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ミオReads
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@hanamio03
家とスマホに無限の積ん読を築きつつ図書館通いの円環に囚われしオタク。時々Audible。
  • 2026年3月8日
    わたしは、あなたとわたしの区別がつかない
    あまりに文章がうまくて驚いてしまった。15歳? 熟練の教授とかじゃなくて? 文章の構造、組み立て方を理解し、余計な素人のアレンジ一切なく、正しいまま組み立てると、こんなにも優れて読みやすく理路整然として人の心に直接届く文章になるのかと感嘆する。それと同時に、清廉で、光の速度のような真っ直ぐな眼差しと思考があってこそなのだろうと身震いする。光の眼差しは、その道筋以外は暗闇に切り落とされていることと結びつく。 今まで、ASDについてチャンネルが違うとか繋がってる回路の数が違うとか色々な説明を読んできたが、当事者の語る(それも類い希に達者な筆致で)世界の見え方以上に分かることはない。 「逃げるとは、理想と違う自分を許すこと」 この一文で締められる文章の、なんと光の眼差しであることか。
  • 2026年2月21日
    カフネ
    カフネ
    自分はAudible向きじゃないのかな、と思っていた。違う。Audible向きの物語とそうではない物語があるのだ。そして「カフネ」は間違いなくAudible向きだ。 こんなに夢中になってAirPodsを装着し続けたのは初めてだ。朝の身支度から始まってあらゆる余暇を物語の続きを聞くことに費やした。面白かった。何度も聞きながら泣いた。納得、というか圧巻の本屋大賞だ。Audibleの可能性を教えてくれたことへの感謝が止まらない。 物語冒頭、薫子の怒りの勢いがすごい。決めつけ押しつけ身勝手傲慢。鼻白むレベルのブチ切れ方に、しかし嫌うより先に笑ってしまう。なんかすっごいキレてるやん。読書層なら七割は好きになるだろう今時で無愛想な若い女相手に永遠にまくしたてる昭和女。あの初手のぶちかましで薫子を嫌いになれなかった。その時点で勝ちなのだと思う。一張羅を戦闘服と呼び、生ピーマンを齧りながらピーマン柄のパジャマを着て、IHに出場までしたリアル「おもしれー女」。せつなが、思わず背伸びしてしまうような、憧れのおねえさん。 冷笑か配慮で他人と距離を取るこの時代に、不躾や非礼を知性と経験で理解している中年女性が「それでも分かり合いたいのだ」と不屈の闘争心で言葉を届け続ける。何度打ちのめされても、傷ついても、それができなかった相手だっている(そしてそれが実の親)パーフェクトではない薫子が、ド根性で立ち上がる。その様の、なんと心地よく楽しく、聞いていて救われた気持ちになるか。怯んでも、越権かもと悩んでも、きちんと思考して踏み入れる。破れかぶれではない、自分が傷つく可能性も飲み込んで、何を取るのか、そのためにどうするべきなのか、薫子はちゃんと考えて行動している。 中学生の少年に名刺を渡すシーン、聞きながらべちゃべちゃ泣いてしまった。これぞAudibleの臨場感。言葉が届く。言葉を届ける。ただそれだけのことが、あんなにも劇的だ。同じ言葉を誰が言っても届かない。薫子の生き様、薫子の怒濤の怒り、不屈の闘争心、ごめんあそばせと言いながら踏み込むお節介、何より本心からの真心があって初めて届く奇跡のような瞬間。けどそれを起こしたのは間違いなく薫子なのだ。 春彦が慕い頼ったわけだ。 誰に対しても望むようにその場限りの対応を続けた春彦が、唯一怒るわけだ。薫子さんを傷付けるなんて、と。 死んで、もう会えなくて、何も聞けなくなって、分からなくて、分からないまま苦しんで生きていくしかない人生に、春彦の怒りというアンサーがぽん、と届く。何度打ちのめされても不屈の闘争心で立ち上がり続けた怒れる薫子の、その姿をずっと見ていた春彦は確かに怒れる弟だった。愛してるの言葉よりずっと確かに愛の言葉が、宇宙の果てから届いたようなドラマチックさ。言葉が届く。言葉を届ける。ただそれだけのことはやっぱり、こんなにも劇的だ。 せつなにも、薫子の言葉が届くようにと願ってやまない。言葉は届ける側と受け取る側、双方の覚悟が出来ないと届かない。けれど本来は、覚悟なんてなくても受け取れたはずなのだ。生まれたての赤ん坊がふにゃふにゃと受け取っていたように。眠る子供が、何も気づかないまま髪の毛に指をそっと通されたように。 ああ面白かった。面白かったなぁ。こんなに一気にAudible聞いたの初めてだ。面白かったなー!!!
  • 2026年2月20日
    レシピ以前の料理の心得
    好きで何度も作るレシピは数多くあれど、理屈を理解してないから作るたびにレシピを見返す。調味料を入れる順番、火にかけるタイミング、蓋をするかしないか…。美味しいものは食べたいし、料理も嫌いではない、レシピを確認するのは全く苦じゃないけど、もっと自由になりたい、そしてその自由とは好き勝手考えなしにすることではない…というスタンスのわたしには学びになるだろうな〜と思いつつも後回しになっていた本。 「レシピは、あくまでもあらすじだと思っていただきたいのです。 本当に大事なのは、一つ一つの行為にある意味(理由)を理解しようとすること。それを積み重ねることで、日々の料理も整うのだと思います。」 前書きの段階で気持ちよく背筋が伸びる。上田淳子さんは好きな料理研究家さんの一人で、今回もとてもよい本だった。この方に関しては写真と工程がメインのレシピ本より、随筆メインの本の方がよく読み返しているかもしれない。いや、でも彼女に限った話ではないのかも。レシピはあらすじで、そこには思想がある。筋道の立った思想は気持ちがいい。好きな料理研究家とは結局のところ、筋道立ったレシピを教えてくれる方で、その思想が好きなのだから、随筆とも相性がよいのは道理だ。 さて、まずは何を作ろうか。やっぱり、飽くなき探究心で何度となく作り続けている唐揚げかな。
  • 2026年2月17日
    星を編む
    星を編む
    わたしとの相性が良くないのか、そもそもAudible向きではないのか、聞いてる最中いまいち集中できないことがたびたびあって、それは「汝、星の如く」のときも感じたんだけど、今作は時代と時間とキャラクター視点がよく飛ぶので、余計感じたかもしれない。今度は紙で読んでみたい。 二次創作オタクなので、え、途中でカップリング変わって大丈夫??みたいな余計な心配もしてしまったが、それこそ長く生きてりゃあり得る話だ。だからそういうところが合わないわけじゃない。地の文の「その描写いる?」みたいなところがことごとく合わないのだ。好みの話。 とはいえこれは個人的な好みの話であり、合わないな〜と思いつつもラストの大団円に向けての、起伏をつけずに感情をうねらせていくカタルシスは気持ちがいい以外の何物でもない。
  • 2026年1月22日
    虚弱に生きる
    虚弱に生きる
    大寒波の雪に閉じ込められている間に読んだ。 わたしは平均並みには体力がある女だと思うが、近親者に虚弱がいるので何か参考にならないだろうかと思ったのが手を伸ばしたきっかけだ。実際「眼鏡をかける」「体力をつけるための体力をつける準備をする」などは実に参考になった。 しかし筆者も作中で言っていたように、程度は違えど加齢による体力低下という面では分かりあえる気がした。 『創作や表現における「才能が枯れる」「感性が鈍る」などと言われる現象も、加齢に伴う体力低下が最大の原因なのではないかと思う。単純に脳のパフォーマンスも下がるので、インプット・アウトプットともに効率も質も下がり、結果的に才能や感性と呼ばれるものが衰えたと感じられるのではないか。』 膝を打ち、じゃあどうするかというと、結局筋トレしかないのである。希望の話だ。 すごい本だったと思う。試行錯誤を経たノウハウに終始しない。自己探求と自己分析。自分はどう生き、どうありたいのか。自分の欲求を逸らさず見つめ、残酷なまでにソリッドな取捨選択をする。人生の話だ。 著者が己と己のいきかたを受け入れるまでの孤独が、あまりにもせつない。 『私の普通じゃなさに私自身も周りも困っていて、なぜ喋らないのかと散々問いただしておきながら、障害だと言うと慌てて私の普通な部分を探して強調し、普通じゃない部分は都合良く個性として扱おうとする。』 分かって欲しい。分かって欲しい。苦しみや存在を分かって欲しい。切実すぎる原初の渇望。人がバズってよかったと、ほぼ初めて思った気がする。孤独を理解してくれる人がいたのだから。 人は自分しか生きられない。理解は他人からしか得られない。アンビバレントな、けれどとても素直に届く、淡々とした語り口の、人生の話。よい本でした。
  • 2025年12月20日
    世界99 下
    世界99 下
    世界が壊れ(そしてリセットされ)こっちの世界と全然違うように見え始めたこと、空子の傍から男性性が減ったこと(そしてそれは空子が年を重ね『賞味期限』を過ぎたから)、主にその2点で上巻より怖さが減った?慣れた?こっちが麻痺してきた?読み手さえ記憶や感覚をリセットされてしまった??? けど「白藤さんって、差別しないためならなんでもするんだ」とか「ピョコルンじゃなくてもセックスしてもらえるぐらいかわいい」とか、時々指先まで悴むような怖さの手触りに目が覚める。なのに、繰り返し、本当に繰り返し同じ事を何度も描写されて(奏の現状描写なんか特に顕著)また感覚を麻痺させられる。 世界の自殺、自我の喪失、人類補完計画…それっぽい言葉はいくらでもあるけど、でもこれはやはり「怖さ」のエンタメだなと思う。あー怖い、怖い怖い、この怖さを「怖い」と思ったまま、怖さを楽しもう、楽しめる側でいよう、そういう世界であり続けるように勤めよう…………でもそれもまた、白藤さんの末路なんだろうか。 すごい話だった。村田沙耶香さんの本、初めてだったけど、他のも読もうと思います。絶望して楽しみたい。
  • 2025年11月29日
    皇后の碧
    皇后の碧
    ファンタジーの取っつきにくさは、まるで違う世界体系に突然放り込まれることだと思う。理解できない謎の世界の話がいきなり始まって、何がなんだか分からないまま、こっちに一切おもねることなく、向こうの常識のみで話が進んでいく。おかげで序盤は3回ほど寝落ちしたのだが、一度世界のとば口を掴むと、こっちの世界のことなんか全部忘れて没入していけるのが気持ちがいい。知性と世界の豊かな広がりを感じさせてくれる。 決して悪人ではなく、聡明で慈悲深い賢人の「見る世界」が違うことによるいかんともしがたい相互断絶と、それでも生きていくしかない諦念、けれどその諦念は賢さや広い視野、平たく生きていこうという不断の信念でしかたどり着けない境地である…みたいなことが、この筆者の真髄じゃないかと思う。精霊や宝石、後宮の華々しさ、煌びやかさをこれでもかと描写しながら(宝石の輝きを飲むという美しさよ!)根底にある怒りみたいなものがブレないのとか。 続くのかな?というより続かないともったいないなと思う。書かれていない物語があまりに多すぎる。そういう「書かれていない物語」はそのままでもいいのかもしれないけど、八咫烏シリーズを知ってる身としては、絶っっっっっ対、面白くすさまじく広がっていく確信があるから、よろしくね、という気持ち。特設サイトもイラストも気合い入りまくってたから期待してていいんだと思うけど〜。 11月、忙しすぎて何も読めずに終わるかと思った。よかった。
  • 2025年10月14日
    されど私の可愛い檸檬
    家族の話を思うとき、いつかマツコ・デラックスがテレビで言っていた「家族だからこそ言えないし、どうにもできないことってあるじゃない?」というような言葉を思い出す。あれほど賢く、世界の真理を見通しては、的確に言葉を紡いでいるような人にも支配できないものが家族なんだな…と空恐ろしくなるのだが、その言葉を読んでる間中、何度となく思い出した。 これが家族じゃなかったら、多分もっと早く、もっと手短に、もっと鋭く終わりにできた。家族だからできない。家族だからしない。家制度なんてクソだなと思うのに、結局家に捕らわれてることにむしゃくしゃしたり、むしゃくしゃしながらも本気で恐れて読んだ。戦慄。まさしく。姉が怒りによる目に見えないし知覚しにくい支配を始めること、血の繋がらぬ義兄には何もたどり着けていないこと、その絶望と安堵。義母の無神経過ぎる態度や言葉、それに対抗しようとする己の浅はかさと奮闘。豹変した妻と怯える娘は何もかもが怖くて泣きそうになる。話のまるで通じない異星人のような男。次々に壊されていくのに本人は気付けず知覚できず、結局できた家族のせいで苦手な決断を下せるようになる。怖かった。ほんとに怪談のようだった。 「君と一緒にいるとまともになれる気がする」 「けど、私、あんたのそういう問題をどうにかするたの道具とかじゃないんだけど?」 これに心底納得できるのに言動が「正しく」出力されない。でも「正しさ」って? コンプラに引っかかる? 引っかかりはする。けどだけど、そういうことじゃない。 ああこれが、どうにもできないことかもしれない、と思って、また一つ身震いする。
  • 2025年10月13日
    腹を空かせた勇者ども
    ぐわーーーーーーー!という、言葉にならない衝動がドコドコ湧き上がってきてそのエネルギーに心臓を三倍速で脈打たされるみたいな、もうめちゃくちゃに面白かった。子供だ。子供だけど、こんなにありのままに子供なの、その子供の心が文章に、物語になってることにずっと痺れていた。 「自分の母親がこんなママだったらマジで面倒臭くて耐えられない」「自分の母親がこんなママだったら成立していた対話が唸るほどあったんだろう」とママが出てくるたび子供の心で思ったし(そしてご飯がマジでおいしそうすぎる)、「自分の父親がこんなパパだったら感覚の遠さや共感のなさに憤りと諦めがあっただろう」「自分の父親がこんなパパだったらトンチンカンだろうとやっぱり対話はあったし支配はなかったんだろう」と子供の心で思った。 もういい大人なので物語に大人と子供が出てきたら9割大人に感情移入しちゃう今、ずっと子供の心で楽しめたり自由を求めたりできたのが楽しかったなぁ。だってあの質感。「パパはわたしが今小学生って言っても信じそうだけど、ママはわたしのブラのサイズを把握してるし生理周期もなんとなく把握してる」という差違の生々しさに膝を打ちすぎて本当に気持ちがよかった。ああ面白かった。面白かったな〜!!!!
  • 2025年10月9日
    モモ
    モモ
    子供時代に読まなかった児童文学について、「子どもの頃に読みたかった」と「大人になった今だからこそ理解できる話だ」が感想の二大巨頭になりがちで、「モモ」を大人になった今初めて読んでいたわたしもご多分に漏れず思ったのだが、最後まで夢中で読んだ結論として「読書の価値は理解力の多寡ではかるものでもないし、面白い物語はいつ読んでも面白い」である。あ〜面白かった。 風刺は現代にも突き刺さるし、今確かに考えるべき・立ち止まるべきこともたくさんあった。心に刻んでおきたい金言もたくさんあった。 でもわたしは「時間どろぼうの灰色の男たち超怖いよ〜〜〜〜」「チョコレートとはちみつのパンわたしも食べたい〜〜〜」「モモみたいにジジやベッポや子供たちや大人たちに好かれたいし、おまえ一人なんだよと世界の命運をたくされてみたい〜〜〜〜」という物語への耽溺でもって楽しみたいな〜なんて思っちゃう。大人の中にも子どもはずっといて、その子どもはいつ児童文学に触れたって子どもの気持ちで楽しんでくれるんだから、感受性も捨てたもんじゃないね。 その上で大人のわたしは、どうしても覚えておきたいセリフがあった。 「あたしの友だちも?ほんとうにそんなことをしてもらいたかったのかしら?」 「してもらいたいかどうかなんて、問題にされやしなかったさ。」 「子どもには、そういうことに発言権はないんだ」 絶対に、忘れちゃいけない。
  • 2025年10月8日
    こどもを野に放て! AI時代に活きる知性の育て方
    こどもを野に放て! AI時代に活きる知性の育て方
    YAMAP創業者の春山さんと、名だたる著名人との対談。「こどもを」と銘打ってあるし「『赤ちゃん、かわいいな』の目を授けられている」からも分かるように子どもを自然に、山に触れさせて、知の体験をしよう、とは書かれているんだけど、基本的には人間の話なので、大人もきちんと対象です。 「ああすれば、こうなる」方式 「勉強すればなんでも頭に入ると思い込みすぎ」 「思い通りにならないことや余白と向き合う」 「あらゆることに『予測と制御』が可能だと思ってる」 ちょっと自分に必要かもしれない、この考えをやめたい・抜け出したいけどどうしたもんか? と最近思っていたことが、賢人たちの知性と言葉でこれでもかと語られていた。こういう巡り合わせは、見つけたい!と思っても見つかるものではなく、いろんな分野に枝葉を伸ばして遠回りして、無駄なこともして、それでたまたま巡り合えたり合えなかったりする、まさしくこの本に書かれていることだなと感じる。 自分を幸せにするには世界が幸せになってないと無理だよ。引用は宮沢賢治にも至るのだが、その精神そのままに、YAMAPとヤマレコが共同で、ユーザーたちと集めた登山道のデータを国土地理院に還元した話は、すごく胸打たれた。池澤夏樹が「そのデータを彼らは受け取りましたか?」と尋ねた思慮や、結論を聞いて褒めてくれたことを含めて。 あとは「歩くことって気持ちいい」という話。二足歩行は脳を使う運動であり(転びやすいから)、人間の弱さゆえに進歩した形(両手に物を持ち、遠くまで移動できるように)という原初の話なんかも随所にちりばめられながらも、 「(山登りの)最初の2.3時間は身体の中にいわば灰汁がたまってる感じなので、すごくキツいんですよ。それを越えると、だんだん楽しくなってきます」 という根源の喜びの話もあって、うんうん、とにっこりしながら読んだ。楽しいね。歩きたいね。 追記というか「いろんな分野に枝葉を伸ばしてたまたまつながる」の話につながるように、ちょうど今、ミヒャエル・エンデの「モモ」も一緒に借りて来ていた。対談の中で出てきていたのだ。面白い〜と思いながら、次は「モモ」を読もうと思う。
  • 2025年10月4日
    10代HSPさんの 「しんどい」をかるくする本 そのままのキミで生きやすい道の見つけ方
    新しいことを学びたいときは、できるだけ分かりやすい、低年齢向けの本を探してしまう。自分が子供時代にこの本と出会ったら厨二病と併発して手が着けられなかったと思うので、大人になり、学びたい意欲のみで知り合えてよかったです。
  • 2025年10月3日
    イラスト版「繊細さん」の本 人間関係も仕事もラクになる方法、集めました
    こっちは特に10分もあれば読み終わるし、イラストで「見て分かる」に特化してあって、ほんとに見て分かるのがすごい。
  • 2025年10月3日
    HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン) の教科書
    知らない・知りたい言葉や概念が出てきたとき、ネットやChatGPTに聞くのもいいけど、やっぱり先人が参考資料を元に「読みやすさ」「分かりやすさ」を念頭に書かれた書籍という存在のありがたさを知る。それが図書館の電子書籍なんて場合だと「知らない!知りたい!」→即電子図書館にアクセス→参考文献借りるまで5分もかからないことの、なんてありがたさ。 「マイペースとは自分が楽だと感じるペース」 「自分取り扱い説明書を作ってみよう」 わたし自身はHSPではないけど、ストレスを減らして生きやすくするためには?という視点ではすごく参考になった。
  • 2025年9月30日
    なぜ働いていると本が読めなくなるのか
    「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」知りたくて借りたのに、読む時間を捻出できないまま返却期限が来てしまう…きっとそういう姿勢がだめだということが書いてあるんだろうな…とメソメソしていたら、すでに読んだ友人から「多分、割と結論として真逆のことが書いてある」と教えられた。 なので返却期限当日にざっと読んだ。読めるじゃん!と思いながら。そして面白い〜!と満喫しながら。 「せっかく読むんだから読書ノートも書きながら、一文も無駄にせず知識として入手したい」なんていう姿勢でいるから読む始められんのだな、まあとりあえず読まずに返すより読んで返した方が得だろ、みたいな思考に返却当日なったため読めたのだが、まさにそういうことが書いてあって半笑い、のち、軽く「にわか」で読んでよかったなと思った。 学びたいし賢くもなりたいし人生を楽に生きたいし社会を切り離して自分の世界に生きたくもあるけど、そういう気持ちは腹の底にいるけど、そういうの「まあとりあえず読むか」からの「わ〜面白い〜」をやってるときは見えなくなってるし「わ〜面白い〜」はほんとうに気持ちがいい。 返却期限にヒイヒイしちゃうけど、また何か図書館で借りてこよ。ここも、円本並べて満足するような記録の仕方じゃなくて、もっとカジュアルに使いたいね。
  • 2025年9月24日
    今日からはじめる山登り
    「インドア出不精オタクが何年か越しで登山に興味を持って始めてみたら…」という、多分この先もこれ以上シンクロする登山入門書はないだろうな…という本。 動きやすい格好で綿100Tシャツにジーンズ履いたり、オタクのグッズコレクター癖に火が付いてあれこれギアを探ってみては「沼…楽しい…」となったり、ひいこらしてる割には「もうやめる」とならなかったり。「登山はタイミング」のタイミングの感覚がかなり近いところで始めたんだろうなと思う。 体力・スキル的に似た辺りから選んでる山も分かる分かるって感じだし、コースタイムより遅れるのも、重課金オタクがパーティーに参戦するのも、ああ、ああ馴染んだ肌感…とまあ、オタクの親和性はあったんだけど、それよりなにより。 5年経っても飽きてないんだって。 わたしも、めちゃくちゃ楽しく山遊びしてる今でも、いつか登山ブームが去って飽きちゃうのかな、まあそれも仕方ないけどね、とほんのり思い続けているので、希望の星がひとつ、胸に宿ったなと思えた。感謝。
  • 2025年9月8日
    世界99 上
    世界99 上
    今年触れた物語の中でダントツで恐ろしい。 被害者であり加害者である、という読み手が持っているだろう共感と嫌悪を、グロテスクファンタジーという手法で「やや」ずらす。さながらレイヤーをずるりとずらされたみたいな世界観。けれど、その下には自分がいる世界が変わらず、なんならずらしたせいでより一層くっきりと透けて見えて、それがまた怖くてたまらない。世界99。被害者側だけに立つことを絶対に許してくれない。 「どうだ?便利だったものが、意志をもつのって、すっごくむかついて、面倒で、厄介で、できることなら目を瞑りたいだろ?お前らはさ、俺たちを、まるで極悪人みたいに、指差して、自分は被害者だから清らかだ、みたいな顔してたけどさ?同じだったろ?便利なものが現れたら、あっさり使ったろ?どこかおかしくても、目を瞑って、便利さの中で考えることなんかやめたろ?それがさ、お前らの正体なんだよ。人間ってものの正体なんだよ」 これを、自分は被害者側だとだけ信じ込めたら幸せだろうか。きっとそんなことはない。被害者だと信じ込んでいるから、「記憶を手術」しているから、本気で辛いし怒っているし、自分の加害性には欠片も気付けない。それが恐ろしい。 世界99は、被害者側だけに立つことを許してくれないので、親切なのかもしれない…なんてことはなく、それこそピョコルンのようにただそこにあるだけ。人間に都合のいいように、そこにあるだけ。ああ恐ろしい。恐ろしくて、もう何も聞きたくない気がするのに、絶対にこの世界の末路を知りたい。下巻も楽しみです。
  • 2025年9月5日
    「好き」を言語化する技術
    「頭の中の妄想をそのまま抽出できる機械があればいいのに~」という二次創作界隈では定期的に回る願望は、「まあ、実際可能になっても、そのまま抽出した妄想って面白くないんだよね」とまとめるまでが一連の流れになっている。少なくとも、わたしの近辺では血の通った常識となっている。その「頭の中の妄想」を【核】と呼び、核を包む「工夫」のことを【好きの言語化】と定義しているのが……この本の前提だ。これは絶望ではなく救いの話だ。工夫さえすれば面白くなるし、伝わりやすくなる。 伝えたい人に伝えたいことを伝える。シンプルにそれだけを追求してある本なので、技術的に目新しいことは特にない。あくまでも推しについての妄想を10万字越えの文章にするのが趣味です! みたいな推しの押し売りオタクにとっての目新しさなので「推しの魅力を伝えてみたいけどどうしたらいいのかな?」という方にはオススメだ。 それと、「自分」について最近まったく深掘りしていないな、という人。 こっちはわたしも当てはまるので、どちらかというと「好き」を言語化する技術より、そこに至る思考の方が有意義な本だった。ちょうど、思考を言語化するための筋力が落ちていると感じていた。ネガティブ・ケイパビリティ。なんでもすぐ検索したりおすすめ欄を流し見したりして「分かった」気になる悪い癖。早々の利益を求めてしまう悪癖。ここから抜け出したいと思っていたタイミングで読めてよかった。 頭の中の妄想をそのまま抽出したいとは思わないけれど、そもそもとして今、頭の中に抽出したい妄想を広げられてもいない。「推しの魅力を伝えることは自分の人生を愛するということ」という言葉にあらためて納得する。頭の中の筋力が衰え弛んでいる人生は退屈で怠惰で他者にも自分にも無関心で、良い悪い以前に、シンプルに愛せない。愛せないのはつまらない。わたしがわたしの人生を愛するには、自分の力で手で、自分の好きを言語化していくことが不可欠で、そうした方が人生楽しい方に転んでいくと思うので、楽しい方に広げていきたい。
  • 2025年8月14日
    黒部源流 山小屋料理人
    登山について思考を深めていると、他者とつながること・コミュニケーションを取って理解を深め合うこと・自分以外を思いやること・喜んでもらいたいと願うこと…みたいな、そういう、道徳としては当たり前でも自分の弱さゆえにおざなりになりがちな、根源的な尊さをあらためて学べるし「そうなりたい」と素直に思える、と思う。山小屋を営む人のしなやかな倫理観。山に生きる人たちの優しさは知恵と道徳に裏付けされていると思う。格好良いし、憧れるね。
  • 2025年8月14日
    汝、星のごとく
    Audibleで、深夜の高速道路を走っている間に聞き終えた。Audibleは自分が読みたい速度と合わないなと感じるときもあるんだけど、この物語を真夏の、夜明けに向かう移動する箱の中で聞けたのはかなり得難い経験と感動になったと思う。 好きな男のために人生を誤りたい。 なんという自由だろう。そこに至るまでの壮絶な人生を思い、指先までじんわりと痺れた。そこに至るまでの壮絶な人生、その積み重ねがあったからこそ、自由として誤ることができた。 羨ましく思う。辛く先が見えない苦しい溢れそうな生活の果てに自由になったこと、仕事があること、人に出会えたこと、愛があったこと…色々あるけれど、そういうことではなく、そういう要素の羅列ではなく、辿り着ける人になっていけたこと、それが羨ましいのかもしれない。
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