テーマパーク化する地球
15件の記録
風邪ひき@damdamdan2026年6月14日読み終わったこの人の言葉は腑に落ちる。 理想も現実も言葉にし、その間で思考として右往左往する姿をドキュメンタリーとして書いている感じがする。 第一章のテーマパーク化と、第二章の慰霊が対になっている。 対立軸にした方がわかりやすいが、そうはしない。そういう分かりやすい対立や政治的態度表明への誘いが今の分断を生んでいるのでは?と第四章の加藤典洋についての文章で書いているように思う。その対立しそうな2つを繋げる力が「語り口(文学)」にあるのでは、と。「あれとこれ、言ってることが矛盾してんじゃん?!」みたいなロジックをハナからもっと大きいスケールで捉えている感じがする。というか、世界はそもそも矛盾にあふれており、それに対して「自分のポジションからの価値観」を言い続けるだかではスモールサークルを作るだけだ、というようなことも、別の本で『訂正可能性』という概念の説明で東浩紀は言ってたと思う。 この本は過去に読んだ東浩紀氏の『弱いつながり』や『観光客の哲学』につながる本であり、この先に新作『平和と愚かさ』があるのだと思い、『平和と愚かさ』を積ん読にしてこっちを読んだ。旅行エッセイのような文章がこれらの特徴のひとつだと思う。東浩紀にとって多様な違う価値観を横断して繋げるものとして、「文学」と同じく「旅」という手段があるのだろう。 読んで、とても良かった。別に読者にむけてそんな言葉がある訳でもないのに勇気づけられた。









-ゞ-@bunkobonsuki2026年6月7日『テーマパーク化する地球』は、東浩紀が2010年代に展開したエッセイ・評論・対談を集めた本である。 表題の『テーマパーク化する地球』では、中国の都市・大連を訪れたことをきっかけに、なぜ都市がテーマパーク的な要素を取り入れたのか、その必要性を考察する。 後の著作『平和と愚かさ』と本書をセットで読むと、内容の乖離に驚く。本書では「忘れない」がテーマになっているのに、『平和と愚かさ』では「忘れること」がテーマとなっている。 二つの著作を読み比べてみて、私は「ほどよく記憶するというのが平和に必要なのではないか」という、消極的な態度に至った。 例えば新海誠の『すずめの戸締り』では3.11の出来事が出てくる。しかし、それはさらりと出てくる。あの映画を観た私は「ああ、あった」という感情に満たされた。 当時の私にとって3.11は半ば歴史であった。体験はしたが、どんな体験であったか、断片的な光景を覚えている程度だった。そんな半歴史的体験を、確かな体験として呼び戻されたのである。 東浩紀の語る『平和と愚かさ』では戦争を主題としているので、災害を扱った『すずめの戸締り』の手法が適用できるとは限らない。 しかし、「ほどよく記憶する」という点で『すずめの戸締り』のような作品はもっと注目されるべきではないかと思う。
回寅治@Mawari_trahal2026年1月2日気になる10年来の個人的な思い入れから熱海に通い続けていて、今日も馳せ参じた。「◯◯は有名になって変わった」とか「観光客のマナーがよくない」とかでは片付けられない問題を感じた。イライラしながら、でも救いを求めるようにして存在を知った本。絶対に読みたい
Aquaporin@aquaporinase2025年11月30日読み終わった部分部分は雑誌の方で読んでいたため、振り返りながら読む機会となった 読書案内としても面白かった ・公と私がインターフェースとしてあるという話 ・制作と運営の思想 ・イブル ・かとうてんよう ・左巻き式 ・/風景 あとで知りたいものが多い 情報と質量性について 超越と超越論性の話などこんなにもわかりやすく書けるのかと驚いた 超越の世界の実体化と、超越の思考の運動 霊と批評 天然思考や福尾匠の言葉と物の二元創発のあたりなどと一緒に考えたいところ









