
かわいいペンギン
@DMK_penguin
かわいいペンギンです
- 2026年3月21日
贈与論新装版マルセル・モース,有地亨読み終わった今自分は「住まい」に関する研究を進めており、住まいの中でおこなわれていることのうち、とくに共食・供食に関心を寄せている。食を通じた親しい人間関係の構築の元は親族研究であり、さらにその元の議論は贈与論であるということがわかったので、大元を理解するために読んだ。 人類学の領域で研究をしているとしばしば『贈与論』を基に発展した議論に出会うし、調査に行く前のこの段階で知識をつけておこうという目論見もあった。 贈与論の議論の要点については色々な人が言及・解説していると思うので割愛し、自分の読後の感想を書く。 「贈与論」とは、物(とそれに伴う送り主の一部)の贈与とその受け入れ及び返礼が人間関係(人–人、人-集団、集団–集団)を構築する、という議論だと理解した。 受け入れと返礼がなされる理由は、手元にあるさまざまな民族誌的データを一定程度抽象化すると、受け取りには集団内外における名誉がかかっており、さらに物自体に返礼の義務を課す性質が宿っていると言えそうで、そう説明すると贈与に返礼が必要な理由がうまく解決しそう、ということだろうか。 改めて感じたことは、人類学の先生方が学生にやってほしい、あるいは自分も目標としている地点は、こういう昔の大研究者のように、自分が専門とする地域を持ちつつ、さまざまな地域や時代の事例を軽やかに集めて比較し共通点を見つけ、人類に普遍的なものを論じたり、さまざまな地域で使える「世界を見るメガネ」なのかな、ということ。 とりあえず、読んでよかった古典の一つになった。 - 2026年3月4日
手の倫理伊藤亜紗気になる - 2026年3月3日
熊になったわたし 人類学者、シベリアで世界の狭間に生きるナスターシャ・マルタン,大石侑香,高野優読み終わった「〈世界との関係の変質〉ーこれは〈狂気〉のことを学術的に述べた言い方だ。では、狂気とは何か?それは私たちと外部との境界が、少しずつ、あるいは一瞬にしてなくなってしまうことだ。まるで夢の時間の深みに降りて、自分が徐々に溶けていくように。すべての存在の境界が流動的で、安定した存在などひとつもなく、あらゆるものになることがまだ可能なーそんな夢の時間の深みに降りて、自分が溶けていくように。だが、もしそうなら、私は狂気に捉われているのだろうか?」(pp.155-156) * この本は、カムチャツカ半島の森の中で暮らすエヴェン人の家族の元でフィールドワークをおこなったフランスの人類学者 ナスターシャ・マルタンのエッセーだ。 本書の解説にもあるとおり、この本はエヴェン人のアニミズムや熊信仰を体系的に説明するものではない。著者が熊に噛まれて生き延びたという体験を軸に、アラスカ(著者の以前の調査地)やエヴェンの人びとの生活習慣や思考様式をその身に取り込んでいるような文章と、動物、とくに熊が出てくる夢について分からなさを抱えながらフランスとカムチャツカを行き来する行動のなかで、著者が心身ともにメタモルフォーゼしていく過程が織り込まれているものである。 * 本書の重要な要素の一つに、狂気と夢に関する言及がある。 著者がフランス人女性の一般的な人生の枠にはまらずに海外でフィールドワークをすること、熊に顔を噛まれたことをある種運命的なものとして捉えていること、自分のなかに熊性を感じていること、熊に噛まれたことで自分と外の世界の存在との境界を失ったように感じていること、動物の出てくる夢を自己の投影以外のものとして考えること。これらは現代ヨーロッパにおいては「狂気」の部類に入るに違いない。現代では夢は自己の内面の投影で、一人の人間は外の世界と境界を引いた個人だからだ。著者がフランス人ということもあってか、狂気について論じたフーコーをちらっとなんとなく思い出す。 一方、エヴェン人のダリア(著者の受入家庭の主人)は「「夜中に見たものが自己の投影であるとはかぎらないの。…(著者が見た夢は)外にいる者たちとつながる夢だから。私たちはそういった夢で外の世界にいる者たちとつながるの。」(p.151)と著者に語った。 * 私は最初、エッセーを面白く読みつつも歯の間に小骨が引っかかったような気分で読み進めていた。それは、読み始めたときに著者の態度を誤解していたことと、自分自身かなり「西洋的」立場でものを考えていたからだ。 前者については、著者が熊に噛まれたことを重要視し、「半分人間で半分熊である」と考えていることを、「調査対象地の世界観を過度にインストールした、現地に被れた人類学者」と無意識に思っていた。後者については、「ヨーロッパ出身の人類学者が調査対象地の価値観でものを書いている。現地の人が現地の世界観で書くのは興味深いが、ヨーロッパ人が留保なしに書くと怖いし傲慢だ。」というものであった。 では、著者は調査協力者の人びとの思考様式に対して、実際にどのように向き合っている(と私が思い直した)のか。 著者がアラスカでフィールドワークを始めた時は、森林とそこで生きる動物の夢を見るようになった時、その状態を「人類学者になるために必要な共感能力が自分にも備わってきただけ」と考えていた。その世界を「そのようにあるもの」として生きておらず、「共感能力」によって彼らの世界観や思考を外側から把握しているような状態だった。つまり、この時点では調査協力者と他者として向き合っていた。 しかし、エヴェンの人びとのものに来て、毎日濃密な夢を見るようになってからは、「私は〈外の世界〉に棲みかをつくってしまったのだ。だから、獣たちの夢を見た。」(p.149)と、「そのようにあるもの」として本気で考えるようになった。著者はエヴェンの人びと暮らすなかで見つけた〈外の世界〉でメタモルフォーゼしているのである。 ただし、本書にはエヴェンの人びとの世界観や熊信仰について体系的には書かれていない。著者自身も夢や熊の解釈に悩んでいる。つまり、この著者の思考は、エヴェン人の影響を受けつつも彼らの世界観を完全に内面化しているわけでもない。彼女の今の状態は、「著者はエヴェン人と暮らしたことで、フランスとロシア*とエヴェンが著者のなかで独特に混ざり合った世界観に生きることになった」というものではないだろうか。著者はその混ざり合った世界からこの文章を書いていたのである。 *本書の書き振りから、エヴェン人はロシア語で著者とコミュニケーションをとっている。ソ連時代の集団化の経験もあり、エヴェンを通じてロシア的な世界観も入っているだろう。 * そうだとすると、「人類学する」とは、自分の身体のなかに、生まれ育った世界と調査で踏み入った世界、それに関連する世界を自分なりの調合で混ぜ合わせて、そこから世界を見る新たな目(理論、枠組み?)を見つけることなのかもしれない。ただしその配合は難しい。育った世界の割合が多すぎると「自分化中心的」になるだろうし、現地が多すぎると「ルポとしては良いかもしれないが理論的に不十分」と思われる可能性があるし、「それに関連する世界」(とりあえず人類学者たちのコミュニティや、人類学周辺分野の理論的議論を想定している)が多いと「ノスタルジー」と批判されてしまうだろう。私はとくに後者2つのことを言われた経験がある。 * この本は「書籍」というよりも、筆者の思考を書き出したノートみたいだった。作中でも調査中に書いていたという「ノート」への言及があったからだろうか、また、「章」らしい章分けがないからだろうか、そのようなイメージを持った。 - 2026年1月11日
- 2026年1月11日
内在的多様性批判久保明教気になる - 2026年1月11日
人類史のなかの定住革命西田正規気になる - 2026年1月11日
- 2026年1月11日
- 2026年1月10日
- 2026年1月10日
記憶現象の心理学ベネット・L・シュワルツ,アン・M・クリアリー,山本晃輔,槙洋一,清水寛之,瀧川真也気になる - 2026年1月10日
世論と群衆ガブリエル・タルド気になる - 2026年1月6日
住宅貧乏都市モスクワ道上真有読み終わった今年2冊目の本(ブックレット)。 社会主義住宅建築大好きマンなので、類似の本を何冊か読んでいるけども読むたびに新しい発見があるし楽しい。 社会主義建築史の内容の点では本田晃子『革命と住宅』の方が詳しいが(そもそもページ数がかなり違うし)、こちらのブックレットは著者の現地調査とインタビューに基づいて取材当時の人びとの生活や住宅に関わる悩み・喜びがリアルに描かれている。駅徒歩圏内に住みたいのは2000年代のモスクワ住民も現在の東京都民も似たようなものらしい。 モスクワでは道路渋滞はひどいが、このブックレットを読む限り電車は快適のようだ。ロシア留学時、講師が私を含む日本人学生に対して「なぜ東京の電車は遅延するのか?電車は(路線別に線路に沿って人を運ぶだけだから)遅れないはずだけど」と本気で分からないと言った顔をしながら質問してきたことを思い出した。 - 2026年1月4日
資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのかナンシー・フレイザー,江口泰子読み終わった2026年最初の一冊は、昨年11月に購入して少し齧り読みして積読していた本。今年は積読本を減らす都市にしたい。 この本の要点は、資本主義は単なる経済体制ではなく、人種・(女性に偏りがちな)ケア・自然・公権力に支えられながらもそれらを喰いつくす社会秩序だ、ということである。資本主義がいかに上記の要素に対価を支払うことなく搾取・収奪しているのか、各要素間がいかに関連しているかが一章ずつ掘り下げられている。 著者は、限界を迎えている資本主義社会への対抗ヘゲモニーとして21世紀の社会主義を提案する。これは、過去のソ連などの「社会主義」国家への肯定や回帰ではなく、資本主義社会が疲弊させた様々なものを回復させるための概念あるいは仕組みのことを「社会主義」という概念に込めているらしい。 読後、正直世界への絶望感に溢れてしまい正月早々落ち込んだ。だが、改善あるいは転換すべきシステムが数多く指摘されており、自分の安易な消費行動を見直すきっかけになった。 執筆期間が2023年までということもあり文中にはAIの話題がほとんど出てこなかったが、AIがどのように資本主義を変化させるのか、本テーマに関連する論者はどう論じるのかが気になった。 - 2025年12月27日
絶望と熱狂のピアサポート横山紗亜耶読み終わったReadsのPCアプリがあることを今日知ってDLした。スマホの容量がすぐいっぱいになるので、生活に必須なアプリ以外消していたのでReadsを開くのは久しぶり。 この本は2025年最後に読んだ本。読書スピードが遅いのと最近集中力が切れやすいことで、この一年は一日に一冊読了できなかったのだが、この本は冷静な熱量に溢れていて、この熱量を中断させたくないと思いその日中に読み切った。 著者をナビゲート役として、いきなりわけが分からないまま始まる〈お祭り〉、具体的な固有名として登場する人びと、そして登場人物かつ一人称視点の語り手としての著者の存在が、著者とともに自分も〈お祭り〉の場に参加しているような感覚になった。 - 2025年7月3日
生きていることティム・インゴルド,柴田崇ちょっと開いた買った - 2025年7月3日
女が先に移り住むときシバ・M・ジョージ,伊藤るりまたいつかちょっと開いた講義の課題図書として1-2章と最終章を読んだ。移民研究とジェンダー研究の交点を学ぶことができた。著者自身、この本でメインで描かれるケーララ出身アメリカ人コミュニティに属する人だそう。この本はある意味、Elliotらが2025年にAAAで論じていたオートエスノグラフィーの範疇に近いところにいるのかもしれない(自分の立ち位置を明示してそれに基づく記述ではなかったけれど)。 - 2025年6月19日
- 2025年6月19日
- 2025年6月12日
ブルーノ・ラトゥールの取説久保明教まだ読んでる - 2025年6月8日
愛と孤独のフォルクローレ相田豊読みたい
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