Aquaporin
@aquaporinase
- 2026年1月11日
ねじまき鳥クロニクル 第1部村上春樹生存者の話 トラウマの話 低級の欲望の話 なんか似てるの話 村上春樹にあまりいいイメージがなかったけれど、本書は面白かった 回転木馬のデッドヒートもそうだが、女性の描写のところで、これまでなんとなく頭に描いていた村上春樹像と違っており、良い意味で裏切られている。 クミコとクルタがいつもわからなくなる。 井戸に差し込む光の描写が昨日読んでいた吹雪の絶望描写と違って面白かった 本書では絶望はやはり絶望としてあった。 - 2026年1月10日
吹雪ウラジーミル・ソローキン,松下隆志読み終わった面白くて一気読みした、 懐かしみのあるような話 馬の大きさと移動は文明の規模を表していて? 落下の王国となんとなく近い。 死体と雪と馬と。 ピラミッドの描写とその意義(絶望の良さ)はハッとさせられる。 - 2025年12月28日
回転木馬のデッド・ヒート村上春樹読み終わった今のところ彼の作品で一番好き 似ている存在にいつのまにか身体的に影響を受けるという作品集 それが、事実、小説という主題とも並行してある。それは単に並行なのか、事実に似た小説という意味で重ね合わされているように感じる。 彼の文体がその主題に合っている。その主題のために彼の文体があるような形で。 そのため、村上春樹の文体を単に模倣することではあの文章は生まれないだろう。 彼が前書きで書くことには、事実に即して書いた作品集でもあり、小説とは言いにくいということだった。 だが、ジャンルが何かは言い難いが、文学的に価値がある。いや単に再読したくなるほどの作品だし、何よりも書かれないと存在できないようなものが描かれているという感触が確かにある。 - 2025年12月27日
天人五衰三島由紀夫読み終わった生きること=老い 自我のある認識から、自我のない認識への変化が、見ることの能力の変化に繋がれている。 意志と歴史の観点の話はよくわからなかった。 阿頼耶識のような概念は本多、透、慶子は決定論としてある無秩序として描いていた印象がある。 (細かい部分は暁の寺の部分で本多の読解があるが読み飛ばし気味でよくわからない) 透にとって、神に決定される存在であること(本物)は自尊心を支えるものになるが、つまらないものに決定される存在であること(偽物)は自尊心を壊される。 最後の聡子は、少し違う印象を持つ。 彼女が決定論としての無秩序であるかどうかにかかわらず、端的に捉えようによって変わりますし、というようなところにいる。 本物か偽物かわからない、もしくはわからないことすらわからない、忘れているのか、忘れているのかすらわからない存在として存在する。 本多にとってどのような存在として映ったのかわからない。 本多は、最後の庭をベナレスのように入り乱れた汚濁=神聖でもなく、最後の場面で想像するような、事物の背後に回り込むような見方ではみない。 ただ明るく奇妙なところもなく、さらには、どこにもなく記憶にもないところとして庭を見る。 この見ることは、何に属する見ることなのか私にはわからない。 図式もなく、ただ見ているというように見える。 否定を介して語るほかないような見るであるが、そのような否定を介した見るのような印象を受けない。 進化生物学者が浸るような動態を見るような見るでもない。 水仙体験として、今ここで見ているということを特別視したようなものでもない。 本当は元から世界はこのようであったのだという驚きの元に見るのでもない。 そのような見るは、特別なこともない、生活の見るにあたるといいおくことしかできない。 - 2025年12月23日
平和と愚かさ東浩紀読み終わった全体 ・考えないという平和の状況を考えるということ ・考えないために考えるということ の二点は本書を通じて変わらなかった点だと思うけれど、 それ以外の部分、特に、忘れること、幻想を見ること、現実を見ること、数でみることと、固有名(=子どもの顔(?))についての論に、抽象的な統一解のようなものは捉えられなかった。それは個別の例に対応して考えているからだと思う。 それは平和は思考不可能というように書かれていたこととも重なる。 判事がする仕事ととても近いのだろう。どんな事例でも個別の事例にそった手掛かりがある。そして、それに向き合うものは考えざるをえないのか、意気込みをもってなのかわからないし、スタイルの違いがあると思うが、ともかく考える。そして、その時々の答えを出す(/ことになる)。 - 2025年12月19日
視覚的無意識ロザリンド・E.クラウス,谷川渥読み終わった面白かった 東浩紀の存在論的、郵便的の議論と似たところが多く、 福尾匠もロザリンド・クラウスのあまり明言していないけど影響をたくさん受けたのでは?というような感覚になりながら読んでいた。 Lシェーマ周りのところが何度読んでも理解できないところだけど、本書の図解は独自解釈かもしれないけれどわかりやすい方だったので、本腰いれて読み返した方がいいのかも。 YouTube 上でクラウスの解説している動画を見つけたけどそれも面白かった - 2025年12月13日
奔馬三島由紀夫読み終わった終わりは夢が現実に打ち勝ったのか、夢が現実として打ち勝ったのか、夢が現実になって打ち勝ったのか。 天と地をつなぐ純粋性 矛盾を閉じる物語と 罪に罪をぶつけることは、 矛盾を矛盾にぶつけること? 「女なら幻など追わんで生きて生きられるでしょう。」490はもう少し考えたい 基本的に歳を取ることが醜悪な世界観で、ただ裁判のあたりの本多はそんなに醜悪じゃなかったと思う。 416の純粋なんて知っていたら世間は愛することはできないというところも好きだった。 467から始まる勲の供述により、勲が考え、かつ、直感も働く青年として描かれている。三島は本多の立場から勲をある種の考えなしの青年としても描いていたようにも思うが、それでもこれだけ賢い人だったのかと、今の私たちは本当にもう何も考えていないのではないかと、ありきたりな感情ながらも思い知らされた。 攻殻機動隊もそうだけれど、歴史観を持って日本のことをよく考えている。現在にも尾を引くものばかりだから私も考えたいところ。 - 2025年12月11日
- 2025年12月7日
芸術起業論村上隆読み終わった - 2025年12月6日
アヴァンギャルドのオリジナリティロザリンド・E.クラウス,谷川渥読み終わった - 2025年11月30日
テーマパーク化する地球東浩紀読み終わった部分部分は雑誌の方で読んでいたため、振り返りながら読む機会となった 読書案内としても面白かった ・公と私がインターフェースとしてあるという話 ・制作と運営の思想 ・イブル ・かとうてんよう ・左巻き式 ・/風景 あとで知りたいものが多い 情報と質量性について 超越と超越論性の話などこんなにもわかりやすく書けるのかと驚いた 超越の世界の実体化と、超越の思考の運動 霊と批評 天然思考や福尾匠の言葉と物の二元創発のあたりなどと一緒に考えたいところ - 2025年11月30日
鏡子の家三島由紀夫読み終わった - 2025年11月30日
- 2025年11月15日
失踪の社会学中森弘樹読み終わった面白かった ここで出てきた概念はまた整理したい。 規範から別の規範に移ることの説明として、規範を破壊し尽くした後での回復、規範に押しつぶされた後での回復、規範を遵守した結果としていつのまにかの回復(マゾヒズム、リテラリティ)、第三者的な論理の組み込み(観光客、ネッ友、天然知能)による変化がある気がする。力点の違いがあるだけで、これらは似たプロセスを踏んでいるものも多そうで。 特に気になるのは、社会生活を送りつつも疾走することができるかというところだと思う。 いる、いないの峻別を、移動という便利な程度問題も使わずして、いながらにしていないをどう描くのかに興味があり、一つに、中森さんが自作で本作よりも書かれていた、空間的要素が距離や目線や注意の話が関係しているように思う。そして、それは心理的にも言えるものであり、心理的には演技の話になる。福尾匠が議論し始めたガラスの話はここにあるのだろう。 フィールドワークに留まらずに理論的にも考えられている読み応えのある本。 やはりいること、いないこと、生、死 の微妙な違いを辿っていく必要があることを何度も感じさせられる。 二種類の呼びかけ、二種類の神(赦し、隠し)が登場して、頭がこんがらがっているのでまた整理したい。 最後の第三者の必要性の議論は、ものごとの配置とその変化、ドゥルーズの領土論のように、変化スピードをまず存在論的にかつ形式的に捉えることで、イメージとしてはよくある議論(斎藤環や東浩紀や東畑魁人など)だとは思うが、実例と結びつくことで力があるし、隠す神や赦す神と結びつくことでの説得力がある。 - 2025年11月9日
闇の精神史木澤佐登志読み終わったどの章も面白い。 もはや文字の並びが面白い。 Yeuleやソローキンやリミナルスペースやベイトソンやドゥルーズ(ザマニ)に紐付けるなどできて、ずっと脳がパチパチしていた。 スロットがアメリカと海外で音が違うこと カジノとパチンコで密度が違うというこばなしもたのしい ニューロマンサーのカイボーイはユールの最新アルバムにつながっていそう 不気味なものは、身体の精神の二者択一を分けられないこと ミシェルフーコのユートピア的身体は身体の有限性と受動性の話であり、ドゥルーズのマゾヒズム論(千葉等)か有限性と倫理(福尾)と合わせて考えたい。 不死のレーニンは、青い脂のままであまりにも飛んでもない文字面でもはや感動する。 フョードロフの霧散したものから秩序を作る発想、逆伝播的に死者を復活させていく、から、資源が足りないという流れはどのような下地によって可能になったのかが書いてあった気がするが、縁遠い考え方であり一読しただけじゃ納得ができない。 ネットワーク、進化、宇宙が19世紀に重なるのも、不思議。ネットワークはそんな昔からあったのか。 屍者の帝国の時代? 『パーマー・エルドリッチ』の中の薬剤の、キャンDとチューZの違いも面白い。離脱と混濁。 - 2025年11月9日
アーキテクチャの生態系濱野智史読み終わった面白かった ローレンスレッシグの東浩紀の観光客の哲学の不能の父論も繋がる。 ブログがSEOに強いから普及したという話は、今の時代でも変わらないというか、ビジネスモデルは大きく変わるだろうが、AIが普及した場合の方が機能としてはより重要。 動物化するポストモダンやサブカルチャー神話解体から、界隈消費までの間を丁寧に埋めてくれている本だと思う。 同期、非同期による情報環境の違いの説明は、時間だけでなく、空間的な話にも筆者の無意識か手を伸ばし始めており、空間的・画面上での配置の話、表面の層に多種の時間が織り込まれた地層ののようなものであり、その地層の違いによって、情報環境を種別化できるという、地学的な話として読んだ方が良い。 SNS的なものの分析が多かったが、LINEがどのように分析されるのかは気になった。 MIXIの足跡機能はラインの既読に近いけれど、ラインは開封という形であるからか気楽さがなく、鬱陶しく、髪を引っ張られているような嫌さがある。あれは非同期で打てるからこそ、いつでも返せるはずだという圧になるという意味で非同期の気楽さが反転し、同期性への重力を伴うものであるだろうか。この同期生への重力の知覚、共有がコミュニケーション形態の違いを生む。良くも悪くも置く会話、掲示板のような会話が難しいツールがLINEなのだろう。 - 2025年11月8日
- 2025年11月8日
- 2025年11月2日
統計学を哲学する大塚淳とても面白かった 学部のうちに読んでおきたかった 徳認識論は、主体の想定、ないし、主体と機能、つまり、理論と実践結果のコインの表裏を内包した言い方を奇しくもしているように感じた。 後でバラされることでのちゃぶ台返しの問題が生成AIにあるということを、徳認識論として理解すればいいことがわかった。 また、物質界と精神界をつなぐものとしての数式は不思議だとして、ベイトソンは天使のおそれで語っていたけれど、同様の問題は、いずれの統計的手段を用いても起きる。ただそれでも、数式を置くことができ、信頼性を感じるということが、統計の道具的な力だと言える。 - 2025年10月19日
テルリアウラジーミル・ソローキン読み終わったすべての章が異なる書かれた方をしており、その中の次の文がどうなるかがわからないのに、だからこそ、読ませる力がある テルルではないが、人間の限界を本書は、ソローキンは拡げてくれる。
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