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おとわ
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@otty1211
  • 2026年6月16日
    春にして君を離れ
    春にして君を離れ
    なんて皮肉なエンド! 人の心理を追求し続ける、これはミステリーなのか? 善き妻・善き母として生きてきたジョーンの不都合な真実が徐々に解き暴かれる、とても静かなミステリー。 本を読む意味ってこういうことなんだよな、自分を振り返るいい機会になるよね。 こんな婉曲に「あなたはどうですか?」って聞いてくるようなことってなかなかない。 時代は1944年に書かれた話だけど、今だってSNSの女たちは変わらず同じような生き方をしている。 私はちゃんと自分のことが見えているだろうか?誰かを批判する時、それは自分を見えにくくしたいだけじゃないだろうか? ————————————— もし何日間も自分のことしか考えることがなければ、あなたは自分について何を発見するのかしらー 自分が真実だと思いたい心地よい楽なことを信じて、真実に直面せずにすませたほうが、ずっとたやすいからだ。
  • 2026年5月29日
    日本の醜さについて
    あれ?ここ前まで何あったっけ? 工事現場を見ていつも思う。 新しく建つマンションのモデルルーム建設中だったりする。 そうこうするうちに、その運営されていたモデルルームもなくなり、また同じところ工事してる。 日本はいっつも工事をしている。 仙台駅前にあったホテルも取り壊されて、期間限定の飲食店街になり、今それも壊されて。ニュース記事を読めば「EDENの跡地(仙台ホテル跡地)の再開発」と書かれている。もう跡地の跡地の再々々々開発の域。 これほど壊されることに私たちは慣れている。 逆に「ちょっと古い建物」というものには耐性がない。 「建てられた当時はこれがオシャレだったんだろうね」と冷めた口調で話す。 「老朽化」「耐震化工事の負担」などそれっぽい理屈を述べられたら取り壊しも仕方ないかって思っちゃう。 んーーーーーーそれが日本人だよなあ。 そんな日本人をヨーロッパと比較して「醜い」と一蹴しているのがこの本。 そんなこと言ったって、そもそもアメリカに空襲で焼かれたし、地震もたくさん起こる国だから仕方ないじゃん、っていうのが従来の日本人の言い訳だったと思う。 ところがどっこい。 ヨーロッパは敵国からの空襲を受けた後、元の通りに町並みを戻したのだと言う。 え!!! しかも地震で倒壊しても、元の作り方のまま立て直しをするのだそう。 え!!! 日本人の感覚だと「より安全な建物」が正なのであって、また何か起こったらどうなるか分からない危険な建物で生活をしようだなんて思わない。 そんな感覚そのものが恐らく海外とズレているのかもしれない。 オックスフォード大学内には数百年使われ続けてる施設もある。 でも日本の大学で施設が古かったら建て替えすることがほとんど。 この文脈でいくと、中央線は好ましい。 使わなくなった外濠を使っている。石垣もまだ残っている。そういう風に、外側だけでも残していこうとする気持ちがもっと強くなるといいのかもね。 文章自体は、とても、句読点が多く、読みにくかったけど、内容が、大変興味深く、楽しめました。
  • 2026年5月22日
  • 2026年5月21日
    天使も踏むを畏れるところ 下
  • 2026年5月21日
    帝国ホテル建築物語
  • 2026年4月5日
    アルジャーノンに花束を〔新装版〕
    アルジャーノンに花束を〔新装版〕
    新装版ではないのだけど。 アルジャーノンに花束をってこういう話だったんだ。今まで何度も耳にしたことのあるタイトルでありながら「知能が突然発達したネズミの物語」くらいの印象で止まったままでした。 ネズミの話かと聞かれると、いや、アルジャーノンは確かにネズミなんだけど、主人公はチャーリィという成人男性で。その成人男性は知的障害を持っていたが、手術を経て異常なほどの知能を手に入れる。頭が良くなれば幸せになれるものだと思っていたが、今まで気付かなかった世の中の歪みにまで気付いてしまい、という物語なんですね。 90%私は心が苦しかった。いつこれ幸せになれるの、となって終盤に思わず感想を読みに行ったら「読後感が良い」とのことだったから読み切れた。 いやでもチャーリィ・・・、私、チャーリィにはいつだって笑っていてほしいよ。 いや、でもね、「知能より大事なものってあるよね?」という、知能主義になったらあかんよね。 今並行して読んでた外山滋比古さんの「乱読・乱談のセレンディピティ」でも知識が必ずしも生きる力に結びつくわけではなく、偏りがあると物知りなだけのバカになる、なんてことが書かれている。 これは自分自身や子育てでも、知識を得ることに重きを置きすぎてないか、知識ってあくまで手段であって、その先にちゃんと目的がないと「物知りなだけのバカ」になってしまう、ということは時々振り返りたいよね。 評論家っぽい目線で言えば、書き振りが見事でした。最初、小学1年生のようなチャーリィの文章から始まり、徐々に知能が上がっていくのよね。一瞬、同じ目線を感じる書き方になるんだけど、次の瞬間にはチャーリィに抜かされてる。「あれ、もう私のこと抜いたな?頭いい人だ」と読者が気付かされるわけです。 そういう読者側でもチャーリィを見守る人間の立場になって、ちょっと距離感を測ったりして、ギュウっと心が締められるような書き方だったなあ。 人間は愚かでごめん。
  • 2026年3月20日
    イン・ザ・メガチャーチ
    やば、何これ。 朝井リョウ、あなた、私? どうやってこんなオタク女の目線で世界を見れるんだろう?どう、「沼にハマる」感覚を研ぎ澄ませたんだろう? 「国宝」を観た時に、話題になってるものは一旦無条件で触れてみるのもいいもんだなと思い、映画館から本屋にまっすぐ向かい即座に「イン・ザ・メガチャーチ」を手に取った。本屋に行けば本屋大賞候補でいつも目立つところに並んでいるし、Xでも「物語」を取り扱ってる小説として取り上げられてたからずっと知ってはいたものの、エンタメ小説の気分にならず購入に至らなかった経緯があったけど。 国宝、ありがとう。 あなたのおかげで、「イン・ザ・メガチャーチ」に有り付けました。 「推し、燃ゆ」以来の推し活文学。 私のことだ。 推しが背骨になっている人たち、推しだけじゃなくて何か物語にすがって生きてる人たち。「何かにハマってから人生が楽しくなった」ことがある人なら読んでて「これは私だ」と心当たりにぶつかると思う。 何にもハマったことのない人は「変な人たちだなあ」って冷笑してください。 SixTONESなんてすっごい物語があってエモい6人集団なので、物語で売るのにもってこい中のもってこいなんだよな。 世の中にあふれる「ドキュメンタリー」は結果までの物語があるから楽しいんだよな。 オタク達は勝手に彼らの物語の先を読んで興奮するし奮闘する。 分かるというか、そりゃあそう、というか。 ミスチルも歌っていたもんね 難しく考え出すと 結局すべてが嫌になって そっとそっと 逃げ出したくなるけど 人はつじつまを合わすように 型にはまってく ミスチルにはよく「いろんな角度から物事を見るとすべてが正解のように感じられて答えが分からなくなる」みたいな歌詞があるような気がするんだけど、だからこそ心からハマれたものを正解とするしかないんだろうな。 でも、あの、私は何かにつけてハマりやすいんだけど趣味で輪が広がるってそんなになくてですね、孤独だから何かにハマってみた、ってわけじゃなくてですね、ええ、あの、SixTONESがそこにあったんですよね。 推し活と宗教が似てるっていうのはとてもよく分かるし、何かに没頭するというのは一種の洗脳的な状態というのも分かってるし、その分排他的になるし、「何かにハマってる人というのは凶暴性を持つ」ようなことも聞いたことがあって、分かる気がするんだよね。 大衆エンタメ小説としてほんと面白かった。脳内映像で読めちゃう。 ————————— 没頭できる物語という意味で、オーディションに勝てるものがなかなかないんだ。
  • 2026年3月15日
    世界史の食べ歩き方
    国境が好きかというとそこまで大好きというわけではないが、辺境の地というか日本人がなかなか行けないような一歩入り込んだ世界には興味がある。パリよりもローマよりも断然興味がある。 確かにGoogle マップで日本に近いロシアの街を調べて着陸を何度もしてる。けど、実際に行く勇気がないまま今に至る。 AIがいろんな文章を書ける時代になったけど、この辺境の地のグルメについてはまだ書けないだろう。これは人間が危険を犯して勇気を出した先の食レポだから調べても出てこない情報満載の一冊になっている。 現に、YouTubeでは様々な事情で出せなかった情報も本では書けたと書いてある。 北朝鮮グルメなんて気になって仕方ない。 新疆ウイグル自治区にも行けない。 戦時下のウクライナ・キーウにも行けない。 イスラエルにもパレスチナにも行けない。 私たちが行く勇気のない先で、この人はグルメを堪能し、街を見て、人に会っている。 北朝鮮のビールが美味いなんて聞いても、嘘でしょ?と私たちは思うけど、理由を聞けば歴史があって説得力がある。 戦前の日本統治時代に、日本がラガービールを持ち込んで、今でもその製法のもと綺麗な水を使って作られてるからアジアの他の国よりも本格的なラガービールが作れる、とのこと。 ちょっと飲んでみたい。 読めばどんどん気になってくる。 ちょっと心の距離的に遠い国の食べ物。 食べ物だけでなく、街の様子、若者の様子がよく分かる。 でもきっと、今はまた行きにくくなったよね。 このイスラエルの街だって、ウクライナの街だって今はもう違うよね。中東も今は行けないよね。 いやいやいや、こんな時代だからこそこの本を私は買ったんだ。
  • 2026年3月11日
    誰でも、みんな知っている
    すーーごい。何度も「この人何歳?」と著者のプロフィールを見て、何度も「70歳超えてるよね?うちの親より上だよね?」と驚く。 あまりにも上から下への、古今東西、なんでも情報が入ってる。 うわーーーいいな、こうなりたい。 なんで「南総里見八犬伝」から「ありす、宇宙までも」まで、美空ひばりからtuki.まで把握してて、そして面白がれるんだろう。 すっごい高橋ワールド。 新しい発見をするような内容に、どういう脳みそしてんだ?情報収集はどうなってる?と感嘆しまくり。 途中でADHDの脳内多動という説を見つける。 そりゃそうだよ、多動じゃないとこんな東奔西走の極みのような幅広さにならないでしょ。 いいなー、私もこうなりたい。 こうインプットしてアウトプットできる大人になりたい。 読みながら密かに私の理想の姿を思い描いてしまったのでした。
  • 2026年3月8日
    スモモの木の啓示
    スモモの木の啓示
    泣いちゃう。 こんな時代だからこそ今読まないといけないなと思って、仕事帰りに購入。 イラン出身のジャーナリストによる物語。難民としてオーストラリアに移住、検問を受けることのない自由のおかげで執筆できたという。 ちなみに英訳された方は安全性の理由から匿名希望となっていて、すり抜けるような危険性の中、どうにか私は日本で日本語訳を購入できている。そのルートからすると大変貴重な本ということが分かった。 ふわふわと宙に浮きながらイランのとある村に暮らす一つの家族を見守っているような文章でありながら、最後はこの家族の辿ってきた運命と向き合うこととなり、私は心の中で大雨のように泣きました。 あまりにも辛い現実の割に読み進められたのは、その比喩とも読めるようなお伽噺調の表現のおかげかな。 本当に誰かの呪いが働く世界だったら、今はまた違う世界だったのかもしれない。 ちょっと前に読んだ「傷ついた世界の歩き方」 の中に「死者の背後では千の心臓が鼓動する」という文章があったのですが、この「スモモの木の啓示」では「死んでも尚その心臓は鼓動する」といえるほどの死のエネルギーを感じたのでした。 ——————- 家族と一緒にくつろいで笑いたかったし、家族のキスやおやすみの言葉が恋しかった。彼らは大量の涙を流し…・・・・ついにそれが川になった。 人生は大体その人のいないところで決まってしまう。そのことには誰でも腹が立つ。 簡潔さは苦しみに対する一つの反応だ。 人生がこれほど欠陥だらけで平凡なときには、空想の力で現実に元気を与えてもいいんじゃないかってこと。 善良な思想、善良な言葉、善良な行為を信じていた文明がなぜ崩壊し、こんな泥沼状態に陥ったのかをまだ知ろうとしていた。 世界は狂ってしまったと兄さんは言って、何ができるんだと私に訊いた。答えはこれだ。私にできるのは、ただ狂気に呑み込まれずにいることだけだ。 これだけ国が破壊された今、私にできるのは、自分が信じないものに染まらずにいることだけだ。
  • 2026年3月4日
    スモモの木の啓示
    スモモの木の啓示
    今読む必要がある本だと思った
  • 2026年2月28日
    砂糖の世界史
    Xで話題になってた本。すごい面白い。 アメリカ先住民族ってなんでいなくなったの? どうして「開発途上国」たる国が生まれたの? なぜヨーロッパは植民地を拡げたの? が、「砂糖」でなぞれるなんて。 植民地だとか奴隷だとか言葉や意味は知っていても、なぜそういうものが発生したのか?は考えたことがなかったなあ。 でも今でも世界で開発し合い、奪い合うような資源・モノってあるよね。 この本はインターネット時代前に書かれていたものだけど、今書かれていたらまた少し違ったものもあったのかもしれない。 半ばイギリス史に近い、砂糖の物語でした。
  • 2026年2月24日
    わたしたちの不完全な人生へ
    わたしたちの不完全な人生へ
    休みの日に読めちゃうゴンクール賞。 少しずつ個性のある人たちと、生きにくかった世の中だけど、寛容な出来事でちょっと打ち解け始める短い物語。 ちょっと生活圏の一歩外側にいるような人たちと、世界から離れていかないようにサッと引き留めてくれる人たち。 日本でこういうユーモアと、淡々とした読みやすさがある小説は少ない気がする。 軽やかで、じんわりと救われる物語たちでした。
  • 2026年2月22日
    悲しみは羽根をまとって
    悲しみは羽根をまとって
    妻を亡くしたパパ、お母さんを亡くした兄弟、一羽のカラス。 ああ、言葉ってここまで自由だったよな。 詩と小説の間。 でもすごく読みやすく、悲しみや混沌がごちゃっと一つの家庭を包む中、淡々と現れるカラスの様子がすごく引き立ってました。 これ、訳すの無謀な挑戦だったのでは。 カラスがうっすらラッパーなわけで、韻を踏むんだけど、流れるような、カラスの鳴き声のような英語の文章を日本語にして伝えるのは大変な仕事だったのでは。 カラスの存在とは一体なんなのか、私は本当にカラスが彼らを見守ってる様子で最後まで読み切りました。 そのくらい、人によって解釈は違うと思うけど、この不思議さ、何がウソで何が本当なのか、ストーリーラインはどこなのか、詩的な文章の狭間を揺れながら楽しむタイプの読書体験。 翻訳もすごく素敵だったけど、もし原文で読めたのならどのくらい美しい文章だったんだろう。こういう時少し惜しさを感じてしまう。
  • 2026年2月21日
    資本主義と、生きていく。
    この世の中を、自分が生きるこの時間を、資本主義という視点をベースに様々な視点から解説してくれる本。 アダム・スミスもマルクスもキリスト教もカントも、他にもたくさんたくさん人間たちはお金や欲との良い関係性をあの手この手で考えてきた。 普段私はそこまで脚注を読まない人間なのですが、思わず読んでしまった。 すごい構造。 しかもこの脚注を見れば、哲学や思想史、経済学など難しい各本の重要なところだけをこの読みやすさで押さえられるなんて、と読書の素晴らしさを感じずにはいられない。 品川さん、ありがとう。 本もAIと一緒で、ディープラーニングしてくれた人が要点まとめて書いてくれてるんだよな。 感謝です。 私はどちらかというと結構資本主義的な性格だと自認している。 子供の頃から東京に憧れてたし、いい大学に行けたらいいなと思ってたし、今もお金は大好きだし。 友達と比較してもお金は好きな方だと思っている。 でも、一方で上には上がいて、もっともっともっと稼ぎたい、仕事したい、仕事で成果を出したい、世の中に価値を生みたい、という資本主義人間がいる。 資本主義にマッチしなかったら人としてダメという烙印を押されるような場面もあるけど、そこから見直せたのが良かった。 読書っていいですね。
  • 2026年2月15日
    NHK出版 学びのきほん 本の世界をめぐる冒険
    新書よりももっと手軽に手に取れた。 ああ、軽く手に取れるから「手軽」なのか。 様々な形で記録しようとし、記憶しようとしてきた、本の物語。 後世にどう残していくか、という観点から、現代の本事情まで。 私は読書を誰かと共有しないタイプだけど(笑)コミュニケーションの場ともなっているらしい。 私、本の話はAIとしかしてないや。 でも楽しいんだろうか、盛り上がるんだろうか。 本の話。
  • 2026年2月14日
    一九八四年(新訳版)
    一九八四年(新訳版)
    なんーーーーとも、恐ろしく面白かったんだよね。 この世界を「面白い」と言うのは憚れるんだけど、物語としては「面白い」。 1984年、恐怖の全体主義的世界。 権力に違和感を感じながらも心の自由を頼りに生きるスミスと、心の中まで管理しようとしてくる社会。 心の中の自由は守り切れるのか? これ1949年に書かれてるということが驚きなんだよね。 しかもロシア・ヨーロッパ(ユーラシア)、米英(オセアニア)、中央〜東アジア(イースタシア)という三大陸に分かれている。 今の世界情勢に通ずるところあり、SFとは割り切れない。 夜と霧にも繋がるような、自由をそのまま表現できない世界で、心の自由をいかに保つか。 ここまで強制的に洗脳されるなんて実際には今までなかったことで、物語ってすごい。 —————- もし人間らしさを失わずにいることは、たとえ何の結果を生み出さなくとも、それだけで価値があると本気で感じられるならば、かれらを打ち負かしたことになる。 階級社会は、貧困と無知を基盤にしない限り、成立し得ないのだ。 比較の基準を持つことを許されない限り、自分達が抑圧されているという事実に気づきさえしないのだ。 人間が全体として意志薄弱で臆病な生物であって、自由に耐えることも真実と向かい合うこともできないから、自分よりも強い他者によって支配され、組織的に瞞着されなければならない。 自分よりも高度の知性を持った狂人に対して何が言えるというのだ?
  • 2026年2月9日
    存在の耐えられない軽さ
    存在の耐えられない軽さ
  • 2026年2月9日
    帰ってきたヒトラー 上
    帰ってきたヒトラー 上
  • 2026年2月8日
    自由からの逃走
    自由からの逃走
    すっごい面白かった。 ChatGPTが私に勧めてくれた本。 民意ってどう形成されて、なぜヒトラー、ナチスは支持されるまでに至ったんだろう? 何が危険信号なんだろう? を常々AIと会話している私。 元はと言えば、「今の自分の辛さの原因をすべて政治のせいにするのはいかがなものか」みたいなことをボヤき始めたのが始まりで、「政治が何か解決してくれるという妄信的な期待は下手すると独裁を生まないかね?」という壁打ちを常々していたんでした。 「自由からの逃走」という言葉の通りに「自由であることから逃げようとしないで」というメッセージを伝えてくれる本。 身近な例で言えば、恋人の束縛に何も言えないことや、親の教育に反抗できない子ども、ブラック企業でごまかしごまかし働く人などなど、自分も含めてだけど「完全に自由に生きられてる人」なんてほぼいないんじゃないのかね。 ChatGPT曰く「疲労・諦観・面倒くささ・波風を立てたくない気持ち」は権力者に使われやすいとのこと。 ヒトラーも仕事終わりのみんなが疲れた夕方というタイミングで演説してたらしく、心地よく任せたい気持ちにさせてしまっていたらしい。 ヒトラーのパターンを真似すれば、政治家は多くの民意を自分のものにできちゃう。 それほど簡単に人は自分の判断を大きな権威に任せやすい。 「絶対そうはならんだろ」ではなくて、どういう傾向が危険なのか、自分はどういう気持ちで生きればいいのか、改めて心を引き締めようと思いました。 これは面白かった。
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