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名古屋・東山公園のbookshop & galleryです。
  • 2026年6月19日
    言葉と出来事
    言葉と出来事
    精神科医として働きながら、学術書の翻訳家としても活躍する阿部大樹さんの日記集。本書には、お子さんが初めて一人で本を読めるようになるまでの約一年間が記録されています。 言葉を獲得し、世界を広げていく子どもの変化と、それを見つめる親の思索。 印象的なのは、「何が起きたか」よりも、「そのとき何を考え、何を感じたか」に重心が置かれていること。出来事は覚えていても、そのときの思いや考えは驚くほど簡単に失われてしまいます。本書は子育ての記録であると同時に、一人の人間の思考の軌跡を残した貴重な日記でもあります。 なかでも心に残るのは、お子さんとのやりとりです。言葉を覚えたばかりの子どもの表現は、驚くほど自由で伸びやか。私たちは円滑にコミュニケーションをとるために言葉の使い方を共有していきますが、その過程で視野や考え方まで狭めてしまっているのかもしれない――そんなことを考えさせられました。 哲学者・古田徹也さんとの対談「書くことについて」の付録冊子も封入。その人の、その瞬間にしか生まれえなかった言葉や思いが、たとえわずかだとしても宿る(宿ってしまう)のが日記という形式。明日には忘れてしまうような小さな出来事を言葉として残すこと。そのかけがえのなさをあらためて感じさせてくれる一冊です。
  • 2026年6月19日
    カナシイホトケ
    『庭とエスキース』『動物たちの家』が当店ロングセラーの写真家、奥山淳志による、北辺の地で死者と共に生きてきた人びとの営み、その地で己の魂と向き合い祈る人の姿。東北の風景と人の語りが抱く死者たちを想い、今日の死生観を問う17篇。 奥山さんの文章は、どうしてこんなに惹き込まれるんだろう。一気に読むのは勿体ない、と毎夜ちびちび読んで、ついに読み終わってしまった…。 岩手に移住後、カメラを携えはじまった東北の祭礼への旅。そこで目の当たりにしたのは、遠い時代の人が創り出し、信じられてきた、神々や仏を迎え送る豊穣な物語が役割を失い、消えゆこうとしている光景だった。 イタコ習俗、赤倉霊場のカミサマ信仰、賽の河原と呼ばれる岬、秋田のやまはげ、オシラサマ、さまざまな土地の盆の行事など、そうした祭礼の細部にもまして強く印象が残るのは、そこで出会った人々の姿と、語られた言葉たち。 放浪の末に茅葺の古民家で暮し始めた「彼」。病を経て「カミホトケ」の信仰の道に進んだ「明さん」。津軽の地蔵堂で出会った老婆ーー。 今という時代と遠い時代の間で揺れながら、それぞれの人生と、祈りの営みが、幾重にも重なる土地の記憶のなかで巡っていく。 ゆれるロウソクの光、明さんの笑っているのか泣いているのかわからない表情、里から見える魂のあかり、忘れられないシーンがいくつもある。 死ぬことと生きること。彼らのように「祈る」ことができない現代の私たちは、どうやって土地と共に生きていくことができるのだろうか。
  • 2026年6月18日
    本とは何か
    本とは何か
    前作『批判的日常美学について』が当店でもよく手に取られた、難波優輝さんの最新作です! 本を読むとはどういうことなのか。読んでいるとき、私たちは何を体験しているのか。 著者は「読書とは〈パフォーマンス〉である」という。 その都度立ち上がる、一回限りの体験である、ということ。これはめちゃくちゃ面白い。 たしかに、強烈に印象に残った一文を探そうと本の中を探しても、どこにも書いていなかったり、読書会で他の人の感想を聞いて、「そんな場面、自分は全然覚えていない」と驚いたり。身に覚えがありまくりです。 本書では、この〈パフォーマンス〉という考え方を手がかりに、小説や人文書、マンガ、ハウツー本、さらには楽譜やレシピまで、さまざまな読書について考えていく。たとえば、レシピや楽譜のように能動的に想像力を働かせる読書もあれば、本そのものが私たちを誘導したり、励ましたり、ある行為を促すような読書もある。 特に、マンガや楽譜のように、「本」について語るときには見落とされがちなジャンルにも多くのページが割かれており、そうした本について考えることで、私たちはあらためて「そもそも、本とは何か」という問いに立ち返ることができる。 読書が〈パフォーマンス〉であるからこそ、私たちは、何度でも飽きることなく本を読むことができるし、自分の体験は自分自身のものでしかないから、読書会などで感想をシェアする面白さもある。 ON READINGという名を冠している私たちにとっては、シンパシーを感じる部分も多い。 本はいいよねとか読書してえらいねとか、その前にそもそも、本ってなんなんだ、本を読むってなんなんだという話がしたい。 この本が「本とは何か」という大きな問いの確たるひとつの答えを示すものではなく、この本をきっかけに、一度きりで再現できない、ごく個人的な時間について、もっといろんな話ができたらいいなと思う。
  • 2026年5月26日
    ひかりのうつわ
    ひかりのうつわ
    とっても素敵な写真集〜。 「土地と人の結びつき」をテーマに歴史や土着の祭り、民間信仰といった文化人類学的なリサーチを重ね、絵画、写真、映像インスタレーションなどの作品を制作している美術家、スクリプカリウ落合安奈による作品集。 自身のもう一つのルーツであるルーマニアを訪ね、各地の様々な人々の暮らしや風習、信仰、風景、歴史を訪ねながら、新たに世界に、そして自身に出会いなおす旅の記録。 光に満ちた詩的な写真が、深い余韻をもたらしてくれます。
    ひかりのうつわ
  • 2026年5月26日
    星空のピルグリム
    写真家として長年星空を見つめてきた瀬戸一洋が、オリオン座、ケフェウス座、うさぎ座──夜空に名づけられた88星座を道標に、人間の記憶や時間の層を辿る詩集。 古代より、人々は夜空を眺め、星と星とを結び、星座を描き、さまざまな思いを託した神話を紡いできました。現在、国際天文学連合 が88個の星座を世界共通のものとして定めています。オリオン座、さそり座、しし座など神話に由来する星座が広く知られる一方、らしんばん座、ぼうえんきょう座、テーブルさん座、ろくぶんぎ座など、航海や科学の道具をモデルにした星座もあり、そこには人類の歴史や文化が映し出されています。 本書には、それぞれの星座から呼び起こされた古い神話や旅の記憶、少年期の情景、科学的なまなざしなどを織り込みながら綴られた詩を収録。瀬戸自身による天体写真と、画家・泉イネの挿画が、その世界を静かに照らしています。 遠く離れた星々のあいだを「巡礼」すること。それは、同じ星を見上げてきた無数の人々の記憶や存在に、思いを馳せる営みなのかもしれません。
  • 2026年5月26日
    新幹線から見えたすき家へカレーを食べに行く
    当店でもロングセラーとなった『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』の続編となる最新エッセイ集。 新幹線の車窓からの風景。誰かが暮らす町、自分の知らない店、会ったことのないたくさんの人々。 ちょっとセンチな気分で「眺めていただけ」のそんな場所へ、実際に行ってみたらどんな気持ちになるだろうか――。 旅・人・店・趣・食……歩いて飲んで記録する、<令和エッセイの名手>スズキナオのなんだかちょっと不思議な「旅」の記録。 ああ、こんなふうに、ひょいっとどこかへ出かけられたらな。 スズキナオさんの軽やかさと豊かさに、すっかり憧れてしまう。 私にも、きっと誰にも、「またいつか」と思っている店、場所、人がいて、けれど、それはなかなかやってこない。でもほんとうは、それを現実のものにするのに大した理由はいらないのだし、そもそも旅は、目的どおりにいってもいかなくても、楽しい。 とりわけよかったのは、私と同じ名前の「杏子」さんの生活史。「ブスの店 杏」というインパクトが強すぎるスナックのママさんの一代記は、まるでカウンターで一緒に話を聞いているかのようだった。 初回入荷分は、サイン入り&書き下ろしエッセイ付き!
  • 2026年5月12日
    私たちがやったこと
    私たちがやったこと
    『体の贈り物』につづき、twililightからレベッカ・ブラウンのもうひとつの代表作が、装い新たに復刊となりました! 互いが不可欠になるために、耳を聞こえなくした「私」と、目を見えなくした「あなた」。 この愛の果ての共依存関係に、10代のわたしは、ぞっとしつつもどこか甘美なものを感じていたことを覚えている。そんなふうに愛し合えるなんて、すてき。 けれど、他の誰にも邪魔できない、「私」と「あなた」の完璧でいびつな関係は、さまざまなきっかけで綻びはじめる。 表題作のほかにも、本書に収録された7編はどれも、「私」と「あなた」という人間関係の行方を描いている。 どこまでいっても「あなた」は「私」ではない。だからわかりあえない。だけどわかりたい。 ままならなさと、相手への渇望が、人と共に生きていくためには避けられないことだから。 復刊にあたり、翻訳者の柴田元幸は、「I」と「You」のジェンダーを、限定しないように訳しなおしたのだそう。 さらに、レベッカ・ブラウンと柴田元幸による「二〇二六年復刊に向けてのあとがき」を収録。装画は金井冬樹による描き下ろし。
  • 2026年5月10日
    体の居場所をつくる
    美学者の伊藤亜紗が綴る、体の居場所をめぐる思索の記録。 そもそも「私」って、なんなんだ。いつだって思わぬタイミングで私の邪魔をしてくる、この体も「私」なのだろうか。 摂食障害、ナルコレプシー、ALSなどの障害や病気の当事者。診断がつかない人、治療の道がない人、人種的マイノリティ。 不調や病、差別などによって体と自分の調和が失われた人々による、この体で「なんとかやっていく」ための対話と工夫を集めた、著者から11人への「体の贈り物」。 コントロールできない。話も通じない。こんなに近いのに、遠い。自分の体をそんなふうに感じる日には、まずは対話から始めようと思う。 帯文に濱口竜介さんの「あえて言いたい、何と面白いのか!」というコメントが載っていますが、本当に、人が生きていくことための工夫は、何と面白いんだろう、と思いました。
  • 2026年5月10日
    三十路の逆立ち
    三十路の逆立ち
    俳句、短歌、小説、エッセイなど多岐にわたるジャンルで幅広く活躍中の注目の作家、くどうれいんによる「人生の機微」をいっぱいに詰め込んだ傑作エッセイ集。 骨董屋で出会った金言、北上川って龍みたい、買い過ぎたコーヒー、感動のドラム式洗濯機、実家に飾られる「絵に描いた餅」、初めての乳がん検診、戒めの「うなぎ地蔵」、そして迎えた厄年ーー。 「生活」に訪れる光景、瞬間、出会いの数々。明日もまた読みたくなる23編。 いいものを書きたい、すきな人と会いたい、あれもこれも見たい、行きたい、食べたい。 くどうさんのエッセイからはいつも、気持ちのよい「生」へのポジティブな欲望を感じる。ぜんぶやりたい、ぜんぶあきらめない。(今春刊行されたくどうさんの絵本はまさに、『ぜんぶやりたいまにちゃん』である) それがとてもまぶしいのだ。 とりわけ今作では、家族の話がつよく印象に残った。 「最後の」家族旅行の話は、親不孝ものとしては、身につまされながら読んだ。店をやっていると、家族となかなか休日が合わなくて、この連休も姪っ子に会えなかった。 でもやりたいことぜんぶ、あきらめなくてもいいんだよな。私ももうすこし、自分の欲望に耳を傾けてあげたい。
  • 2026年5月7日
    のみ歩きノート
    のみ歩きノート
    書籍挿画や雑誌挿絵、広告など、多岐にわたり活躍する画家であり、名随筆家でもある牧野伊三夫による「のむ」を味わうためのエッセイ集。 午後三時を過ぎ、少し日差しが弱まってくると、気持ちがそわそわしてきて落ち着かない。 どんなに個展の搬入日がせまっていようと、頭の中は夜の晩酌のことでいっぱいになる…。 本書はもともと、マガジンハウスの『POPEYE』で連載されていたもの。牧野さんの「明るい飲み方」が好きだった編集部は、酒ののみ方や酒場での所作を若き読者に向けて伝えたい、というのが当初の狙いだったのだそう。 東京のもつ焼き屋で、八戸の酒場で、博多のおでん屋で、銀座のバーで、列車のなかで、家で、マダガスカルで。 店構えから、つまみやお酒、店主や常連客のやりとりが、軽妙洒脱に綴られていて、読んでいるとまるでその喧騒のなかに自分もいるかのよう。 普段はもう、お酒を飲めないことを残念に思うことは減りましたが、牧野さんの文章を読んでいるときばかりは、心の底からうらやましい!と思います。 明日のことはおいといて、目の前の一杯にすべてをささげて。ああ私もこんなふうに、気持ちよく、お酒が飲みたい!!
  • 2026年5月7日
    NEUTRAL COLORS 6
    NEUTRAL COLORS 6
    『TRANSIT』など数々の雑誌を世に送り出してきた、編集者・加藤直徳と、気鋭のデザイナー・加納大輔が二人三脚で発行する、インディペンデントな雑誌『NEUTRALCOLORS(ニュー・カラー)』。「超個人的」な体験や創作、記憶をリソグラフなどのハンドメイドな印刷手法を交えながら唯一無二の誌面で発信していきます。 第6号は、“滞在”特集。「滞在で感じた あの特別な時間はなんだ」。 2023年夏、ON READINGではじめての滞在制作を行った。その時の体験が、加藤さんに大きく刺さったらしい。次に会った時、「次号は“滞在”特集にしようと思ってる」と再びの滞在制作のオファーがあった。この二度の滞在制作は、私たち自身にも、ON READINGという店にも大きな影響を与えた。観光でも移住でもない、「滞在」という不思議な時間。「今思い出しても、魔法のような時間だったと思う。」かつての私はそう書いている。今思い出しても、やっぱりそう思う。 ベトナム・ホーチミンで「なにもしない」をしたり、吉田勝信さんと山で採取した土から作ったインクでシルクスクリーンを手刷りしたり、岐阜のしげこさんに味噌づくりを習ったり。 デザイナーの平山みな美さんのアムステルダムの活版印刷所滞在記や、藍谷凪さんのたけし文化アートセンター滞在記、アーティストの長島有里枝さんの名古屋のみなとまち滞在記も。(『Knitting ’n Stitching Archives.』の喜岡さんも登場しています!!) 奥宮誠次さんとデレク・ジャーマンの庭、須藤祐太郎さんとガザのリタのやりとり、石川拓也さんのインドの弟分の結婚式などなど、どのページからも、かけがえのない濃厚な日々について、とても個人的な視点から書かれていて、読んでいて胸があつくなります。これがNEUTRAL COLORS。 かつての滞在を思い出したり、未来の滞在に思いを馳せたり。いつかまた、滞在しに来てほしいですね~。 「滞在を受け入れた側として書いてほしい。けっこうぶっちゃけちゃってください」 との言葉を信じて、書きました。頑張って書きました!読んでください!
  • 2026年5月7日
    生活フォーエバー
    めちゃくちゃ面白い! 歌人として活動するほか、habotan名義で土人形を制作している寺井奈緒美による、初の短歌&エッセイ集。 本書には2021年の秋からおよそ1年の間に書いたエッセイ80篇と短歌160首が収録されています。書かれているのは、限られた行動範囲(ほとんどが部屋、そして職場、西友、たまに映画館)と限られた登場人物(私、S、ときどき同僚)の中でのまったく映えない日常。それがなぜだかすこぶる面白い。その想像力とユーモアは、私たちの抜き差しならない「生活」の見え方を変えてくれることでしょう。読めばきっと、明日への活力になること間違いなしの一冊です。 ――― 【収録歌より】 生活は腐敗との戦いだから米を炊け生活フォーエバー 仕事中ノンアルカクテル飲むような舐めた態度で真面目に暮らす 透明のレインコートを纏ってる僕と路上のゴミが似てくる 活躍をお祈りされる筋合いはないが見たいのなら見せてやる 取り急ぎ今抱きしめてもいいですか?希望の光が消えそうなので カスばっかだけど賑やかだったなと滅亡後に神を泣かせたい
  • 2026年5月7日
    とある都市生活者のいちにち
    植本一子、久しぶりの日記集。 『それはただの偶然』と『ここは安心安全な場所』の、2冊のエッセイ集を制作していたこの一年。 ブームとは反して、日記を書くことから離れていたのだが、「書く人間として、もう一段登りたい」とエッセイに挑戦し始めた。 その制作期間と並走する日々の思考や揺れ、生活の手触りが綴られた2024年10月22日〜2025年8月14日の日記に加えて、創作についての書き下ろしエッセイも収録されている。 都市で暮らす自営業の写真家としての不安定な日常、成長していく二人の娘との距離感、飼い猫との時間、たいせつな場所、たくさんの新しい出会い、「書くこと」「本を作ること」への迷いや確信。特別ではないようでいて、他の誰とも異なる生活――。 日記を読む面白さのひとつは、書き手の変化にあると思う。年を重ね、環境が変わり、考えていることも揺れ動いていく。私はそこに「人間」を感じる。 植本さんのジェットコースターのような人生のなかでは、この一年は比較的穏やかな日々で、その分、「書く」ということに対する意識がこれまでと段違いに深まっている、と思った。 読み終えてから冒頭と巻末に掲載された「この日記の登場人物」一覧(160名!)と「これまでに出した本一覧」を眺めていると、なんだかしみじみすごいな~と思ってきた。出会った人と作ったもの、それこそが今の自分を支えている。これ以上の自己紹介はあるだろうか。トークも含め、大きく深い幸せのお裾分けをいただいたような気持ちをかみしめています。 これからもきっと、揺れつづけ迷いつづけ、変わったり変わらなかったりする姿をそのままに私たちに読ませてくれるだろう。それが本当に楽しみでならない。 ブックデザインは、天才(変態!)根本匠によるもの。
  • 2026年5月7日
    虫の時間
    虫の時間
    エッセイストの「こだま」と、神保町にて間借りで本屋を営んでいた「いりえ」による一年半の往復書簡。 一度しか会ったことのない相手なのに(きっと、だからこそ)いつの間にか家族や友人にも話さないような悩みを書くようになっていく。 虫の話から始まり、お風呂に入れない、洗濯物をしまえない、メールが溜まる、優先順位がつけられない、先延ばし癖や脳内多動……。 ゆっくりゆっくり自分自身に近づいていく、22通の手紙。 往復書簡ゆえの”遅さ”が、手紙をとどける相手のことだけでなく、自分自身をまなざすためにも必要な時間だったのだろう。 書いて、手渡して、返ってきて、また考えて。渡す相手のある言葉は幸せだ。虫の時間はケアの時間。 衒いのないおふたりの文章が心地よく、困りごとにもシンパシーを感じながら、するするとそのやりとりのなかに入り込んで、読みながらほぐれていく。その時、私もこの手紙の受け取り人のひとりだった。
  • 2026年5月7日
    Shapes of Wonder
    岡山県津山市にある「つやま自然のふしぎ館」に魅せられた写真家・村松桂が、同館所蔵の世界の哺乳類、鳥類、は虫類、両生類の剥製全点801を撮影し記録した、動物たちのポートレイト。 博物館に通い続けて17年余―― 「ふしぎ館が60周年を迎えた2023年、館の協力のもと剝製全点の撮影を行い、はじめて剝製ひとつひとつと向き合ってその目の中を覗き込んだ。剝製の中で唯一“本物”ではないガラスやプラスチックの目は、こちらを見ているようでいてどこか遠くを見ているような、こちらの感動や同情や恐怖をすべてはね返しながらも受け入れるような、深い闇、眩しすぎる光のようだった。そして、見ることと祈ることは似ているような気がした。  まるで何かを熱心に見ているような剝製たちを見ている私たち。視線があちこちに谺(こだま)するあの場所は、祈りの満ちる場所なのだろうか。  信じることができない私にも、ただ見る/祈ることはできるかもしれない」 視線があちこちに谺するあの場所は、祈りの満ちる場所なのだろうか。 「ほのかに香る樟脳の匂いや聞きしにまさる怪しい雰囲気に触れ、まるで秘宝館や見世物小屋にいるような気持ちだった。でもしばらくして、展示されている創設者・森本慶三の臓器や、展示に至るきっかけとなった彼の遺書の写し、設立趣旨、歩けど歩けど続く展示室に並ぶ剝製たちを見ているうちに、今まで感じたことのない気持ちがこみ上げてきた。あとから思うと、そのとき私は美術館で有名な名画を観たり、観光地で絶景を見るときよりも、まるで心の傷になって残るほど、その場で何かを受け取ったのだ」 ブックデザイナー・サイトヲヒデユキによる、造本も美しい函入り(丸背の特殊箱!こんなの見たことない!)の800Pを超える辞書のように分厚い、圧倒的な存在感を放つ本に仕上がっています。 これは持っておきたい1冊。
  • 2026年5月7日
    (un)cured(創刊号)
    自分の心身に振り回されている人のための、カルチャー・健康マガジン『(un)cured』の創刊号。 入荷と同時にあっという間に完売してしまったのでたくさん再入荷しております。それだけ、本誌から出ているメッセージに共感を寄せる人が多いのでしょう。 創刊号の特集は、 Where is My "Healthy" ? (わたしの「健康」はどこにある?) おりしもハプニングで負傷した夫と、ほぼ同時に風邪をこじらせた私は、この10日間、満身創痍でありました。 いつもなら1日寝てたら治るのに、何が悪かったんだろう、抜本的な体改革を、と焦るからまた悪い。じたばたして、何度も体温を測って、ネットであれこれ調べたりしたけれど、結局は「からだが休みたいっていってるんだから、ただ休めばいい」と観念して、猫と一緒にひたすら眠って起きたら、微熱はまだあったけど「もう大丈夫だな」と思えました。 弱った私がその自分を許せなくさせていたのは一体なんだったのでしょう。本誌を読んでいたら、その答えがすこし見えてきた気がします。 自身を持て余している『ナミビアの砂漠』のカナの在り様についての山中瑶子×西森路代にはじまり、ラッパーの田島ハルコ ×河井冬穂、ライブ・フェスカルチャーについての近藤正司×徳田嘉仁などの対談、つやちゃんによるJ-POPに見る「健康」の表徴の変化、みんなを曖昧に悩ませる自律神経についての福尾匠の批評、金田一シリーズに「癒し」を観る速水健朗の論考、土門 蘭やtofubeatsによるエッセイ、さらにさらに宇野常寛、高島鈴による読書処方箋、ゆっきゅんによる(un)curedな映画紹介などなど、充実の内容です! 特に論考はどれもコンパクトな内容ですがめちゃ面白い~ 異なる心と身体をもち、異なる環境で日々を送っているのだから、そもそもの「健康」という定義自体、人それぞれ違うはずのもの。 カルチャーを入り口に、健康について主体的かつ自由なムードで考える、「不完全・不安定」な私たちのための雑誌の誕生です!
  • 2026年5月7日
    悲しい話は今はおしまい
    この最悪な世界のなかで、うしろめたさと加害性を抱えながら日々を過ごしている、あなたへ。 『共感と距離感の練習』などが当店でもロングセラー。文筆家、小沼理さんが、傷も喜びも責任も抱えながら社会と向き合った、実践のエッセイ集。 他者の傷から生まれた語りから別の語りが生まれ、そうやって”悲しい星座”は生まれていく。けれどずっと浸かっていると、時々その物語に縛られすぎてしまう。 だから、そのまま絶望しないで話し続けるために。ユーモアをもって、美しさをあきらめないで、自分であることを手放さないで。 友達のクィアパーティ、ゲイアーティストとの対話、タイムラインを埋め尽くす犬の動画、パレスチナ解放デモ、プロテストのTシャツ作り、植物の世話、韓国語の勉強……。 ”悲しい星座”と”明るい星座”をぐるぐるしながら、暗い日々を生き延びる19編。 読みながら、わたしの心もほぐれていくのがわかった。そうか、みんな悩んでいるんだな。葛藤を抱えているから対話は可能になる。 きっと同じように、大なり小なり揺れ惑っている人は多いのではないだろうか。今、読めてよかったと心から思う。 Jeffrey Cheungの装画のピンクが、輝いています。
  • 2026年5月7日
    書庫に水鳥がいなかった日のこと
    南仏ニースと京都にくらす俳人、小津夜景による漢詩翻訳エッセイ。 道を歩いているとき、美容室の椅子に座っているとき、お風呂につかっているとき――くらしのさなかにふと訪れる詩のことば。杜甫、李白から菅原道真、嵯峨天皇、明治の狂詩まで、古今の漢詩を自在にひもとき、日常のなかにあざやかに置き直す27篇。 発売を心待ちにしていたこちら。もう、「はじめに」からよすぎて、しびれる~!となりました…。 小津さんの踊るようなうたうような、言葉たち。いい文章を読むと、渇いていたからだが喜んでいるのを感じます。 百年前、千年前の詩人たちが、太陽に、花に、山や川に感じたもの。気のおけない友人とのひとときや、たいせつな人への想い。ままならぬこの世界のなかで、それでも言葉をたよりに生きていくこと。 ああまるで、今の私たちと、何も変わらない。それがうれしいような、情けないような。 時をこえ、距離をこえ、小津さんの日々のあちこちで思い出される言葉が、今、わたしの心にも心地よい風となって届く。こんがらがっていた頭がすこし、楽になって、とてもいい午後だった。何度も読みたい本って、こういうことだと思う。
  • 2026年5月7日
    庭とエスキース
    当店ロングセラー! いなくなってしまった人のことを想う。多くの言葉を交わし、ともに時間をすごし、心に触れた(ような、気がする)人が、どう生きていたのかを。  写真家である著者は、北海道の丸太小屋で自給自足の暮らしをしている「弁造さん」と出会い、14年にわたって撮影し続けた。現代社会への反抗ではなくいずれ来る未来のために、開拓時代の暮らしを続け、庭をつくっていた弁造さん。画家になる夢を抱きながらも、1枚だけしか完成させることができなかった彼が遺したたくさんのエスキース(下絵)。弁造さんの”生きること”はなんだったのか。本書には、静かに綴られる弁造さんとの日々や記憶の断章と、呼応する40点の写真が掲載されている。  ”生きること”とか、一人の人を「本当に知る」、というのは答えの出ない大きな問いで、輪郭が見えたと思ったらその瞬間から淡くにじんでいく。他者の記憶を譲りうけること、一人の人間の輪郭をとらえようとすること、他者を通して自分を見ること。著者はこの大きな問いを簡単に結論づけることなく、繰り返し繰り返し、記憶に呼ばれるままに想いを巡らせる。この本を書き上げた今でもきっとそれは変わらず、それは描いても描いても完成することのない、エスキースのようなものなのだろうと思う。そのまなざしと、写真というメディウムが持つ特別なちからが、わたしたちの心を打つ。
  • 2026年2月3日
    遊戯[完全版]
    遊戯[完全版]
    中国で人気のカートゥニスト/イラストレーター、我是白(WOSHIBAI)のデビュー作「遊戯」。無口でシュールな現代チャイナコミックスの傑作、完全版で日本初上陸。 日常と非日常のあわいにそっと迷い込んだような不思議な余韻を残す、掌編のサイレント・ショートストーリーをたっぷりと収録。720Pに及ぶ大ボリュームで、我是白の魅力を存分に味わうことができます。 デザイナー・藤田裕美さんによる装丁、佇まいも最高で、これは持っておきたくなる一冊です。
読み込み中...