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ヤマダ!
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誠実-切実
  • 2026年8月12日
    チャイナタウンからの葉書: リチャード・ブローティガン詩集
  • 2026年8月12日
    骨の記憶 ジョン・ルーリー回想録
    骨の記憶 ジョン・ルーリー回想録
    読みたい。にたないさんのポストで知る。もしかしてビート文学の夏か?
  • 2026年8月11日
    ここに素敵なものがある
    ここに素敵なものがある
    棚作りのために家中を引っ掻き回す。大好きな詩集。装丁もいい。
  • 2026年8月11日
    急に具合が悪くなる
    急に具合が悪くなる
    読んでから観るか、観てから読むか悩んで、観てから読むことにした。3時間ある映画の中で2時間くらいは泣いていた。 映画に感動して泣いたとか、悲しくて泣いたとか、そういうことではなくて、壮大な自然を前にして訳もなく涙がこぼれる時のような圧倒される感覚があった。 * 濱口竜介の作品を観ている時、作品世界に没入していると同時に半ば強制的に人生のあらゆる場面が思い起こされ、更に今後起こりうる様々な邂逅や喪失への恐れと祝福が濁流のように去来して、すさまじい喜びに脳みそが壊れそうで涙が出てしまう。 映画を観て泣いているんじゃなくて、生きていて、涙が流れていることを、映画が明らかにしたという感覚だった。 あの子が住んでる重慶の風景、父親の遺骨を海に撒いた日の嘘くさい春らしさ、大きな手術を控えた人から届いた絵葉書に「元気だせよ!」と一言だけ添えてあったこと、全てがもう一度体験しているといっていいほどの強烈さで頭の中に立ち現れた。 もう会えない友達がいて、その人の作った曲が大好きで、でも音源がもうどこにもないからボイスメモにあるノイズ入りまくりの録音を聴いて歌詞とコードを耳コピしてノートにメモして、それを見ながらたまにギターを弾いて歌うんだけど、それに似ていた。 懐かしくてかけがえのないものがあり、それをなんとかして取り戻そう、もう一度手に入れようとするんだけど、同じものが手に入ることは絶対になくて、でももう一度それに触りたい気持ちが結果的に新しい歌を作らせて、それはほしいものとはちょっと違うんだけど段々と新しい歌が新しいかけがえのなさを帯びていく時みたいな。
  • 2026年8月7日
    美しい夏
    美しい夏
    大好きな文章は読みたいと思った時にいつでも読めないと嫌だから暗記することにしている。 なので夜中に自転車を漕いで弾丸のように帰宅している最中にだってこの作品を諳んじて楽しめるわけだ。なんてったって甲州街道だし、色んな夏が渋滞。
  • 2026年8月6日
    かなわない
    かなわない
    著者と同郷だから彼女の回想の中で話される言葉や、彼女の両親から発せられる言葉の全てが懐かしい音で再生されて、同時にそれを活字で読むことの新鮮さもあった。 「〜しんさい」という語尾は自分の中で象徴的であることに気づく。共通語に置き換えるとだと「〜しなさい」になるが、微妙にニュアンスが違って、「〜しな」「〜しなね」みたいな柔らかくて親しみがあって、どこか対象への愛しさを含んだ言い方。「ちゃんとお布団かけんさいね」とか「ごはんしっかりたべんさいね」みたいなそういう場面のイメージ。 * 8/6は午後から勤務の日だったけれど7時半には起きて、これの最後の数ページを読んで、読み終えたらYouTubeで平和記念式典の中継を見て、画面越しに燃える火を見て、時間になったら少し黙祷した。学校の教室でなんとなくみんなと一緒に目をつむっていた夏休みがあり、今、それは東京の自室で行われている。
  • 2026年8月5日
    民藝とは何か
  • 2026年8月3日
    八本脚の蝶 (河出文庫 に 12-1)
    片付けしてたら不意に目に止まったのであとがきだけ読み返す。自分より早く生まれた人の年齢を追い越してゆく切なさ。
  • 2026年8月1日
    かなわない
    かなわない
  • 2026年7月26日
    無垢なる夏を暗殺するために
    〈無垢なる夏を暗殺するために、わたしたちが先ずよって成すべきことは、当然のことながら夏の実体を知りつくし究めつくすことである。〉 高柳誠の中でも特に好きな詩集。夏になると必ず読む。
  • 2026年7月25日
    嘔吐
    嘔吐
    去年の夏くらいから家にないなーと思っていて、一年たっても見つからないので買い直した。サルトルの嘔吐が文庫化されていないことを初めて知った!
  • 2026年7月24日
    パースペクティブ
    10首くらいのコンパクトな連作を読んだ時に得られる閃光みたいな満足感も大好きだが、100首以上の連作や歌集によってもたらされる歌や人との距離感というか、ぐっと近づけたかと思ったら全然それはまだ浅瀬で、という体感も大好きで、この歌集の著者はきっと電車が好きな人だと思う。 以下印象に残った歌を書き記しておく。 ● 〈どこまでが理想の暮らしの範疇かりんごの皮に貼りつくひかり〉(P10) 理想が無限に広がってゆくことは喜ばしいことなのか恐ろしいことなのか分からない。夢は大きいほうがいいとも言うが、欲望に際限がないことの果てしない苦しみを想像してしまう。 ない欲望、ない理想を我々に抱かせるあれこれが街や画面の中に溢れていて、自分の言葉が分からなくなることがある。疑い始めたらきりがないのも分かっていて、流行りの洋服が着たいのか、流行りの洋服を着たいと思わされているのか、考えるのはやめたくない。 つややかなのに鈍いひかりをたたえたりんごの皮を剥いてシンクに落ちた時のぺたんとした滑稽な音が妙にキッチンに響いて、そういうちょっとした瞬間にこそ人生とか理想とか壮大なことに思いを馳せてしまう。 ● 〈たそがれの避難経路を独力で逃げ切ることは厳しいだろう〉(P19) ここで「逃げ切ることは厳しい」とされてるのは作中主体(私)のことだと読んだが、自分が逃げ切れないことを「厳しいだろう」と推定するおかしいくらいの他人事さ。諦念を感じる歌に思えるが、ここに「独力で」という言葉が置かれていることの意味!独力ではきっと逃げきれない、では独力でなければ。 ● 〈朝の光がひかるものだけひからせて昨夜(ゆうべ)からある水の常温〉(P118) 眠れないまま朝になった日の、自分だけ朝に馴染めていなくて、夜がだらしなく続いてしまっただけの虚しさを思い出す。朝の光がなんでも平等に照らしてくれるわけではないという事実に気づく瞬間は、派手な悲しみや怒りはなく、常温の水を飲んだ時の無抵抗で無感動な体の反応のような理解がある。 ● 〈砂浜を歩く速度がまちまちで 一瞬 友達のように見える〉(P126) 全ての人間関係にこの情景を見る。偶然同じ砂浜を、偶然同じスピードで歩く瞬間があり、それがあなたと私が出会ったということで、それぞれが自分の速度を保ったから離れ離れなることもあれば、同じ景色を見ていたいからどちらかが(あるいは両者が)速度を調整することもあるだろうし、足を挫いたり、波にさらわれたりもするかもしれないし、隣を歩いているのに片方は足元の砂粒のいじらしい輝きばかり見つめていて、もう片方は沈む夕日に釘付けになっているのかもしれない。
  • 2026年7月12日
    オルタナティブ民俗学
    オルタナティブ民俗学
  • 2026年7月11日
  • 2026年7月10日
    ニッポン鉄道の旅68選
    寝る前にちびちび読む。 今年乗れてよかったあれこれ ・長野の篠ノ井線 ・南海フェリー(和歌山港↔徳島港) ・特急あずさ 早くサンライズ瀬戸に乗りたい! 岡山〜出雲を結ぶ特急やくもは最後に乗ったのが10年くらい前で、その時は振り子式特有の揺れで過去一の乗り物酔いに見舞われてずっとそのイメージだったが、2、3年で振り子特急は廃止が進み、やくもも乗り心地がよくなっているらしい。うれしいようなさびしいような。
  • 2026年7月10日
    『ハッピーアワー』論
    先日濱口竜介の「ハッピーアワー」を観たので。3年ぶり2度目。3年も経つと色々感じるものが変わりますね。
  • 2026年7月10日
    消費社会の神話と構造新装版
    消費社会の神話と構造新装版
  • 2026年7月9日
    現実のクリストファー・ロビン 瀬戸夏子ノート2009-2017
    スズキさんから借りた。 今短歌をつくる人間たちの多くは「テクスチャー」の話をしていたり、していなかったりするわけだが、文藝での青松と瀬戸の対談くらいしか紙面でしっかりと言及されているのを知らず、あとはXやnoteやらで皆が好き勝手話していて、その様子がなんだか「テクスチャー」の話をしたいというより、自分の言説やスタンスについて語るためにみなそれぞれ「テクスチャー」という言葉を都合よく引っ張り出してきているだけのように見える。瀬口と青松の定義待ちなのか。 ● 「くよくよするのやめてください。ひとが落ち込んでるの見るのいやなんですよ。僕は年中落ち込んでますけどね、ええ、つまりひとはだめで、僕だけはいいんです」とありえない理論を展開しながら韓国料理を食べ、最後に2冊本を貸してくれた。「もっと良くないこと言ってください」と言われたので、最近考えてる良くないことをありったけ教えてあげたらげらげら笑って満足していた。 会う度に「短歌はもうおしまいだ」から始まって「いい歌をつくるしかない」という結論で終わる話をしている。スズキさんは羊が好きで、ライターはピンク派。
  • 2026年7月3日
    くそつまらない未来を変えられるかもしれない投資の話
    P24 「〜つい忘れてしまいそうになるけど、ほとんど全ての物は自分で作ることができるり塩も野菜も家も、人間関係や街の雰囲気、社会や仕組みだって、ほとんどなんでも作ることができる。」 知識や能力は基本的に他者から奪われないという点で本質的な豊かさに直結している感覚があり、手癖で作れる料理や諳んじられる詩が増えると自由を手繰り寄せている感じがして清々しく頼もしい気持ちになる。 同時に現代において基本的に人は自分では作り方や仕組みがとんと検討もつかないものに囲まれていて、その状況はどんどん加速していることをふと考えて、どうしようもないことだけど恐ろしくなる時もある。 その恐怖心へのささやかな抵抗として編み物をしたり、ベランダでバジルを育てているのかもしれない。 また、資本主義の成り立ちにお金の「保存性が高い」という性質が密接に結びついているという話が面白かった。歴史上、様々なものが金銭のような役目を果たしてきたが、塩は湿気たり水に溶けたりするし、米は腐る。お金は腐らないし、管理通貨制度においては、金のように総量によって価値が変動することもなく、貨幣を発行する制服によって価値が保証されている。銀行に預けていても腐らないし、なんなら利息がついて増えたりする。その性質は仮想通貨などの登場で更に加速し、お金の価値、つまり資本主義の強固さも高まる。 投資というと、うさんくさいイメージや、お金持ちが余剰の資産でやるもののような印象もあるが、著者の言うように数多の商品やサービスの中から何かを選びとってお金を払う行為すべてを投資と呼んでも差し支えなく、それでいうともう自分も毎日投資してるじゃんね〜と途端に投資が身近に感じられ、なんだか興味が湧いてきた。 まずはどんな世界になってほしいか理想を描いてみて、そのために自分に何ができるのか、どこから手をつけようか考え始める。
  • 2026年7月1日
    水と水とが出会うところ
    水と水とが出会うところ
    P122まで ● 退勤してほへーとした顔で駅に行き、ほへーとした顔のまま電車に乗り、ちょうどよく空いていた席に座ると両隣の人が本を開いており、そのままほへーとしていようかと思っていたが「ここに座ったならばせっかくだし」と読む。ありがとう両隣の人。
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