月27日
    モモ
    モモ
    時間とは、私たちすべての人間に唯一等しく与えられた資源であるということを、実感する。有限であるということを理解したうえでも余白のある日々をおくりたい。できるだけ穏やかに笑い泣き、人を好きになっては不安になり、時間を忘れるほどの読書体験に身をあずける。空を見上げてぼんやりと過ごす時間が、豊かさをくれると今の私はもう知っているからね。 20年ぶりくらいに読んだ。だいすきよ。いつまでも。モモのような人になりたい、じっと相手のむねに耳を傾けられるような、忍耐強さがほしいぞ!34さい!
  • 2026年2月17日
    モモ
    モモ
    なぜだか突然モモを読みたくなり。久しぶりだなあ。はじめて読んだのは20年以上前なんだもんなあ…
  • 2026年2月13日
    やんごとなき読者
    やんごとなき読者
    吠える愛犬を追って裏庭にやってきた女王陛下は、移動図書館の車と、本を借りにきていた厨房の下働きと出会う。その時にあくまで礼儀上に借りた一冊の本をきっかけに公務が上の空になるほど女王は本の世界にどっぷりハマっていくという物語。 女王が本を読むことで、視野をひろげ、あらゆる想像を(時には他者への思いやりを)たえまなくめぐらせつづけ、他者の存在を蔑ろにせず、自己の考えを言葉にし(時に詩集や小説からの引用を朗読し)、人生を変えていくという、ほんと〜うに軽やかで楽しい、すばらしい小説だった。こういう小説をもっと読みたい! P26「一冊の本は別の本へとつながり、次々に扉が開かれてゆくのに、読みたいだけ本を読むには時間が足りないことである。」 P27「でも人から説明を受けるのは自分で読むのとは違うわ。むしろ正反対ね。説明では要点となる事実を簡潔に述べるだけ。読書はとりとめがなくて、あちこちに話が飛んで、たえず人の心をそそる。説明が主題をしめくくるものだとすれば、読書は開くものなのよ」 P37「本は暇つぶしなんかじゃないわ。別の人生、別の世界を知るためのものよ。」 P38「読書の魅力とは、分け隔てをしない点にあるのではないかと女王は考えた。文学にはどこか高尚なところがある。本は読者が誰であるかも、人がそれを読むかどうかも気にしない。すべての読者は、彼女も含めて平等である。文学とはひとつの共和国なのだと女王は思った。ーーー本は何者にも服従しない。すべての読者は平等である。」 P39「読書が波に乗ってくると、本を読みたいという欲求はもはや奇妙でも何でもなくなり、ごく慎重に始めた読書という習慣が、しだいになくてはならないものになってきた」
    やんごとなき読者
  • 2026年2月12日
    私たちの読書生活
    Q&Aにある本を読むうえでのマイルールで、無理して読まない!読みたいから読む!というような回答が多数あり(かくいう私も)、嬉しくなった。読んで楽しいからまた読んじゃってそれでまた楽しくて踊りだしそうです
    私たちの読書生活
  • 2026年2月3日
    ゴンべの森へ
    ゴンべの森へ
    ゴンベの森で夕立ちに濡れ、雲間から射し込む陽を受けて光っているクモの糸に魅きつけられた星野さんと、雨露に濡れた紫陽花の葉のあいだで糸を張るクモに魅せられたあの日の私。生きていても、生きていなくても、会っても、会わなくても、言葉をとおして繋がることができる。きょうもどこかでおなじ空をみて、おなじ星をみて、眠くて、明日を憂鬱におもう人がいて、だけどわたしはその人を知らなくて、だけどいつか親友になるかもしれなくて、だから世界はいつだって不思議で満ちている。それらすべてが美しく、生きることのおかしさに嬉しくなった。 p29「原野に浮かぶ光にも、大都会を埋め尽くす夜景にも、ぼくは同じような愛しさを感じていた。それは人間の営みが抽象化され、私たちの存在がひどくはかないものに見えるかもしれない。」 p32「どれだけ違う世界で生まれ育とうと、私たちはある共通する一点で同じ土俵に立っている。それは、たった一度の人生をより良く生きたいという願いなのだ。そう思った時、異国の人々の風景と自分が初めて重なり合う。」
    ゴンべの森へ
  • 2026年1月26日
    私たちの読書生活
    本に纏わるお話をしています。 そして、なんと帯になりました 愛しの猫と机と椅子と書見台です いつもこんな感じで本読んでます やっほ〜〜〜い みんな〜〜!買ってね〜〜!!!!!!
  • 2026年1月22日
    群像一年分の一年
    P.46「複数の書籍の間につながりを発見することは、読書を続けていればしばしば起こる。"あの本とこの本の内容がこんな形で繋がるのか……!"と気づいたときに感じる愉悦こそが、読書を継続するモチベーションだとさえ言えるかもしれない」 群像一年分が届くというキャンペーンに当選した著者の記録。じぶんの嗜好で左右されることなく掲載作(もちろん連載も)すべて読む、それを一年つづけきった著者にまずは尊敬の念を。淡々と読みつづける姿勢にしっかり勇気づけられた。本を読もう!という気持ちがぐんぐん湧いてくる。後半の群像を読む日々が綴られた日記もとてもよく、知っている名前がでてくるたびにうれしい気持ちになった。
    群像一年分の一年
  • 2026年1月18日
    別冊ダ・ヴィンチ 本棚探偵 本棚を覗けば「その人」が見えてくる
    本棚ってそのひとの人間性が垣間見えるよなあとおもって、わたしの本棚をみたら、世界で一番の本棚だった。というようなすてきな特集でした。
    別冊ダ・ヴィンチ 本棚探偵 本棚を覗けば「その人」が見えてくる
  • 2026年1月16日
    仮面の告白
    仮面の告白
    隠しておきたいもの、人に知られたくないもの、じぶんでも受け入れたくないじぶんのこと。気づきたくなくて、隠したくて、だから蔑ろにしてみたりするのだけど、逃れられなくて。主人公は同性愛者として苦しむ、じぶんがまちがっていると、じぶんは他人とちがうと。無意識下では制御できない欲望、愛。じぶんのなかにあるものは、ないものにはできないよな、とおもう。中身は違えど、誰しもにあるよな、こんな地獄は。 三島由紀夫の文体は美しいなあ、たまらん。肉体のこと、内側のこと、すべてが緻密に書かれていておもしろい。もっと読みたい。
    仮面の告白
読み込み中...