旅の彼方
19件の記録
moenohon@reading01042026年3月11日私にとって旅とは、これまで生きてきたなかで出会った人や本や心に残った言葉、学んだ知識や多くの経験、それらから培った考え、あるいは好きなものや懐かしい思い出といった、私の人生そのものと常に交わり密接につながり合っていくということだった。 こうして私は、日常生活を離れて異国へ旅に出ることで、あえて人生の途上で立ち止まり、過去と現在と未来を見つめ直しながら、自分の生を深めているのだと思う。 本書で書かれた記憶の断片や思考の跡は、私自身の体験であり旅であってとりたててなんということのない他の人からみればとるに足らないことの集積である。 しかし人生とは、なんでもないけれども、目には見えないけれども、その人にとってはかけがえのない大切なものごとの連鎖で成り立っている。そのなんでもないようにみえる平凡で平穏なことこそが、普遍的な生の喜びではないだろうか。


葉@leaf2026年3月8日読んでる@ カフェ生きることと仕事することは別なのであった。 旅に出ていると、朝、目が覚めて、朝ぼらけを感じて、朝の日ざしを浴びて歩いて、空や周囲や地面をよく見て、そこに小さな世界を見つけて、日中を過ごし、夕方の光のいちばん美しい時間を知って、その時間を楽しむようになる。 ふだんの生活でも、時折心を揺さぶられる出来事がある。(中略)それらのことをすべて覚えていられたら、どんなにいいだろうと思う。そして少しでもそうしたことを記録しておきたいと思う。でもそうした毎日のことは、一瞬で過ぎ去ってしまって、木の葉が水に流れていくように流れていってしまって、いつか忘れてしまう。よしんば覚えていたからと言って、それは私のノートのなかだけのことであって、私が死んでしまえば、すべて消えてなくなってしまう。 無理してなにか思わなくていい。光る湖水とか、つがいの鳥が泳いでいく姿とか、湖面に漂う緑の藻とか、湖水にさしかかる木の枝とか、落ちて水に濡れた栃の実とか、そこに立っている葦とか、そういうものを見ているだけでいい。 見ているだけで、それが印象として自分のなかに残ればいい。それだけで充分なんだと思う。だからそれ以上になにかを思おうとしなくていい。




















