

ゆい奈
@tu1_book
だいたい眠い
- 2026年8月25日
月ぬ走いや、馬ぬ走い豊永浩平読書日記読んでる猫に噛まれたところが骨まで疼くような痛みを伴い、腫脹・発赤・熱感といったような炎症所見とともに私の右手を支配する。日曜日の朝、救急で病院へいき、処置と抗生剤の処方をしてもらい安堵。「病気のひととかは、何をするにしてもその病気のぶぶんが音を立てる。ノイズをだして、痛い!痛い!っていうから、その病気のぶぶんがあるってこと、そしてじぶんにからだがあって、そのからだが痛みのシグナルをだしてるのを知らざるをえないんだって、だから、病んでるひとにこそからだは存在している、ってこと!(P23)」身体からのノイズは病んだときしかでない。病んでいるときにこそ、この身体を実感できる。私は生きている。私の体は動いている。無自覚でいられることの幸せをおもった。 兵隊さんが赤子と母親を殺すところで、環境による思考、心情、そういう状態にさせられていく人間の脆さに、どうにもならない過去に、未来を生きる私は何を思えばよいのか、何を言葉にすればよいのかわからなくなる。戦争は人間を悪魔にするのだなという実感。涙もでない。 すこし時間ができると『日記の舌』。「頭のなかにやらなきゃなあと思っていることがずっとあるのは心に良くない。(P140)」という新年の日記を読みながら、重心/支持基底面/立ち直り反応の因果関係(神経学的要素)をまとめていないことにモヤモヤとしている自分と向き合うこととなった。今からする。現在深夜1時である。 夜は外食。お好み焼きとオムそば。鰹節が踊ると、子も踊った。
- 2026年8月24日
- 2026年8月23日
- 2026年8月22日
日記の舌木下龍也読書日記読んでる朝はプールにはいり、昼はサンドイッチを一緒に作り、昼寝3時間。夕方から祭りにいった。しゃぼん玉のパフォーマンスをはじめてみて、子は「きらきらがいっぱいね〜」と喜んだあと、数分で飽きる。しゃぼん玉がたくさん飛ぶ夕暮れどきの空をみながらふたりで苺のかき氷を食べた。はじめてのスーパーボールすくいは4つ、ボール投げやガチャガチャもした。ぴかぴかひかる棒が気に入ったらしくずっと離さない。40分並んで食べたハートのチュロスはお世辞にも美味しいとはいえないけれど、子はとても満足そうだった。 木下さんの日記をちょこちょこと読み、夜、預かり猫(猫ボランティア)の成猫くんにがぶりと手を噛まれてしまい、大量出血。流水10分。救急に連絡をすると、今夜は冷やして明日の朝来てくれと言われる。
- 2026年8月21日
- 2026年8月20日
月ぬ走いや、馬ぬ走い豊永浩平買った読み始めた本土へでる用事があり、おおきな本屋に数年ぶりへいったら、欲しい本があって3冊買った。そのうちの1冊。沖縄戦についてもうすこし触れていたいので。あと二冊は『眠られぬ夜のために』の第一部と第二部を。 飼い主が急逝し、行き場のなくなったノルウェージャン2匹を保護団体から預かっている。来週にはもう里親が決まるそう。もふもふでおおきい。うちの子たちがとてもちいさくみえる。
- 2026年8月20日
眠られぬ夜のために 1ヒルティ,C.(カール),大和邦太郎,草間平作買った - 2026年8月19日
カジムヌガタイ比嘉慂読み終わった『先生の傘』と同時期に読もうとおもっていたもの。沖縄戦は米軍と日本軍といった軍人だけの戦いではなく、その戦場の真ん中に住民がいたことによってさらなる悲劇がうまれたとされている。砲撃を避け南へと逃げる住民の避難場所と、軍の陣地とが重なり、住民はガマや壕から追い出され、砲弾の雨が降る外をさまよう。居場所を奪われ、食糧を奪われ、言葉さえも奪われていく。戦争終結後には女性たちは性暴力に怯える日々を送ることになる。住民がどのような悲劇に見舞われたのか、それは誰によって、なぜ起きたのかが本書には余すことなく書かれていた。読めてよかった。 - 2026年8月18日
先生の傘 (シリーズ人間4)孫,比嘉ツル子読み終わった父が撃たれて死に、小学6年生でひとりぼっちになった、火の付け方もわからない子どもが沖縄戦時下を生き抜いた日々のこと。夜になるとアメリカ兵の乗ったトラックの音が聞こえる。床下へ逃げ込む。大人の女性の叫び声が聞こえる。戸が開かれる。生きた心地がしなかったろう。どうか、この子が暴力にさらされませんようにと祈るようにして読む。戦争が終わった後も、戦争は終わっていなかったのだと思い知る。何度も繰り返し言葉にされる事柄はおそらく身体に染み付いた声なのだろう。なにかの本で読んだ、あの時代を生き抜いた沖縄の女性たちはみんな口にはしないけれど少女も成人も関係なく、心が壊される経験をしていたと語っていた女性を思い出す。「戦争なんてするもんじゃないよ」「戦争はいやだよほんとう」「戦争はしちゃだめだよ」語りながらでてくる、ふとした言葉に重さが増していく。読み終わり、もう一度はじめから読み直す。『先生の傘』というお話がとても素敵で、花が濡れちゃわないようにと傘をさしだす優しい少女の未来が、今が、ずっとずっとやさしいものでありますようにと願う。 - 2026年8月17日
- 2026年8月16日
先生の傘 (シリーズ人間4)孫,比嘉ツル子読み始めた - 2026年8月15日
白夜ドストエフスキー読み始めたはじまりの数行がうつくしかった。いつもの時間にいつもの場所で会う人たちのことをもはや知り合いだとおもう気持ちはわからんでもなくて、電車通学していた頃、いつも顔を合わせる人たちとはどこか心が通じているような気持ちがしていたことを思い出す。 - 2026年8月15日
- 2026年8月14日
書いてばかりいた (yoyo)yoyo読書日記読み終わったP61『もう次ここに来るとき、子どもは貝殻やサンゴや花をひろって都度みてみてとは言わない。赤いサンゴを”不思議なやつだから持ってく”とか言わない。今が今しかないことに泣きたくなる。』という文章を読みながら、プールのなかで立ったまま足を広げてトンネルを作っていた。足のあいだをワニさん〜といいながら何度も何度も通る子たち(甥っ子が1ヶ月いる)は私を見上げてケラケラ笑う。蝉の声と、入道雲と、水の音。夏はすぐに過ぎていく。プールの隅で本を読んでいると「ちいさいあまがえるですよ〜」「おおきいうしがえるで〜す」とぴょこぴょこ水飛沫をあげながら満面の笑みでちかづいてくる子たち。本をとじ、一緒に遊ぶ。子が昼寝中につづきを開ける。本には水飛沫の跡がついていた。だけどこの滲みをみてもいつかの私はきっと今日の日のことを思い出せはしないのだろう。いつか忘れてしまう光景をみつめる。今は今しかなくて、泣きたくなる。 きょうは午前も午後もプールでからだが疲れている。明日は仕事。「さみしいなあ」と子は言った。わたしも、と思う。仕事に行くと個としての私になり、それはそれで自分を取り戻している気もして、すこしだけ申し訳ない気持ちになる。だけど、これも私。母親であり、1人の人間であること。どれもこれも大切にはできないけれど手に届く範囲のものを守れる人でありたい。母として、人として。
- 2026年8月13日
書いてばかりいた (yoyo)yoyo読書日記読んでる死ぬまで忘れないだろうとおもった美しい出来事さえも忘れてしまうから、言葉にしておかなくてはと日記に書く。だけど言葉にした途端、言葉になりきれなかったものたちがこぼれ落ちていき、また別の思い出にすり替わったような気にさえなる。かっこよくなくていいから、きれいでなくていいから、その出来事が想起できるような文章が書けたらいいのになあ。いくつか本を買った。勉強を30分だけして、本を読んで寝る。
- 2026年8月12日
- 2026年8月11日
せんそうって八木咲,永井玲衣読書日記読み終わったP109「沈黙は実はいたるところにある。語られた言葉にだってあるのだ。その言葉が表現されるまでに費やされた年月としての沈黙、あるいはいまここで目の前のひとに語るときに、一文、一文のあいまに差し込まれる沈黙。はやさを伴っては出てこない言葉たち。場にゆっくりと置いてみるような言葉たち。」 言葉にならないなにかを、ごくりとのみこむ。のみこまれたものたちはどこへいってしまうのだろう。ならなかっただけで、あったはずのもの。私の腹のなかでとけてなくなって、この世に生み出されることもなく、あったことさえ忘れさられていくもの。風が吹いている。夏なのに、秋みたいな風が。せんそうなんて消えてなくなればいい。人が人を殺し、人が人に殺される。ガマの中で泣く我が子を母親が自らの手で水に沈めた話を思い出す。カエルの声がする。鈴虫の声がする。せんそうは音もなく近づいてくる。 P133「問いは、単なる痛みではないとわたしは思う。問いは、抗うことだ。そういうものだから、というあきらめや、「祖国のため」といったきらびやかな答えを、受け入れることはできないと、のたうちまわることだ。」 P197「せんそう、わたしはあなたを愛することはできない。」 次はなにを読もうかと本棚の前で吟味する。明日は担当患者様の入院時家屋調査があり、山と海のあいだにある家にいく。牛を8頭飼育しているらしい。人の数だけ生活があるという途方もない事実に気持ちが明るくなる。海沿いを片道一時間。雨が降りませんように。さて、今から勉強をします。一時間ほど。 - 2026年8月10日
せんそうって八木咲,永井玲衣読んでるP83『資料館にあるたくさんの手紙や手記を読む。ひとりとして同じ人はいない。なのに似た言葉があらわれる。「天皇陛下」とか「国」とか「敵」とかだ。これら「書きたくなかった」言葉なのか。「ほんとうの言葉」はどこにあるのだろう。』 秋みたいな風の吹く夜に、あの夏の日の夜のことをおもう。きょうは94ページまで。 - 2026年8月9日
せんそうって八木咲,永井玲衣読み始めた毎日すこしでも本を読もう、記録しようとおもいはじめて数ヶ月がたち、きょうになる。忘れたくないことがあっても忘れてしまう日々の連なりのなかで、忘れたくないからと記録することの愛おしさ。カレンダーにうつしだされた8月に彩りがなく、ひとつの書影もないという事実に、すこし寂しくなって、ああ読書というものは日常に豊かさをもたらせしてくれるものなのだよなあとあらためて思う。いけないいけない、窮屈な日々になっていた。せめて、毎日一行でも。 P27 「語りには、文学がある。文学は、ここには人間がいる、と叫びつづけるものだからだ。」 - 2026年8月4日
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