すばる 2026年10月号

19件の記録
DN/HP@DN_HP2026年9月26日100人が書く「百年後」から 「みちひ」小山田浩子 「What's human」金原ひとみ 「リピーター」柴崎友香 「百年の収拾」滝口悠生(再読) 「本音党」多和田葉子 「砕けた虹のつま先の穴」乗代雄介 「戦争」福田節朗 を読んだ。 「百年前のことを百年後に知るにはひとりじゃ足りないね、と誰かが言った。ふたり、できれば三人、四人と、違う年のひとのあいだを伝わっていかないとね、波千鳥みたいに。」 ——滝口悠生「百年の収拾」








DN/HP@DN_HP2026年9月26日特集『100人が書く「百年後」』から福田節朗「戦争」を読んだ。 読書に関してはわりとコンサバなところがあるから、沢山の作家が書いている企画とかを読むとき、というか文芸誌自体を読むときも、目当ての作家や既に読んだことのある作家の作品だけを選んで読んでしまう感じがあるんだけど、今回はそういえばSNSで言及している方がいたな、と思い出して初めて読む作家の作品も読んでみた。 リアルに想像出来てしまう「最悪」の百年後との邂逅とその末の「現在」の決断。ユーモラスで惚けたようなシュチュエーションや書き口だけれど、本質にはかなりリアリティをもった怖さもある。一文の長さとか段落の区切り方も好みで読んでいて気持ちよかったし、これはとても良い「SF」掌編、と言いたい一編だった。 これもとても良い「偶然の出会い」だった、と思ってみたい。ということで、これからは好きな作家の作品を目当てに手に取った文芸誌でも、未知の作家の作品もちゃんと読んでいこうと思ったのでした。





DN/HP@DN_HP2026年9月25日「あの文章が酢好さんにとってなにか資するところがあるのかと言われるとそれはわからなかった。しかし小説が読み手にもたらすものは目に見える利や益でも、書かれた情報そのものの価値や意味でもない。それがそのように書かれたことによって読み手のもとに起こるなにがしかの感興こそが資するものであってくれればよい。語り手になるとはそういう任なのである。」 滝口悠生「透波と乱波」33 滝口悠生さんの連載小説から。 わたしも「読み手」としてそんなことを考えている。少なくとも小説を読んで起こる感興をとても大切に思っています。とこの「語り手」こと透波さんの小説とその語り手観に共感して、嬉しい気持ちになった。この考えが「語り手」の「語り手」である滝口悠生さんの考えそのものであるかはわからないけれど、滝口さんの小説を読むといつもなにがしかの感興は起こるし、それをわたしはとても大切に思っているし、助けられてもいるし、それをなんとか書き残しておきたい、とも思っているのです。と伝えてみたいようやく涼しくなってきた九月の夕暮れだった。




DN/HP@DN_HP2026年9月14日「百年前のことを百年後に知るにはひとりじゃ足りないね、と誰かが言った。ふたり、できれば三人、四人と、違う年のひとのあいだを伝わっていかないとね、波千鳥みたいに。」 ——滝口悠生「百年の収拾」 昨日読めなかった滝口さんの掌編を図書館に読みにきた。昨日読んでいた『アンデル』に載っていた短編「伊勢へ」にも、小説を書くこと自体にも繋がっていくような気がした。お気に入りになりそうな曲を繰り返し聴いてどんどん好きになっていくみたいに、三回読んだ。





















