宗教の本質

13件の記録
檸檬🍋@mitternacht262026年2月9日買った読み始めたちょうど考えてることのヒントが得られそうで買った。お二人の言葉は入ってきやすい。それこそ今回の選挙で「空虚な言葉」への絶望感でいっぱいで、仕事しながらもヤケクソだったので文字を追いながらちょっとホッとするというか、そんな気持ち。
植月 のぞみ@nozomi_uetsuki_r4102026年1月1日買った2025年購入した本今日購入。 Mastodonで話題だった本。 わたしはプロテスタントのキリスト教徒だが(洗礼は受けた)、同調圧力が強い教会の雰囲気が嫌で長らく通っていないし、聖書もあまり読めていない。 でも、改めて「宗教とは何か」を見つめ直したくて買った。 「宗教怖い」と思っている人は、この本を手にとってみていいかも。 ちなみに、教会に行っていないわたしだが、キリスト教に出会ったことに後悔はない。




小野 妹子歩@imokov2025年12月10日読み終わった借りてきた宗教は学ぶだけの対象になり、生きる何かではなくなりつつある。そんな違和感に警鐘を鳴らす一冊。太宰の本質は、破滅型でも自堕落でもなく、聖なるものへのあこがれ。聖なるものとは何か。知の向こう側にあるもの。知るだけでなく生きることを求めること。
いま@mayonakayom222025年10月12日読み終わった朝時間で少しずつ読み進めていた往復書簡を収めた新書。 章ごとに「信じる」「読む」などテーマがある中今1番心に残っているのは、「歩く」の章。 『ドロシー・デイにとって「歩く」とは「生きる」と同義だった。「歩く」ことは、ある種の「繰り返し」のように感じられます。しかし、同じ一歩はない。人はいつも新しい一歩を踏み出している。 「反復」と「繰り返し」は似て非なるものです。前者は、新しい営みを生み続けることですが、後者であると認識しているとき、人は、自分は同じことを行っていると思い込んでいる。また、「反復」に意味を見出すことは困難ではありません。しかし、「繰り返し」だと感じたとき、人はそこに意味なき時間を見出してしまう。 宗教は「歩く」ことに象徴される「繰り返し」を「反復」に変じようとする道程なのかもしれません』 次回読み返した時は違う箇所と違う出会い方をするだろうと思う、それが楽しみ。












