

ゆらゆら
@yuurayurari
6/24からおそるおそる使い始め。直近読んだ本をひとまずいろいろ登録してみよう…(すみません、まだフォローとかのこととかわかってなくて、手探りです。。)
- 2026年5月23日
船頭安五郎 (1)黒田硫黄読み終わった江戸時代の舟運の船頭の漫画というのがまず惹かれるし、話も面白くて、人物もみんな腹に何か抱えてそうなクセ者ばかり、先が気になる。何より絵が、船の構造とか、そんなところまでよく描けるなという上手さで、話を読むのがもったいないくらい。帯の「こんな体験ができるのは、黒田硫黄作品だけ」というのが、まさに!物流博物館、行ってみたい。 - 2026年5月17日
菜穂子 他四編堀辰雄読み終わった堀辰雄「ルウベンスの偽画」「燃ゆる頬」「楡の家」「菜穂子」「ふるさとびと」。 「ルウベンスの偽画」は軽井沢で片山母娘がモデルという女性達との…というのは繰り返し描かれる話だけど、順番からしてもより習作感があった(自作の詩が挿入されるのも面白い)。現実の想う人より心象の中の相手の方が本当に感じられるという逆転はプルーストっぽくもあった。 「燃ゆる頬」は、確かに今で言うBLのような少年同士の愛(未満)の話で、堀辰雄はこんな作品も書いてたんだなあと興味深く、「最後の一撃」という表現や全体の切迫した雰囲気が良かった。冒頭の蜜蜂の受粉の話は、シャルリュスのマルハナバチのくだりを想起させ、これまたプルーストの影響なのか。 「楡の家」は、菜穂子の母(未亡人)の視点で描かれた日記という体の「菜穂子」前日譚。話の中心は、作家・森於菟彦に想われて戸惑う語り手のこと、そしてそこから派生する母娘の葛藤・すれ違い。森のモデルは芥川らしく、小説を読む時にどこまで実在の人物を思ってよいのか、少し複雑な気持ちにも。 「菜穂子」は、堀自身が「生まれてはじめて本当に小説らしい小説を書いた」という作品。視点人物が、菜穂子の幼馴染で建築家の卵・都築明、菜穂子の夫・黒川圭介、そして当の菜穂子の3人で、各人の思いが交錯し、なかなかの読み応えだった。「結婚した女」のしあわせの追求とその不可能性を感じたり(不可能の中での追求とも読めるのか)。 「ふるさとびと」は、「菜穂子」の脇役とも言える、おようを中心に、追分の学生宿・牡丹屋(モデルは油屋?)周辺の村の歴史、軽井沢の発展なんかも交えて、そこに暮らしきた人々の様子を素朴な味わいで描く、感じのよい小品だった。菜穂子三部作とも位置づけられるようだけど、わりと後期の作らしい。 - 2026年5月1日
読み終わった「聖家族」は師・九鬼(芥川がモデル)の亡き後、青年・河野扁理(モデルは堀辰雄自身)と、九鬼と関係のあったらしい細木未亡人の娘、絹子との恋愛以前とも言える心理を描いた、妙に緊張感のある小説だった。テーマは“生の乱雑さ”。 自伝的小説「花を持てる女」がすごく良かった。妻と初めて、向島の円通寺に母の眠るお墓を訪ねる所から始まり、実は父が養父で、生父がいたことを知らされた話、母・志氣と養父・上條松吉の若い頃の話などが、亡き人を想う少し寂しげで美しい文章で綴られてて胸に迫る。母の墓の近くにあった小さな子どもの墓のエピソードも心に残る。カロッサの『幼年時代』を読んでる話も出てきて、堀自身も『幼年時代』を書こうとしてる。 『大和路・信濃路』の一編らしい「浄瑠璃寺の春」も良かった。京都に、奈良との県境にある、寂れた浄瑠璃寺(通称・九体寺)を妻と訪ねた際の短い随筆で、関西弁の寺娘と妻の会話が心地よいし、馬酔木の花の話は幻想的というか、現実から遊離していく感じが、堀辰雄らしさが凝縮してる気がした。本編も読まねば。 「曠野」は、後年、日本の古代の王朝文学に傾倒していったという堀が“万葉小説”とも呼んでた作品で、平安時代の男女の哀しい話で、何か琴線に触れてくるものがあった。
- 2026年4月19日
我が愛する詩人の伝記室生犀星読んでる室生犀星が、親交のあった12人の詩人の人柄やそこから見える作品の魅力を書いた本。 堀辰雄の章を読む。堀にとって文学の師であり父のようでもあったという犀星の文章から、堀辰雄が、無駄なことを言わない静かな人ながら、みなを惹きつけ、愛されたということがとにかく伝わってくる。犀星と三好達治との喧嘩を仲裁したエピソードも印象的。堀辰雄を支えた、たえ子夫人のことも彼女の声が聞こえてくるように書かれていて、良かった。(2026.4.19) - 2026年4月12日
読み終わったアイルランドに興味を持ち始めて色々本とか映画に触れてる今の自分にぴったりな本が刊行されたと、とっても興味津々で読む(奥付見たら、刊行日が聖パトリックデー!)。 アイルランドのカフェ事情やポテトチップス(クリスプス)とか食の話も面白いし、映画や演劇や音楽の話題も色々メモしながら読む。 中でも、文学の話が興味深く、ユリシーズで描かれる6/16がブルームデイとして、街中でいろんな文学イベントが開かれるのを知って、いいなあと思った。あと、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』も読みたくなる。著者のウィキメディアンとしての活動の話も全然知らない世界で、面白かった。ヘイトクライムの話は暗澹とした気持ちになるけど、連帯への希望も示されていたのが救いと思った。 総じて、文化というものを大切に思い、面白がる著者の姿勢に、自分もそんな風に生きていっていいんだと励まされた。 - 2026年3月19日
風立ちぬ/美しい村改版堀辰雄読み終わった「風立ちぬ」 大学時代の友人が最近、堀辰雄に関する本を出して送ってくれた。堀辰雄は読んだことなかったので、まずは一番有名な作品を読む。 男女の愛の物語のようでいて、病身の婚約者や山の景色など外の世界に相対する「私」という現象や自意識への考察・研究、という感触の小説だとも感じる。そういう意味ではプルーストにも通じてたりするのかな。もっと読み込んでみたくなる。 あと、巻末解説に、この作品は、執筆時に堀が読んでたリルケの「レクイエム」をふまえて書いてて、そうした「本によって本を書く」というやり方は、堀の師匠・芥川龍之介が得意としてたことで…というようなくだりがあるのが印象的だった。そういえば、堀江敏幸もそんな書き方してる気がするし、宮崎駿の「風立ちぬ」だって、そうかもと思う。(2026.3.15) 「美しい村」(堀辰雄)。もう一篇の収録作も読む。こっちは「風立ちぬ」より前の作品で、前半は小説を書きあぐねて散歩する話(雑なまとめ…)だけど、後半から「風立ちぬ」の節子のモデルに軽井沢で出会った頃の話に。彼女は絵を描いてるし、私は嫉妬するし、プルーストのバルベック、花咲く乙女たちのアルベルチーヌとの話みたいでもあって、これは!となる。ヴィラに住んでた二人の老嬢の話が気になるなあ。(2026.3.20) - 2026年3月1日
デッドエンドで宝探し能町みね子読み終わった平日朝、仕事前に少しずつ読んで、前半くらいまで楽しんでたけど、ここのところ忙しくて読めてなかった。今日はお休みで、ようやくまとめて後半を読めた。 青森が好きになり、一年の3分の1くらいを青森で暮らしている著者が、地元の人でもあまり行かない青森の“デッドエンド=はしっこ”へ旅して、宝物のような場所・風景を見出していく紀行エッセイで、受け身で何かをあてがわれるのではなく、自分で“見出す”という行為の楽しさが伝わってきて、そういう旅を自分でもしたくなる。 加えて、目時の薬師堂とか、小泊の漁師小屋とか、枯木平とか、著者が訪ねた場所にも実際に行きたくなったし、野辺地町役場の昔の建物やドライブインサンシャインの天井など、もう存在しなくなったものがあるという事実もなんだか胸に迫ってくるものがある。 時折入る、地元の方たちの話も良かった。特に、「味よし」「ねぶた漬」のヤマモト食品の若社長の「なるべく働きたくないっていう気持ちを形にしてくださいってみんなには言ってるんで」という言葉が素晴らしかった。トランプゲーム「五人カン」も気になる。 - 2026年2月15日
タタール人の砂漠ブッツァーティ,ディーノ・ブッツァーティ,脇功読み終わった敵襲の到来が一筋の希望という、ある砦の任務についた若き将校の単調な日々。気がついたら《時の遁走》にのみこまれている人生で、もう若くなく、最後に残った希望が《死の想念》というのは、この年齢で読んだからか、何となくわかる気がした。ブッツァーティの原風景とも言えそうなドロミテ・アルプス、いつか見てみたいな。 - 2026年2月7日
ふつうの人が小説家として生活していくには津村記久子読み終わった小説も大好きな津村さんへの4日間にわたるロングインタビューということで、もったいなくて、毎週末に1日分ずつだけ読んできたけど、とうとう読み終えてしまった。なんというか、正気を保てる本、という思いが一番。 “いい人間にはなれなくても、いい行動はできるでしょということを書きたい”とか、“お金を出して誰かの人生をコントロールするより(←作られた幻想)、自分の人生をコントロールするために動いた人は大丈夫”とか、“精神的なギャンブルと感情的にケチなこと”とか、“自律性と時間は残る”とか、心に残る話もたくさん。あと、ティモシー・スナイダーの『暴政』読みたいな。 - 2026年1月4日
アワヨンベは大丈夫伊藤亜和読み終わった気になってた伊藤亜和さん、別冊太陽の呪物特集のイベントを視聴して面白かったので、読むなら今だと手にとる。セネガル人の父と日本人の母の間に生まれた著者の、20代の日々と子どもの頃の思い出を行き来するエッセイで、とにかく文章が面白くて、性別も年齢も境遇も全然違うのに、彼女の人生に思いを寄せながら読んだ。父と娘、母と娘、弟、祖父母と葛藤の少なくない家族の話としてもある普遍性があって読ませたし、一番感じたのは、人は“正しさ”だけで生きているのではなく、その間に人の生があるんだなということ。まとまらないけど、そんなことを思った。 - 2025年12月31日
ほんのささやかなことクレア・キーガン,鴻巣友季子読み終わった気になってたこの本もアイルランド文学で、中篇で読みやすく一気読み。舞台は1985年のクリスマス時季。96年まで実在したカトリック教会運営の母子収容施設とマグダレン洗濯所をモデルにした話で、主人公が一歩を踏み出せたのは、今が安定しているからだけど、それは運が良かったというのが、読み手の自分にもなんだか迫ってくるな。 - 2025年12月31日
MONKEY vol. 36 特集 オーイン・マクナミーという謎オーイン・マクナミー,柴田元幸読み終わった北アイルランド生まれの作家オーイン・マクナミーの短篇11本、エッセイ、インタビュー、訳者の柴田先生×アンドルー・フィッツサイモンズ×デイヴィッド・ピース鼎談など。 悪天候の海辺の町、厳しい労働、移民、国境、暴力の気配、消える女性…などとにかく不穏な話が、詩のような透徹した描写で積み重なる。それでも手放さない感じが良かった。鼎談では、国境地帯を描いたアメリカのコーマック・マッカーシーとの比較もあって興味深くよむ。 - 2025年12月29日
アイルランド紀行栩木伸明読み終わったNEECAPを観てアイルランドのことを知りたくなって読んだ。歴史・地理・文化を自由に渡り歩く寄り道的エピソードに溢れた30章で、少しずつアイルランドが身近なものになっていく楽しい読書体験だった。 まず、ぼんやりアイルランドとしかイメージできてなかったのが、ダブリンのある東部レンスター、西部コナハト、南部マンスター、北部アルスター、そして北アイルランドと地理的なことが見えてきた。 そしてスウィフト、ワイルド、ジョイス、ベケット、イェイツ、ヒーニーと偉大な作家達(!)の話も興味深く、映画もザ・コミットメンツとかブッチャー・ボーイとか色々観たくなった。 - 2025年12月14日
ブランコブリッタ・テッケントラップ,梨木香歩読み終わった大学の同級生が編集担当したというのでおすすめしてもらった本。鳥がたくさん印象的な感じで出てきて、梨木さんの翻訳というのも合ってて良かった。本のことを言うのにあまり上手な言い方ではないと思いつつ、かつていろんな人がいろんな場面で拠り所としていたことが定点観測で表現されてて、そこに時間の厚みを感じ、映画みたいだなあと思った。最後の展開も、ノンフィクションのような感じもして、絵空事でないリアリティも感じられて良かった。 - 2025年12月13日
小僧の神様・城の崎にて志賀直哉読み終わった大正6(1917)〜15(1926)年発表の作家・第二期の18篇を収めた短篇集。読書会で「小僧の神様」を読んだのを機に初めて志賀直哉をまとめて読む。 「小僧〜」は、読書会で読んだからか、余計に“善/偽善”とは、と考えさせられたし、最後の段落は、小説って自由だなと。 時代物の「赤西蠣太」は菓子好きの“醜男”で将棋好きという人物造形も良くて、シンプルに面白かった。お伽話風の「転生」は落語になりそう。 「焚火」「城の崎にて」は文章も良いし、暗く静かな感じが好ましかった。これが志賀直哉の大きな魅力の一つなんだなと。 「佐々木の場合」「好人物の夫婦」や山科四部作など、男女や夫婦の話では、褒められたものではないはずの、男の正直なのか開き直りなのか、内面告白が清々しさすらあるくらい。 いつか『暗夜行路』と『和解』も読みたいな。 - 2025年10月12日
歌わないキビタキ梨木香歩読み終わったサンデー毎日連載時に時々読んでいたけど、今まとめて読むと、特にコロナの時代の人の心のありようが思い出されて、そういう意味でも貴重なドキュメントと思った。東京の自宅、八ヶ岳の山小屋、そしてお母様の介護のために通う南九州、と場所を行ったり来たりしながらも、常に野鳥や草花やキノコなど自然に思いを傾け、かと思うと具体的な事件や時事的な社会のことなどの考察にも筆は及び、概して社会的動物である人類という種への理解を深めようとする試みの集積と思った。著者のようには生きられないけど、その思考の一片を共有できる本というもののありがたさを思ったり。 - 2025年9月23日
文化の脱走兵奈倉有里読み終わった@ 国営昭和記念公園大きな公園で秋風に吹かれてチェアリングしながら読み終える。 前作『夕暮れに〜』が、(ほんとはそんなことないはずだけど)無邪気とも言えるくらい、ひたすら文学への愛に満たされてたのと比べ、2022〜24年に連載された本書はどうしたってロシアとウクライナの戦争のことが随所に現れる。いや、だからこそ、かえって文学(文化)の力を強く感じた。 加えて、子ども時代の話がたくさん入ってくるのも、(割と同世代で住んでた場所もそう遠くないから実感としてわかることも多く)懐かしさと少しの寂しさとを共感できて良かった。 秋を数える話(人生の時間の捉え方が良い方に広がった)や源氏物語の話(やはり角田源氏を読まねば)、巣穴の会話(津村さんの小説みたい)、猫背の鯨(誤植の詩!)…などが特に好き。柏崎の狸の話も、最近家のことをよく考えるようになってたからとても印象深い。雪の新潟に行ってみたいな。 - 2025年9月16日
推し、燃ゆ宇佐見りん聴き終わった長距離バス移動で、初めてオーディオブックで本を読んだ(聴いた?)。意外と、というか、全然苦もなく集中して聴了できた。作品は、最初はアイドルを推すということ自体が、あんまり自分にはわからないし、そんなに興味を持てないかも…と思ってたけど、主人公の生きづらさがやっぱり切実な感じがして、それを追体験していくことはある種のカタルシスがあったと思う。あと、最近芥川を読んだから、この人生の生きづらさを書くというのは、文学の世界では連綿と続いてきたんだなあ、さすが芥川賞受賞作と思ったり。 - 2025年9月13日
読んでる明日からの上高地旅行に向けて、手に取る。 ひとまず読んだのは… 浦松佐美太郎「穂高・徳沢・梓川」 串田孫一「初夏の神河内」 田中澄江「花の百名山」 北杜夫「アルプス讃歌」 芥川龍之介「槍ヶ嶽紀行」 山崎安治「芥川龍之介の槍ヶ岳登山」 大森久雄「解説(上高地・神河内・上荻河内)」 編者でもある大森久雄さんの解説が、上高地自体の全体的な紹介になってて、かつ収録作を概観でき、そして、かつては“神河内”とも表記されたことや今どう表記すべきかの話もあり、良かった。 浦松さん(1907-1981)のエッセイは、梓川の流れにきらめく光や夕陽に照らされる穂高の岩壁などの描写が美しくて、期待が高まる。牛番や岩魚釣など人も出てくる(牧場があるんだと知る)。 串田さん(1915-2005)は、自分でも名前は知ってる山のことを書いた人。大正池は、大正時代(1915年)の焼岳の噴火でできた池だと知る。観光化されていく上高地を残念に思いながら、昔の上高地での思い出を愛おしんだりしてる。 田中さん(1908-2000)のが、一番良かった。からだの弱い息子さんのことを考えたり、一緒に来れたことを喜んだり、上高地のことが田中さんの人生の歩みとともに語られてるのが、心に染みた。 北杜夫(1927-2011)は、槍ヶ岳登山のことを書いたというデビュー長編『幽霊』を読んでみたくなった。 芥川は、こないだ「河童」を読んだから、興味を持って読む。この本に収められているのも小説だけど、山崎さん(1919-1985)のも併せて読むと、実際に高校時代に友人と上高地に来た時のことが、結構そのまま作品になってるのがわかって面白かった。カモシカに会いたいな。 また上高地に本を持ってって、他のも読もう。 (25.9.12) - 2025年9月10日
河童/或阿呆の一生改版芥川龍之介読んでる週末の上高地旅行に備えて、収録されている短編「河童」を読む。冒頭こそ上高地が出てくるものの、その後は河童の国に行ってしまって、当時の社会に対する皮肉や批評がありそうな寓話めいてくるんだけど、あんまりわかんないから少し退屈かもと思ってるうちに、雄を追いかける雌河童の話やら“自殺”をめぐる話やら、どんどん気が滅入る話になっていく。でも、なにかそこから突き抜けていく、人生について考え抜こうという凄みを感じた。1927年発表の芥川最晩年の作(同年7月没)。
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