アナーキーのこと

21件の記録
JUMPEI AMANO@Amanong22026年5月30日まだ読んでる朝読書@ 自宅掃除を済ませて「権力(第2部)」、「親と子」、「国家」の節を読む。「国家」の節は今の自分の関心からしても特に面白かった。不服従兵や警察の話など。


JUMPEI AMANO@Amanong22026年5月29日まだ読んでるお風呂読書@ 自宅今日は国会前のデモでくたびれたので「アナキストとは誰か?」の節だけ読む。参加したみなさんも、平日夜にお疲れ様でした。










JUMPEI AMANO@Amanong22026年5月28日まだ読んでる@ 電車長めの移動なので「アナキズム思想のさまざまな潮流」、「アナキズムとフェミニズム」、「アナルコ・エコロジー」、「黒旗と丸囲みのA」、「内部でのさまざまな論争」の節を読む。
JUMPEI AMANO@Amanong22026年5月27日まだ読んでる就寝前読書お風呂読書@ 自宅今日は「形而上学」と「暴力とテロリズム」と「アナキズム運動の歴史」の節を読む。 昼休みに参加した「市民総監視の国家情報局法案の成立を許さない! #0527抗議行動」のときに、オープンマイクである方がアメリカに激怒していたけど、それと重なる記述だ。私も同じだよ。本当にふざけるなと毎日思っている。もちろん日本にも。 〈アナキズムはつねに19世紀末に炸裂したいくつかの爆弾というテーマに沿って説明されなければならないというのに、共和主義と自由主義のほうは、福音主義や植民地主義やレイシズムやセクシズムに関する責任をいっさい免れることができている。数百万人の犠牲者を生んだ一連の戦争の責任は国家主義にある。都市への原爆投下を2度もおこなって、数十万人の民間人を殺戮したのは、自由主義・共和主義であるアメリカ合衆国にほかならない。それでも、原爆について一度も触れずに共和主義や自由主義について本を書いても、遺漏のない書物として読まれることができるわけなんだ。アナキズムについてのあらゆる本は、お手製の爆弾を投げつける人びとの話から始まっているというのにね。〉(82頁)










- 読み終わったまた読む買うことを決めた私たちは時に、自由ではないと感じる。方や、ある集団の中で役割を与えられたり固定された立場にいても、不自由に感じないこともある。 自由人という言葉は時に、自己中心的であるとか、周りのことを考えないとか、そうした意味での謗りの言葉として使われる。 私は自由であることを望んでいる。それは、自己中心的になることも、しかし関係性の渦の中で他律的になってしまうことも避けた、私が私に“依拠して”決定できる主体であり続けることだと思っている。そして、そのためにメタ的に己を省みることができたらと望んできた。 しかしメタ的であることに終わりはなく、気づけばメタ的であることにより雁字搦めになり、不自由になってしまうことが多かった。 アナーキーは制約を避け、人々と相互に助け合いながら、自由であることを望む思想だと理解している。その上で、上述のメタ認知の問題について、アナーキズムの実践者はどのように向き合っているのかが知りたかった。それでこの本を手に取った。 実際この本は、アナーキズム、アナーキーについて、豊富な事例やさまざまな活動家の態度の参照を通して知ることができる。 しかしむしろ大きかったのは、クィア論や『アナーキーのポケット』の論など、今後の思索を深める可能性を知れたことである。 そして何よりも、この適切に自由であることの苦悩の中で、おそらく何人もの人々が考え、失敗し、しかし何か希望を掴んできたことを目にしたことが、この私の苦悩もまた肯定してくれるような気がして、私もまたその苦悩に向き合ってゆく一人なのだと勇気づけられた。 また色々知り考えたのち、また読み直そうと思う。
ギロbot@guiro_bot2025年8月29日読んでる表紙の字の印刷がインクが滲んでいる(シルクスクリーンのインクの滲みみたいな)感じでよい これまで長年民主主義について考えてきた父:トマ・デリが、政治学者の子:フランシス・デュピュイ=デリにアナーキーについて問う
なかちきか@susie_may41412025年8月2日買った@ くまざわ書店 田園調布店フーシャピンクの帯、見返しはビリジアン。装丁が美しくて中身もろくに見ずに買ってしまった。 父子の対話形式になっていて、びっくり。息子が父に語る「アナーキーとは」。








