センス・オブ・ワンダー
154件の記録
いぬい@inuiru2026年5月25日読み終わった田舎育ちの私が子どものころ好きだったのは木登りと川遊びだった。しかし家と学校はきらいだったので、いつも「ここを出て行きたい」と思っていた。 大学進学を機に家を出て、もう二度と故郷にもどることはないと思って二十年以上暮らしたが、いろいろあって地元に帰った。地元と言っても、子どものころからあちこち転校していた私に「生まれ育った町」や「地元の友人」はいない。私はこの場所が好きではない。どこにいても「ここが好きだ」と思ったことはない。 けれど先日のこと。 人影ひとつない、車すらろくに通らない山間の道を歩き、生い茂る森と、ぼうぼうの草と、でかい空と、犬の後ろ姿と、山並みを眺めながら、ぼんやりと「ここに来てよかったんだな」という感じがした。 夜明けと同時にお喋りし始める鳥たちの声で目が覚める。仕事から帰って車を降りて、家の周りの雑木林を眺めて深呼吸する。夜に犬と庭に出て、頭上の星をぐるりと見まわす。 べつに私はここを好きではないが、私の身体はここを私の場所だと感じてる。そんな実感が急に訪れた。 家の周りの星や鳥のことをAIと話していたら、「あなたの感性や文章は『センス・オブ・ワンダー』を彷彿とさせます」と言われた。知ってはいたが読んだことがなかったので、図書館で借りてみた。 で、おどろいた。 " 去年の夏、彼がきた次の日の満月の夜です。ロジャーは、私の膝の上に乗って、月と、海と、大きな夜空をしばらく見つめたあとに、ふと、こうささやいたのです。 「きてよかったね」 " 私は思わず「うん」と頷いた。 才能も財産も地位も名誉もなく、子どももパートナーも近所の友人もいないが、それでも「ここに来てよかった」と感じられたのは幸福なことだと思った。私にそう思わせてくれたのは何か? 自然とか、犬とか、田舎の空気とか、いろいろあるかも知れないけど、何がどれというわけでもなく、まるっと大きな営みの一部としてじぶんが生活している、という感覚なんじゃなかろうか。 この本にはレイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」と、訳した森田真生による「僕たちの『センス・オブ・ワンダー』」というエッセイが収められている。「僕たちの〜」のほうは結構流し読みしてしまったんだが、あとがきに胸を打たれた。 " 本書に込めた願いはひとつだ。この星に生まれたすべての生命が、ここに「きてよかった」と思える世界をつくりたい。" 私もそう思う。何か特別なことをしなくても、特別なものを手に入れなくても、特別な何かにならなくても、世界のありように目を凝らして、その世界とつながっているじぶんを感じながら息ができる。「きてよかったね」と、てらいもこだわりもなく言えるような、そんな世界がいい。



704h@704h2026年5月20日読み終わった読了。さっき投稿したのに結局最後まで読んでしまった。それくらい面白い。全体的には生の根源的な喜びを書きながら、「結び」として人類が直面している問題についても(レイチェル・カーソン『沈黙の春』を引用しながら)考えを伸ばしている。 人間は地球の癌なのだろうかなどと悲観してしまう私だったが、あとがきに書かれたこの本に込められた森田さんの想いに背筋が伸びる。大人がしっかりせねば!
704h@704h2026年5月20日読んでるレイチェル・カーソンの遺作『センス・オブ・ワンダー』と、そのバトンを引き継いだ森田真生の『僕たちの「センス・オブ・ワンダー」』を一冊にまとめた本。西村ツチカの装画と挿画がワンダーな感覚をより刺激してくれる。 カーソンさんの文章が素晴らしいのはもちろんだが、森田さんの翻訳と文章も素晴らしくて、子どもたちとのやりとりは、まさにカーソンさんの物語の続きとなっていると思う。子どもから学ぶことはとても多い。何より、楽しむのに理屈や知識はいらないのだと改めて教えてもらえて嬉しくなった。 「センス・オブ・ワンダー」を忘れないためにも、この本は近くに置いておきたくなる本だ。
kirakira30@kirakira302026年5月17日読み終わった心がザワザワしていて、読書にどっぷり浸かれていない。 何なら読めるかな。自然に関するものなら読めるかな。 著者のお子さんと庭での気づきと出合い。 見ようとしない時に見える、見つけられる。 深淵な真理だ。 庭時間を楽しめること、楽しめるだけの庭の広さがあるだろうことが羨ましいなと思う。 それとともに、庭はなくても近くに公園があると思い直す。 緑の中で自分をチューニングしたい。
kirakira30@kirakira302026年5月17日読み終わった〈自然もまた、一つの物語には統合できない多様な矛盾や葛藤を包摂している。役に立たないゆうに見えるものに、思わぬ役割がある。足かせにしか見えなかったものが、意外な機能を担う。だからこそ、一つの尺度で自然を管理しようとしてはいけない。わからないものをわからないまま、じっとその場で静かに「感じる」ことは、ときに「知る」ことよりもずっと大切なのである。〉p55 〈人間が作り出すルールの外では、生命はたがいに、たがいの生み出したものを拾い合って生きている。自然のなかには本来「拾ってはいけないもの」などない。〉p84 〈平凡や地味に思えることの背後にこそ、新鮮な感度の泉が隠れている。〉p106 〈自然のなかで遊ぶ子どもたちにとって、ただ「安全(se + cure)」であるよりも大切なのは、目の前の物事に対していつでも「注意深く(care + ful)」あれることだ。〉p118 〈異なる時間に思いをはせるためには、感覚だけでなく、思考の力が必要になる。ただ自然に触れ、観察するだけでなく、これまで科学が積み重ねてきた緻密な思考の力を借りて、身体の内外に流れるいくつもの時間を、感じ始める練習をするのだ。〉p122 〈自分の手を動かす身体の行為とともに立ち上がる庭の風景がある。〉p153 〈本書に込めた願いはひとつだ。この星に生まれたすべての生命が、ここに「きてよかった」と思える世界をつくりたい。〉p179


のちぼー@nochibo2026年4月30日読み終わった借りてきた子供がまだ小さい今のタイミングでこの本に出会えて良かった〜! P.22 事実が、やがて知識や知恵を生み出す種子だとしたら、感情や、感覚に刻まれた印象は、種子を育てる肥沃な土壌です。 P.36 自然を畏れ、不思議に思う感受性や、人間の存在を超えたものを認識する心を持ち、強くしていくことには、いったいどんな価値があるのでしょうか。(中略) 科学者であろうがなかろうが、この地球の美と不思議のなかに住まう者は、決して一人きりになることはないし、人生にくたびれることもないのです。
みゆ@ant12bb212026年2月11日読み終わった@ 自宅自然と触れ合う機会…減ったなあ。 「季節とともに劇的に姿を変えていく植物の生き方を観察していると、一貫性や自分らしさばかりが求められる世間の窮屈さから、少しだけ解き放たれるような気持ちになる。」(70ページ) 挿絵も素敵だった。
3rdぺん@3rdpen2026年1月31日読み終わった図らずも育児系エッセイを同時期に2冊読了。センスオブワンダーの訳に加え、森田さん自身が子育てと自然との関わりについての話を書き加えている。特に夜空のエピソードとunsecure↔︎carefullの構造についてが印象に残った。 こういう本の方が時間をかけないと読めないのも発見。自分の中に落とし込みながら読み進めるからかも。
鶴@pizzalover2026年1月16日読み終わったカーソンの文章を読むと、風景が目の前に浮かぶ。 自然と人間の営みを対立させる必要はない、という森田さんの指摘が光っていた。あとは、時間の話が印象的だった。


はちむら@hatch-me2026年1月15日読みたい「かつて、この世界が好きだった人と、この先、この世界がきらいになりそうな人におすすめです」 ヨシタケシンスケさんの帯コメントがいい。「沈黙の春」の作者さんの未完の遺作。
ひいらぎ櫂@shaki31222026年1月8日読み終わった図書館不思議と捉える感受性。 親戚の子供達がずっとスマホに齧り付いているのを目の当たりにした後だから余計に刺さる。 子どもが寝ている間に読了。 献立が決まらない。







にこ@nikoniko21502026年1月2日読み終わった沈黙の春の著者の最後の作品であり未完作、それを翻訳し、翻訳者が続きのようなエッセイという謎な体裁。田舎出身で都会も含め色々な場所に住み田舎に帰ってきた自分としては、自然に対する気持ちが変わってきている、それを言語化し再認識させられた。内容は思ったものじゃ無いがかなり考えさせられた。今年1冊目に読めて良かった。

Garnie@Garnie2026年1月2日気になるかつて読んだ復刻?新訳?と思ったら、訳とそのつづき、となっている…。 上遠恵子さんの訳でかつて読んだ。 装丁やエッセイが素晴らしいとしても、レイチェル・カーソンの本としてではなくご自身の名前で出してはいかが、と思ってしまう。


水温@mz_nrm32025年12月24日読み終わった積読本 クリスマスに、自分へ言葉のプレゼントのつもりで読んだ一冊 カーソンが甥のロジャーと過ごした時間と、森田さんが息子たちと現在進行形で過ごす時間が自然によって接続されており、面白い構成だった 彼のロジカルな思考には身体性と直感が強く絡み合っていて、丸みを帯びている "I'm glad we came."__きてよかったね。 目の前に広がる草木に、土に、木の実に、鳥に、空に、そして自分の身体に触れ、耳を澄ませ、心を寄せる 人もまた自然の一部である 人の持つ言葉とは別に、生命そのもので語っている生き物たちのその「ことば」を知りたい






棚@tana2025年12月12日読み終わった学生時代に読んだ 沈黙の春 は、当たり前だと思っていた豊かな自然環境が自分達の利己で根本から壊されている事実に対して、途方もない気持ちになったことを思い出す。 作中でも語られているように沈黙の春は自然に対してなにが「必要」かを論じたけど、センスオブワンダーは自然と生きる日々の「歓び」を論じている。 外に出て太陽を浴びたくなる。散歩をしてこの一瞬の景色を感じたくなるよい文章だった。 「このような直接的な歓喜がないなら、生きることが死ぬことよりもよいという根拠はなくなる」(p174)の文にしびれた…… 追記 読後にハンバートハンバートの「一瞬の奇跡」を聞くと、良い映画のエンディングを見た気持ちになれる


ア@zeight_62025年11月9日読み終わった発売されてちょっとして買って、すぐに途中まで読んで置いてしまっていた。そういえばある文章を書いていた時期に読んでいた本である。昨日、深夜に本棚を入れ替えていて蔦屋書店のカバーを外して存在を思い出した。 続きを読み始め、氏の子どもたちとの関わりに心が震えながら、自分はこうはなれないなと切なくなる。自分のことをことことぐつぐつ考えている。 「より多くの共感は、より深い苦しみを意味する」p.170 わたしの抱える苦しみが、世界と向き合っている証拠なのであれば、それならば、いいということにする。 友人からの手紙に添えられた一節を思い出す。 「それに、苦しむといっても、そこに深いよろこびが感じられるのなら、なんでもないことです。大切なことは、自分の人生に失敗しないことです。そして、そのために、わが身にむち打って行かなければなりません」 愛おしいたくさんのひとのことを思い出してみる。秋ももう終わるけれど。
ひつじ@hitsuji_zzz2025年10月24日読み終わった子供の頃はものすごく一日が長く感じたのに、今では毎日が飛ぶように過ぎていく いろんなことが新鮮に感じられなくなったからだよな〜と思う 私のセンス・オブ・ワンダーは、乾涸びた泉みたいになっちゃってるんじゃないだろうか…勿体無いな…まだまだこれからだろ…と決意を新たにするなどした

かに@kn_o012025年10月13日読み終わったレイチェル・カーソンは自然を、みたままを、その不思議さをそのまま受け取れと言った。森田さんは、ありのままの自然なんてものはなく、今わたしたちが生きている世界こそがそのものだと。気にも留めない小さな昆虫から果てしない大きな空まで、すべてが関わり合ってここにある。
- Mika@tao_rs_2025年8月16日ちょっと開いた「子どもたちの生を祝福する心優しい妖精に、なにか願い事ができるとするなら、私は世界中のすべての子どもたちに、一生消えないほどたしかな『センス・オブ・ワンダー(驚きと不思議に開かれた感受性)』を授けてほしいと思います。それは、やがて人生に退屈し、幻滅していくこと、人工物ばかりに不毛に執着していくこと、あるいは、自分の力が本当に湧き出してくる場所から、人を遠ざけてしまうすべての物事に対して、強力な解毒剤となるはずです」




毛玉@read-kedama2025年6月12日読み終わった未完の作品ということで、外国の雄大な大自然から京都の身近な自然に戻ってくる切り替わりが生まれていて気持ちよかった。 読んでる間、ずっと本からマイナスイオン出てる。子どもと一緒に星空を見上げたくなる。 隙さえあればスマホをぽちぽちして、仕事でもPCカタカタして、もう人工物から逃れられない人生なわたし。 ビルの隙間から空を見上げ、コンクリートの道路に挟まれた川を愛でて、何とか自然とつながっていたい。




Bruno@macchoca2025年5月22日読み終わったテクノロジーと自然 生産性と感性 教えることと育むこと こうした二項対立を越えて、僕らの行為の中心に「心が動く瞬間」を取り戻すことが、仕事・旅・教育・創造、これらすべてを豊かにする。 「自分の感受性に正直であれ」 この本はそう、語りかけてくれるような気がした。 それは、目の前の人と、僕らの未来にとって、かけがえのない贈り物なのかもしれない。

fuyunowaqs@paajiiym2025年5月19日読んだ装丁と装画、挿絵が美しく目を引く1冊。 『センス・オブ・ワンダー』の新訳が気になって手に取った。おぼろげな記憶のなかから作品の印象を掘り起こすように読めば大きな差はないようにも思えるが、新潮文庫の上遠恵子訳と並べて一文ずつ比べながら読むと、たしかに異なる語彙や表現が使われていることがわかる。原書を読んでいないので、どちらの訳もそれぞれよいと思った。 「そのつづき」として収録されているエッセイは、残念ながら好みではなかった。読まなければよかった。こういうテーマの本なのにお子さんの話す言葉に訛りがないのがふしぎだったし、実践の"お手本"を見せられているようで息苦しく感じた。








































































































































