朝のピアノ 或る美学者の『愛と生の日記』
138件の記録
月と星@moon_star2026年1月9日読み終わった最後のメモは 「私の心は穏やかだ。」 日記を読み進めると、生きていることの素晴らしさ、まだ生きていこうとする気持ちが芯にあったと思う。 元気がないときもあった。 静かな静かな音楽が、かすかに流れているような 文章のときもあった ハン・ガンの文章を思いだしたりした。 意識があった最後の日が穏やかであったなら、 よかった、と思わずにはいられない。
月と星@moon_star2026年1月8日買ったジュンク堂棚をずーっと眺めていたとき惹かれた。 帯には ハン・ガンが3回読んだ本 と書かれてあった 「雨降りの日、世界は深い思索に濡れる〜」 こんな風に綴れる人が、亡くなる3日前まで書き留めた日記なら 読んでみようと思ったのだ。





かのうさん@readskanokanon2025年12月4日読み終わったこれは何度も読み返したい本。 死に向かっているのに、その言葉には生が活き活きと感じられて、愛に満ちている。 ただ、死を感じずとも人々は今この感情を心の中に宿しているのではないかとも思った。 だから響くのではないか。 ハンガンさんがこの本がお好きで何度も読んでいるということ。 そう。彼女の文章は難しかったり、残酷であったりするんだけど、行間に確かに優しさだったり愛だったりが溢れているなぁと思った。 韓国の方が日本の文学である奥の細道を引用してくれてるところも嬉しい。 初めて聞くお名前の著者で、どのような方かわからないんだけど、朝のピアノのように澄んでいて綺麗な文だなと思った。



きなこ@kinako20252025年11月15日読み終わったSNSで紹介されていたので読んでみたのだけれど、私が好きなタイプの文章ではなかった。 韓国の著名な哲学者であり美学者の著者が亡くなる三日前までを綴った日記が本書。 確かに闘病生活を淡々とあるいは赤裸々に描いている。 どこが好みではなかったかというと、「愛」という言葉を多用していたところ。好みが分かれるだろう。身体が病に侵されていて、不安な気持ちを奮い立たせるために感情は重要だとは思うが。 また112で、病院のカフェテラスでコーヒーを飲みながら、景色の美しさを愛でている時、通勤する人々を眺め、「みんな健康で明るく、軽い足取り。けれども彼らはこの世界の神々しさと美しさをまだ知らないだろう。わたしはもうこの世界と生に与えられた本来の祝福を知っている。この身のすべてで愛しているからだ。」という部分が共感できなかった。 哲学者でも美学者でもない、一般の労働者は無知ですか?美を理解できませんか?高尚な学問や書籍を知らなくても、生きとし生けるものの荘厳さを理解できるのではないですか?と問うてみたい気がした。 訳者あとがきに、ハン・ガンが「しばらく外国にいたとき、この本を一日いちど、三回読んだ。毎日読んでもいい本」と語ったそうだが。





ゆい奈@tu1_book2025年11月5日読み終わった哲学者/美学者である著者が死の3日前まで綴りつづけた日記。風が吹くこと、草が揺れること、頬にあたる冷たい空気、日差しのぬくもり。靴を履き、玄関をでた先にみえるいつもの景色。そこにある愛と美。日常のすべては愛に生かされていて、装飾をせずともそのままの確かな美しさが存在する。騒がしかった頭のなかが静まり、不思議と心が凪いでいくこの感覚を、忘れたくない。いい本だった。









ゆい奈@tu1_book2025年11月3日読んでるきのう金木犀が満開になった。近頃は20時過ぎに眠りにつき、この時間に目が覚め、すこしだけ読むということをしている。日中も眠る前も仕事についての言葉以外が頭にはいってこず悲しくなっていたのだけど、この時間だけは私の脳は私だけのために働いていて、それが実感できる読書が今のわたしの支えになっている。










カササギ@Kasasagi_shobo2025年10月8日読んでる借りてきた再読中2回目 きっと3回目もある、なら買えよって思う私も。 積読向きのゆっくり向き合うべき本 あ、でも、文字通り余白が大きいから、感想を書き込みつつ繰り返し読むのも良い本かもしれない 開いた時にかつての自分とも出会える日記のような、自分の本にしていくには…やはり買うべき、本だなあ。









ましろ@massirona2025年10月7日読み終わった書き留められた生の日記は私的でありながら、人の抱く根源的な思いにもふれ、心震わせる。何度でも立ち止まり、思索を通して様々な作品の深部へ降りてゆく。繰り返し読み、心支える強度のある断章。



はるのひ@harunohinouta2025年10月4日まだ読んでる心に残る一節窓の外から雨音が聞こえて、仕事の手を少し休めて本を開いて続きを読む。偶然にも水の音の話。 "存在の底に到達すると、そこに静寂はあるが、それは沈黙ではない。「静寂の言葉」がある。人それぞれの一生は、この一言を探し求める道なのかもしれない。"(P.47) 最後の段落のこの部分を何度か反芻して本を閉じる。


はるのひ@harunohinouta2025年9月12日読んでるちょっと開いた心に残る一節少しずつ読むことにした。 これは要約だけど、「幸せに暮らしてください」という言葉は漢字語を読むと厳密には「いつでも喜びを胸に生きてください」という意味になる、という一節がじんわりと胸に沁みた。 こういうことを日本語ではなかなかストレートに言えないよね。



はるのひ@harunohinouta2025年8月17日買った読み始めた手に入れた日の夜に数ページめくって、良すぎて一旦閉じた。時間のある日にじっくり腰を据えて一気に読んでしまいたいような、少しずつ読みたいような…どちらにしようか迷ってる。





m@kyri2025年6月22日読み終わった@ 自宅最後の日の一文を読んだとき、ああよかったなって、心から思った。そこにたどり着くことができるなら、死ぬことも怖くないかもしれない。 わたしは常々、自分には人生が足りないと思っているけれど、こういう、『朝のピアノ』であれ『無人島のふたり』であれ『急に具合が悪くなる』であれ、遠からず訪れる死を見据えて書いた人の本を読むとき、誰にとっても人生が「足る」瞬間など死ぬまでこないのだということ、私だけじゃないのだということ、人生は死ぬまで「足りない」からこそわたしたちはものを考え、感じ、そして書き残すのだということを思う。 ひとりの人を見送る気持ち、静謐に手が触れる感覚、こういう気持ちを「敬虔」と呼ぶのだろうか。







Chihiro@chiii_no02025年5月31日読み終わった@ チェッコリ何となく雨の日に書いていることが多いのか、雨の描写に目がついた 生について後ろ向きになり、思考を放棄し逃げ出したくなることがあっても、この本を読んでいる時には静かに落ち着いて生と向き合える


清水美穂子@favoriteworks2025年4月20日買った読み始めた美学者は川の水音に耳をすませる。 流れるとは生きるということだと知る。 「流れるということは、虚しく消えるということ、だが流れているものだけが生きているのだ」 これはわたしの本棚にずっと置いておく本。






















































































































































