手の言語学

手の言語学
手の言語学
松田俊介
左右社
2026年3月30日
11件の記録
  • Ami
    @Ami593
    2026年5月16日
  • jaguchi
    jaguchi
    @jaguchi87
    2026年4月26日
  • 糸太
    @itota-tboyt5
    2026年4月25日
    数年前からフラを習っている。先生からはハンドモーションをよく注意されるのだが、何度言われても直らない。フラの手の動きは、よく手話に例えられる。花、海、風…。自分ではやっているつもりでも、微妙に何かが違っているのだろう。なかなか褒めてはもらえない。 本書を読んでいて気付いたことがある。なるほど、フラのハンドモーションもまさしく「シネクドキ」である。 手話は媒体が体であるがために、話し手自らの判断で情報を補う場面が多々あるという。たとえば「どうやって」とか「どんな風に」という部分。つまり、上位概念を伝えようとするときに、相手に違和感を持たれない下位概念を自然と選んで使っているというのだ。 当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。むしろ日本語の方が不親切にすぎる、と言えなくもない。ただ私が膝を打ったのは、コミュニケーションのルールが違うことに今更ながら気がつけたからだ。 シネクドキが前提の世界では、言っていることを理解するための最低条件として聞き手はその情報を求めるだろう。一方で日本語話者の感覚では、受け手の想像力に委ねることを無自覚に求めている部分がないだろうか。だから、たとえば私がフラで風を伝えようとしても、場のルールが変わっていることに自覚的でなければ、「いやいや、それじゃ分かんないよ」となるのは当然かもしれない。 分かりきったことをくどくど書いているようではあるが、私には大きな気づきであった。私のフラの先生は「表現が甘い」とか高いレベルの指摘をしているのではなく、単純に「なに言ってるか全然分かんないんだけど」と首を傾げているだけなのだ。 異なる世界を覗き見るのは楽しい。幸い私にはフラが身近にある。遠くから見るだけでなく、もう一歩踏み込めそうなのは、何より嬉しい。
  • ミヤ
    ミヤ
    @Bigsky38_
    2026年4月24日
  • Si
    @si_rubber
    2026年4月9日
  • はな
    はな
    @hana-hitsuji05
    2026年4月3日
  • ふるえ
    ふるえ
    @furu_furu
    2026年4月3日
  • Blue moon
    Blue moon
    @mimosamimi
    2026年4月3日
  • DN/HP
    DN/HP
    @DN_HP
    2026年2月28日
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