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ゆらゆら
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@yuurayurari
2025/6/24から使い始め。最近特に好きなものは、podcast(研究中)、サイクルロードレース(ポガチャル)、本(海外文学、日本近代文学)、映画、津村記久子(最高)、国立民族学博物館、室内楽・ピアノ三重奏曲、国内旅行など…
  • 2026年10月4日
    雨月物語
    雨月物語
    読みやすい現代語訳で、怖くて哀しくて不思議な話9篇。溝口健二の映画の原作というだけでなく、今に繋がる色んな怪異小説・漫画・落語などの源泉になってるんだろうなあと思ったけど、それが古典ということなんだな。特に「菊花の約」と「邪性の淫」が好き。 「菊花の約」は、義兄弟の契りを交わした兄の方が牢に囚われ、義弟との約束を果たすために…という話で、落語の「重陽」の原作らしく、改めて喬太郎師匠の「重陽」を音源で聴いたら、特に結末のサゲがけっこう違ってて、落語らしい強引な地口落ち(ダジャレ)で落としてて、なるほどと思った。 「蛇性の淫」は、豊雄に執着する真女児(大蛇)の方に感情移入してしまって(お付きのまろやも可愛い)、何だか気の毒な気持ちに。 他にも、豊臣秀次とその家臣の霊が高野山に現れる「仏法僧」とか、崇徳院の霊が現れる「白峯」とか、出てくる霊たちも憎めない。 巻末の国文学者・長島弘明さんの「解題」も面白く読む。上田秋成は、江戸後期の“文人”、すなわち専業作家ではなく、多ジャンルに手を出す人で、小説もアマチュアで“遊び”の一つと捉えてたという話が興味深かった。 あと、訳者あとがきで円城さんも書いてたように、上田秋成は、中国の白話小説(口語小説?)の影響を受けてるらしく、ということは、この古典もまた中国の古典の影響を受けてるんだなと思うと、物語そのものの歴史みたいな大きな流れも感じられて、なんというか、愉快な気持ちになる。
  • 2026年9月26日
    室町小説集 (講談社文芸文庫)
    後南朝をテーマに、歴史的史実を自由に脱臼させつつ、自らのフィロソフィーを織り込んだ5つの小説集。 「『吉野葛』注」がその始まりで、谷崎潤一郎「吉野葛」を否定的に批評する体裁だけど、著者の興味は後南朝にまつわる話に向かってて、それがまず知らない話ばかりで面白かった。 「画人伝」は、源頼朝の肖像画(瞳に着目)と室町幕府6代将軍の足利義教の肖像画との比較から、前者を公家センス、後者を武家センスだというテーマを出してきて、さらに義教像の画家として、赤松家遺臣の小谷与次と同人物として忠阿弥なる人を設定し(架空らしい)、忠阿弥の作品(百鬼夜行絵巻とか花鳥図とか李白観瀑図とか)を語る形で中世美術評論を展開する、手の込んだ作品で面白かった。 「開かずの箱」は、北朝と南朝が自らの正当性を証明する物として奪い合う三種の神器・八坂瓊曲玉の入った箱を巡る話(箱の中身は誰も見たことがない)。赤松家の小寺藤兵衛入道が曲玉を奪うため地元実力者・小川弘光に近づこうと観修寺経茂と親しくなり、花見に奥吉野へ連れ出す。ものぐさ太郎のモデルのような経茂を“卧者”と呼ぶのが、小川公代さんの話で知ったウルフの“横臥者”と通じるようで興味深かった。 「力婦伝」は、丹生川上神社の話や一帯の産物・水銀の話題も出てきつつ、引き続き、入道が南朝から曲玉を奪うべく奥吉野へと入る話。“力婦”(=暗殺された南朝の王子達の母・山邨御前)が曲玉を護りながら葛作りやマムシを倒す力強い様子を描き、最後は入道が按摩の技術を買われて山邨御前に捕まったという終わりで、ほんまかいな、と思って笑った(本当ではない)。
  • 2026年9月21日
    吉野葛/盲目物語改版
    「吉野葛」のみ読む。南北朝の合一後、最終的には廃された後南朝の自天王を題材に歴史小説を書こうとして、途中から奈良・吉野への紀行文みたいになって、静御前伝説の“初音の鼓”を地元の農家の主人に見せてもらったり、狐の伝承めいた話を経由して、友人・津村が幼いときになくした母親への思慕の話になり…と自由で面白かった。 室町時代の歴史や、『太平記』や『義経記』、浄瑠璃なんかにもっと詳しければ、もっといろいろわかって楽しいかもなあと思ったり。 (「盲目物語」はまたいつか読もう)
  • 2026年9月19日
    そいつはほんとに敵なのか
    発売のときに買ったのを寝かせてしまってたけど、最近、身近で「敵対」「攻撃」について考えることが続き、読むなら今だと一気読み。 著者のさまざまな体験を起点に書かれてる文章だけど、仕事で出会う、一緒に話してて楽しい関係“しごとも(仕事友だち)”の話や、社会のムーブメントに“乗っかること”には距離を置きたいというような話など、自分の内面も言語化されるようでよかった。 それから、「旅と日々」や「悪は存在しない」、「ナミビアの砂漠」や「ルノワール」など、いろんな映画(自分が観たのも、観てないのもある)のことが、話の合間に挟まれてくるのも面白かった。 あと紹介されてた、「脱過激化」の試みや「オンライン過激化」のことももっと知りたいと思った。
  • 2026年9月13日
    魔都
    魔都
    夏から読んでる久生十蘭祭りの中でも、500頁超えの長編。戦前、1930年代の作品で、かつ殺人事件を扱った探偵もの(警察と新聞記者だけど)の娯楽小説の枠なので、サービス精神ある講談調の語りで進んでいくのは、雰囲気を楽しめて良かった。 物語自体は雑誌連載だからか、なかなか筋が進まなかったり、“東京の地下には、江戸時代に引かれた上水・用水路が暗渠としてあり、まるで迷宮のようで…”と、考証めいた閑筆を弄したが…と語り手自ら認める脱線があったり、かと思うと急に予想もつかないほうに展開したりで、結構読むのに時間かかったかも。 あと、警視総監や財閥やヤクザや外国の皇族やらが出てくるせいか、一条ゆかり先生の『有閑倶楽部』(大好き!)にも雰囲気が似てるなあとずっと思ってた。 誰か現代の講談師に、うまく連続物にしてやってほしいとも思ってたら、解説に、昭和51年にNHKで坂本九が三夜連続計45分で講談調で語ったのが放映されたとあって、観てみたかった。小樽の文学館に展示のあった花輪和一の劇画調の挿絵は、その時に放映されたのを「幻影城」に再録したのだと知ってらそうだったんだ!と、なった。
  • 2026年8月13日
    久生十蘭短篇選
    久生十蘭短篇選
    戦後に発表された様々な作風の15篇。中でも、田辺いちかさんの講談で知って十蘭に興味を持つきっかけになった「黄泉から」や戦争の残したトラウマが不気味に滲み出してくる圧巻の「蝶の絵」などあまり触れることの少ない戦後日本の雰囲気が感じられてすごく良かった。 他にも、パリを舞台にスタンダールのような暗い犯罪の匂いのする心理小説「黒い手帳」、日本の中世に材を取った残酷な話「無月物語」(巻末の川崎賢子さんの詳しい解説で理解が深まる)、珍しく前向きなラストが清々しい「復活祭」、闘鶏の場面が印象的な「春の山」など等…本当に面白い短篇集だった。
  • 2026年8月10日
    久生十蘭ラメール戦記
    海軍報道班員として従軍した十蘭が、「報道班員」の肩書で発表した短篇を中心に編んだ、16篇の戦争小説集。ほとんど「敵」の姿が出てこないのは、前線でないからかもしれないけど、戦中の価値観で書かれてるはずなのに、解説で川崎賢子さんが書かれてるように、審美的な文学になってるのが不思議な読後感。 3年振りにかつての親友で美食家の高橋信吉に上海で再会する「上海饅頭」は話がどこに行くのかわからない面白さがあり、民間漁船から徴用された海軍の乗組員が悉く個性的な「海図」や、どこか可笑しみある推理小説風の「効用」、戦地での“食”への拘りが感じられる「酒保」「給養」など、とにかく小説の多様さが見事だった。 各短篇の初出は1942年から1945年7月にかけていろんな雑誌に掲載されたものみたい。「ラメール戦記」というタイトルは、河出の文庫化の際につけられたものなのかな。あとで調べねば。
  • 2026年8月2日
    吉野大夫 (中公文庫 A 115-4)
    作家の「わたし」が、かつて信濃追分に実在した遊女<吉野大夫>の実像を探しながら、話の道草、逸脱を繰り返して、行きつ戻りつする小説。登場する別荘族の教授たちや土地の人の話も面白く、こないだ追分に行ったから、舞台も想像できて(吉野大夫のお墓も見に行った)、堪能した。作中に出てくる小山教授は、小島信夫がモデルというのとも見かけて、気になってる。 入院してる時にもらったスコッチのお礼の手紙という体裁の第4章、谷崎『吉野葛』と花田清輝『「吉野葛」注』の話、そこから西鶴の『一代男』の世之介のモデルをめぐる自説めいた話を展開する所も面白かった。何がどう面白いのか言葉にしづらいけど、なんか癖になる感じ。『挟み撃ち』と『夢かたり』も読みたい。 (W杯で2か月くらい本読んでなかったから、久々の読書楽しかった…!)
  • 2026年5月31日
    笑坂
    笑坂
    こないだの追分旅行をきっかけに色々調べてたら、気になってた後藤明生も夏の間、追分の別荘に滞在してその様子を元に短篇集(10篇)を書いてると知り、古本屋さんで探して読んだらめちゃ面白かった。 家族に先んじて追分に来ての一人暮らしの様子とか、地元の人たちとの交流とか、合流した子どもたちとのやりとりとか身辺雑記的なものが基本なんだけど、たまに怪談の気配だけ少し漂い始めたと思ったらそうはならなくて。どこか抑制された、独り言めいた文章がクセになる。 そして時折り挟まれる、生まれ育った北朝鮮の町・永興でのことや、道で出会った皇太子への複雑な思い(あるいは思いのなさか)など、大きな歴史の影みたいな話から、「漂着」の感覚が感じられてずしんと来た。他の作品も読んでみたくなった。
  • 2026年5月30日
    預言者の歌
    預言者の歌
    アイルランド現代文学。主人公たち市民が無関心なのか忙しさか、知らないうちに極右政党が政権を取り、国家警察局なるものが市民生活をどんどん狭めていき…という話で、敵なのか悪なのか、その顔が見えないのも不気味で、これが他人事じゃなく怖かった。 この他人事じゃない感は、今の世界のこともあるけど、三人称で、会話や思考も全部地の文でひと続きになってる濃厚で特殊な文体の没入感によるものも大きい気がした。具体的な時代・地域を思わせつつも、同時に普遍的な話のようにも感じられ、オースターの『最後の物たちの国で』を思い出したりした。 でも、全体としては、ヒューマニズムに立脚した話で、何とか希望を描こうとしてたのが救い。 ※以下、ほんの少しネタバレ 「海は人生」というのは、やはりアイルランドが島国だからなのかなと後で思った。
  • 2026年5月23日
    船頭安五郎 (1)
    江戸時代の舟運の船頭の漫画というのがまず惹かれるし、話も面白くて、人物もみんな腹に何か抱えてそうなクセ者ばかり、先が気になる。何より絵が、船の構造とか、そんなところまでよく描けるなという上手さで、話を読むのがもったいないくらい。帯の「こんな体験ができるのは、黒田硫黄作品だけ」というのが、まさに!物流博物館、行ってみたい。
  • 2026年5月17日
    菜穂子 他四編
    堀辰雄「ルウベンスの偽画」「燃ゆる頬」「楡の家」「菜穂子」「ふるさとびと」。 「ルウベンスの偽画」は軽井沢で片山母娘がモデルという女性達との…というのは繰り返し描かれる話だけど、順番からしてもより習作感があった(自作の詩が挿入されるのも面白い)。現実の想う人より心象の中の相手の方が本当に感じられるという逆転はプルーストっぽくもあった。 「燃ゆる頬」は、確かに今で言うBLのような少年同士の愛(未満)の話で、堀辰雄はこんな作品も書いてたんだなあと興味深く、「最後の一撃」という表現や全体の切迫した雰囲気が良かった。冒頭の蜜蜂の受粉の話は、シャルリュスのマルハナバチのくだりを想起させ、これまたプルーストの影響なのか。 「楡の家」は、菜穂子の母(未亡人)の視点で描かれた日記という体の「菜穂子」前日譚。話の中心は、作家・森於菟彦に想われて戸惑う語り手のこと、そしてそこから派生する母娘の葛藤・すれ違い。森のモデルは芥川らしく、小説を読む時にどこまで実在の人物を思ってよいのか、少し複雑な気持ちにも。 「菜穂子」は、堀自身が「生まれてはじめて本当に小説らしい小説を書いた」という作品。視点人物が、菜穂子の幼馴染で建築家の卵・都築明、菜穂子の夫・黒川圭介、そして当の菜穂子の3人で、各人の思いが交錯し、なかなかの読み応えだった。「結婚した女」のしあわせの追求とその不可能性を感じたり(不可能の中での追求とも読めるのか)。 「ふるさとびと」は、「菜穂子」の脇役とも言える、おようを中心に、追分の学生宿・牡丹屋(モデルは油屋?)周辺の村の歴史、軽井沢の発展なんかも交えて、そこに暮らしきた人々の様子を素朴な味わいで描く、感じのよい小品だった。菜穂子三部作とも位置づけられるようだけど、わりと後期の作らしい。
  • 2026年5月1日
    風立ちぬ,聖家族: 花を持てる女、浄瑠璃寺の春、曠野 (愛と青春の名作集)
    「聖家族」は師・九鬼(芥川がモデル)の亡き後、青年・河野扁理(モデルは堀辰雄自身)と、九鬼と関係のあったらしい細木未亡人の娘、絹子との恋愛以前とも言える心理を描いた、妙に緊張感のある小説だった。テーマは“生の乱雑さ”。 自伝的小説「花を持てる女」がすごく良かった。妻と初めて、向島の円通寺に母の眠るお墓を訪ねる所から始まり、実は父が養父で、生父がいたことを知らされた話、母・志氣と養父・上條松吉の若い頃の話などが、亡き人を想う少し寂しげで美しい文章で綴られてて胸に迫る。母の墓の近くにあった小さな子どもの墓のエピソードも心に残る。カロッサの『幼年時代』を読んでる話も出てきて、堀自身も『幼年時代』を書こうとしてる。 『大和路・信濃路』の一編らしい「浄瑠璃寺の春」も良かった。京都に、奈良との県境にある、寂れた浄瑠璃寺(通称・九体寺)を妻と訪ねた際の短い随筆で、関西弁の寺娘と妻の会話が心地よいし、馬酔木の花の話は幻想的というか、現実から遊離していく感じが、堀辰雄らしさが凝縮してる気がした。本編も読まねば。 「曠野」は、後年、日本の古代の王朝文学に傾倒していったという堀が“万葉小説”とも呼んでた作品で、平安時代の男女の哀しい話で、何か琴線に触れてくるものがあった。
    風立ちぬ,聖家族: 花を持てる女、浄瑠璃寺の春、曠野 (愛と青春の名作集)
  • 2026年4月19日
    我が愛する詩人の伝記
    室生犀星が、親交のあった12人の詩人の人柄やそこから見える作品の魅力を書いた本。 堀辰雄の章を読む。堀にとって文学の師であり父のようでもあったという犀星の文章から、堀辰雄が、無駄なことを言わない静かな人ながら、みなを惹きつけ、愛されたということがとにかく伝わってくる。犀星と三好達治との喧嘩を仲裁したエピソードも印象的。堀辰雄を支えた、たえ子夫人のことも彼女の声が聞こえてくるように書かれていて、良かった。(2026.4.19)
  • 2026年4月12日
    素面のダブリン市民ーーゆるふわアイルランド紀行
    アイルランドに興味を持ち始めて色々本とか映画に触れてる今の自分にぴったりな本が刊行されたと、とっても興味津々で読む(奥付見たら、刊行日が聖パトリックデー!)。 アイルランドのカフェ事情やポテトチップス(クリスプス)とか食の話も面白いし、映画や演劇や音楽の話題も色々メモしながら読む。 中でも、文学の話が興味深く、ユリシーズで描かれる6/16がブルームデイとして、街中でいろんな文学イベントが開かれるのを知って、いいなあと思った。あと、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』も読みたくなる。著者のウィキメディアンとしての活動の話も全然知らない世界で、面白かった。ヘイトクライムの話は暗澹とした気持ちになるけど、連帯への希望も示されていたのが救いと思った。 総じて、文化というものを大切に思い、面白がる著者の姿勢に、自分もそんな風に生きていっていいんだと励まされた。
  • 2026年3月19日
    風立ちぬ/美しい村改版
    「風立ちぬ」 大学時代の友人が最近、堀辰雄に関する本を出して送ってくれた。堀辰雄は読んだことなかったので、まずは一番有名な作品を読む。 男女の愛の物語のようでいて、病身の婚約者や山の景色など外の世界に相対する「私」という現象や自意識への考察・研究、という感触の小説だとも感じる。そういう意味ではプルーストにも通じてたりするのかな。もっと読み込んでみたくなる。 あと、巻末解説に、この作品は、執筆時に堀が読んでたリルケの「レクイエム」をふまえて書いてて、そうした「本によって本を書く」というやり方は、堀の師匠・芥川龍之介が得意としてたことで…というようなくだりがあるのが印象的だった。そういえば、堀江敏幸もそんな書き方してる気がするし、宮崎駿の「風立ちぬ」だって、そうかもと思う。(2026.3.15) 「美しい村」(堀辰雄)。もう一篇の収録作も読む。こっちは「風立ちぬ」より前の作品で、前半は小説を書きあぐねて散歩する話(雑なまとめ…)だけど、後半から「風立ちぬ」の節子のモデルに軽井沢で出会った頃の話に。彼女は絵を描いてるし、私は嫉妬するし、プルーストのバルベック、花咲く乙女たちのアルベルチーヌとの話みたいでもあって、これは!となる。ヴィラに住んでた二人の老嬢の話が気になるなあ。(2026.3.20)
  • 2026年3月1日
    デッドエンドで宝探し
    平日朝、仕事前に少しずつ読んで、前半くらいまで楽しんでたけど、ここのところ忙しくて読めてなかった。今日はお休みで、ようやくまとめて後半を読めた。 青森が好きになり、一年の3分の1くらいを青森で暮らしている著者が、地元の人でもあまり行かない青森の“デッドエンド=はしっこ”へ旅して、宝物のような場所・風景を見出していく紀行エッセイで、受け身で何かをあてがわれるのではなく、自分で“見出す”という行為の楽しさが伝わってきて、そういう旅を自分でもしたくなる。 加えて、目時の薬師堂とか、小泊の漁師小屋とか、枯木平とか、著者が訪ねた場所にも実際に行きたくなったし、野辺地町役場の昔の建物やドライブインサンシャインの天井など、もう存在しなくなったものがあるという事実もなんだか胸に迫ってくるものがある。 時折入る、地元の方たちの話も良かった。特に、「味よし」「ねぶた漬」のヤマモト食品の若社長の「なるべく働きたくないっていう気持ちを形にしてくださいってみんなには言ってるんで」という言葉が素晴らしかった。トランプゲーム「五人カン」も気になる。
  • 2026年2月15日
    タタール人の砂漠
    タタール人の砂漠
    敵襲の到来が一筋の希望という、ある砦の任務についた若き将校の単調な日々。気がついたら《時の遁走》にのみこまれている人生で、もう若くなく、最後に残った希望が《死の想念》というのは、この年齢で読んだからか、何となくわかる気がした。ブッツァーティの原風景とも言えそうなドロミテ・アルプス、いつか見てみたいな。
  • 2026年2月7日
    ふつうの人が小説家として生活していくには
    小説も大好きな津村さんへの4日間にわたるロングインタビューということで、もったいなくて、毎週末に1日分ずつだけ読んできたけど、とうとう読み終えてしまった。なんというか、正気を保てる本、という思いが一番。 “いい人間にはなれなくても、いい行動はできるでしょということを書きたい”とか、“お金を出して誰かの人生をコントロールするより(←作られた幻想)、自分の人生をコントロールするために動いた人は大丈夫”とか、“精神的なギャンブルと感情的にケチなこと”とか、“自律性と時間は残る”とか、心に残る話もたくさん。あと、ティモシー・スナイダーの『暴政』読みたいな。
  • 2026年1月4日
    アワヨンベは大丈夫
    気になってた伊藤亜和さん、別冊太陽の呪物特集のイベントを視聴して面白かったので、読むなら今だと手にとる。セネガル人の父と日本人の母の間に生まれた著者の、20代の日々と子どもの頃の思い出を行き来するエッセイで、とにかく文章が面白くて、性別も年齢も境遇も全然違うのに、彼女の人生に思いを寄せながら読んだ。父と娘、母と娘、弟、祖父母と葛藤の少なくない家族の話としてもある普遍性があって読ませたし、一番感じたのは、人は“正しさ”だけで生きているのではなく、その間に人の生があるんだなということ。まとまらないけど、そんなことを思った。
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